第二十話『奴隷商殲滅作戦』
前話の続き。
「カルミア。お前が望むなら、俺はこの奴隷商を壊滅させよう。どうしてほしい?」
アルバートが問いかければ、カルミアは眉を下げて笑った。
「それ、絶対オレらも手伝うことになるよな」
「まぁそうだな。正直、こういう事は目立つからやりたくないが、お前のためなら俺はやる」
アルバートは真面目な顔で言い切った。
彼は大切にしている人のためなら、それがたとえ茨の道だろうと構わずに進むのだろう。
カルミアは今にも泣きそうな顔で、頷いた。
「頼む」
「あぁ、任せとけ」
二つ返事で頷いた彼は、いまだカルミアの手から抜け出せない男へと視線を移した。
「さて、お前らの親玉のところへ案内してもらおうか」
「はぁ!? 誰がするかよ! そんなこと」
威勢のいい男に、仕方がないと諦めたアルバートはルーナに縄を貰い、男を縛り上げ、道端に転がす。
そこにレモラとマティアスが到着し、彼がアレを壊滅させると言えば、レモラは顎が外れそうなほど驚いていた。
「かっこいいね。じゃあ着いてきて。オレ、詳しいからさ」
「もとよりそのつもりだったでしょうに」
呆れたようにレモラが言えば、あっけらかんと「バレちゃしょうがない」と笑ったマティアス。
彼に続き入り組んだ路地裏を駆けていくアルバート達。
彼らを追いかけアーシャは屋根の上を走る。
時たま現れる傭兵は、いとも簡単に地面に這いつくばることになった。
なぜなら先頭を走るマティアスは意外にも強く、彼の長い脚は横に綺麗な弧を描き、傭兵をなぎ倒していたからだ。
口笛を吹き、カルミアがマティアスを称賛する。
「やるねェ」
「まぁこのぐらいはね。兄ちゃん達には体力を温存しといてもらわないとな」
着いたぞと言われ、彼らは足を止めた。
アーシャもそれに習い、屋根の上で足を止めている。
路地は彼らがいるところで終わっており、そこからは先は港に続いていた。
商船の前には数え切れないほどの檻があり、その中の一つが壊れ、使い物にならなくなっていた。
その壊れた檻から亜人達は逃げ出したのだろう。
船着き場に爛々と焚かれた焚き木のおかげで、あたりの様子が手に取る様に分かる。
檻の周りには、今までの傭兵とは比べ物にならない、見るだけでも手練と分かる兵士たちがいた。
確かに並の人間では相手にならないだろう。
「毎回一部を逃してやれなんて、上は何を考えてるんだろうな」
「見せしめだろ? 逆らったら殺すと分からせるための」
「回収もそろそろ終わるんじゃないか?」
男たちの声はかなり大きく、離れていても聞き取れるほどだ。
その言葉は檻の中で震えている亜人達に聞かせるためなのだろう。
「そろそろ攫ってくるのも限界だな」
「だなぁ。バレればお咎めなしとはいかないだろうさ」
「なぁに、そんときゃまた考えればいいだろ」
ガッハッハと大口を開けて笑う男達。なんて品のない奴らだ。
――でも攫ってきたっていうのは……本当なのね。
アーシャは信じたくなかった。
もしこの事態を予め知っていたら、己の行動は変わっただろうか。そう心に問いかけてみるも、答えは出ない。
そんなアーシャの背後に、父の手先が音もなく現れた。
「アーシャ様。こちらを」
「……お父様から?」
「は。では私はこれで失礼します」
彼はアーシャに手紙を渡し、音もなく去っていた。
こんな時になんの用だろうか。
手紙を開ける。その中にはだいぶ前に申請していた国内外問わず検問なしに通れる万能な通行証と一通の手配書が封入されたいた。
通行証を懐に入れ、手配書を見れば、プルーヴの町に潜伏する奴隷商の首を討ち取り、父の手先に渡すようにと記されていた。
――なんだ。攫ってきていたのは帝国の指示じゃないのね。
一個人が金に目がくらんで勝手に始めたのだろう。
張り詰めていた緊張を緩め、アーシャは安堵した。
――帝国がこの事態を把握してなければ、こんな任務こないもの。
アーシャは感じた違和感を放置して、仕事に取り掛かった。
アルバート達が一斉に飛び出し、兵士たちに攻撃を仕掛けた。
彼は出し惜しみせずに、最初から魔法を使っている。
目くらましのために使われた光の魔法。
まばゆいほどの光が辺りを包む。
自滅しそうなそれは、最初から打ち合わせされていたようで、カルミア達は目を瞑ることで目が焼けるのを回避した。
一足遅く彼らの奇襲に気がついた兵士たちが、反射的に剣を抜いた。兵士達は目が見えないなりに、彼らの前へと立ちはだかる。
気配だけで場所を察知しているのだろう。
目が見えるというアドバンテージすらも、あまり役には立っていないようだ。
「馬鹿強ェな! おっさん!」
カルミアが刀で応戦するが、相手は殺す勢いで来ているため、殺す覚悟のない、力の半分も出し切れていない彼らでは相手にならないだろう。
ルーナも彼らに合わせて殺さずに相手をしているため、本来の力を出し切れていない。刀で応戦しているが、今にも力負けそうだ。
レモラはマティアスを盾で守りながら戦っており、彼の活躍は期待は出来ないだろう。
アルバートは認識の甘さを悟ったのか、唇を噛んでいた。
魔獣を相手にするのとは、わけが違う。
いくら力があっても、人を殺す覚悟がなければ、殺しにきている奴らには敵わない。
ましてやこの男たちのような人間は、致命傷を与えるまで動き続けるのだから。
「おい、アル! 催眠魔法とか使えねェのか!?」
「使えるが、俺以外全員眠るぞ」
「意味ねェ!」
カルミアとアルバートの後ろから殺気を殺した兵が二人近づいている。
見もせず、何故かそれにいち早く気づいたアルバートが、刀を向けようと振り返った、その瞬間。
アーシャが投げたくないを背中に受け、兵士二人は受け身も取らずに前に倒れ込んだ。
背中のくないを見、二人はルーナに目をやるが、ルーナは両手で刀を持って兵士の剣をいなしているため、彼女ではないことが分かったのだろう。
彼らは屋根の上にいる人影を見つけ、目を見開いた。
姿を見せたアーシャは屋根から飛び降りる。
羽織と長い髪が上になびく感覚は、いつまで経ってもなれない。
重力に逆らわず落ちていくその勢いを殺すために、アーシャは最初に足裏で着地したあと、地面を転がるように脛から太ももへと接地してゆく。順に腰、背中と転がって、しっかりと勢いを殺しきってから跳ね起きた。
その際に、服に付いた砂埃を払うことも忘れない。
バサリと音を立てて、羽織を翻す。
「殺す覚悟もないのに、調子に乗るからよ」
彼女はアルバート達にそう言いながら、ルーナに剣を振るっている兵士の項にくないを投げた。
くないが刺さった兵はすぐに意識を手放し、地面と口づけを交わす。
「……何しにきたんだ?」
警戒するアルバートに首を傾げるカルミア。彼が警戒する意味が分からないのだろう。
「今日の目的はあなたではないので。一時停戦と行きましょう。親玉の首は、私がいただきます」
「は?」
間抜けにもポカンと口を開けているアルバートにアーシャは目を細めた。
「銃は持ってきていないの? 殺すのが嫌なら、立てぬよう、再起不能にしてしまえばいいのに」
こんなところで躓いてもらっては困ると言わんばかりの態度に、アルバートは笑う。
素直じゃないなと言われ、アーシャは顔を少し赤く染めてそっぽを向いた。
「ありがとう。銃の存在、しっかり忘れてた」
「催眠弾か?」
カルミアが問えば、半分正解と返事が返ってくる。
「これ、魔法銃なんだよ。これに魔法を込めれば周りを眠らさずに済む」
「はぁ!? なら最初から使えよォ」
カルミアの声にアーシャは心の中でうんうんと頷いた。
魔法銃だとは知らなかったが、鳥型の魔獣を退けた時、あるはずのない九発目の弾を撃ったのはそういうカラクリだったらしい。
この国で出回っているリボルバー式の銃の装填数は六発。多くても八発だ。
少しの違和感はあったものの、今まで追求しなかったアーシャは、己の認識の甘さに嘆きたくなってしまった。
「悪い悪い。銃の存在、忘れてた」
「そんな大きめの銃を懐に忍ばせといて、忘れるとか意味わかんねェ!」
カルミアが兵士の顔面に飛び蹴りを食らわし、意識を刈り取った。
アルバートが軽く謝れば、元々あまり気にしていなかったのだろう。カルミアは構わないと言って兵士の元へと走り出す。
それに続いて彼も走り出した。
どうやら殺さずに兵士を無力化できると悟ったのか、いつもの調子が戻ってきたようだ。
ルーナやレモラも彼らに合わせ、持てる力の八割程度出して兵士を斬り伏せていく。彼女らはアルバートよりも目立たないよう力を調節しているため、この反撃は妥当な判断だろう。
それでも彼らの強さに、マティアスは絶句していたが。
アーシャの登場に、格好悪いところは見せられないとアルバートはいつにも増して張り切っている。
彼は後ろから着いてくるアーシャが手を下す前に、兵に向かって発砲しており、“走りながらでもブレない身体の軸”と”標的を見ずに正確に狙いを定め、数秒足らずで発砲する”という驚異の銃さばきを披露した。
アーシャですら目を見張るほどの腕前。
――どれだけの鍛錬を積めば、ここまで強くなれるの。
彼の強さが純粋に羨ましいと思った。
どれだけ鍛錬を繰り返しても、けしてアーシャが辿り着くことができない世界に、彼はいるのだと悟る。
アーシャのことを好きだという彼は、唇を舐め好戦的な笑みを浮かべていた。
戦いになると毎回のように行われる彼の仕草に、アーシャの胸が高鳴る。
――日に日に増していく、この感情はいったいなんなの。
彼と初めて会った日から、心がかき混ぜられたかのように定まらない。
未知の魔法というものに対しての恐怖だと思っていた。だが、そうではない気がするのは何故だろうか。
まるで出口のない迷宮へと放り込まれたようだとアーシャは感じていた。
ふとアーシャがカルミアの方に目をやれば、丁度カルミアが兵士に囲まれたところだった。
だが、そんな窮地にも笑って、そのしなやかな身体を駆使し、背中を後ろに反らしたり、百獣の王が唸るように身を低くしたりと、見事なまでの身のこなしで攻撃を避けている。
彼が上に跳び上がり、後ろから振り抜かれた拳を避ければ、彼の目の前にいた兵に直撃していた。仲間同士の連携が取れず、身内で言い争う様は酷く滑稽だ。
「なァ、あんたらのボス、どこ?」
跳び上がったカルミアが空中で身体を捻り、兵の上に着地すれば、下敷きになった兵はすぐに意識を手放した。
意識のある兵はカルミアの目の前にいる兵士一人だけだ。
「なァ、どこ?」
笑っているのに笑っていない。
そんな顔に恐れをなしたのか、後ずさった兵士は倒れている仲間に足を取られ、尻もちをついた。兵士はちらりと商船の方へと目を向ける。
「あそこか」
ありがとな。と言うと同時に、冷めきった表情のカルミアが、兵士に長い脚を振り下ろし、昏倒させた。
商船に、全ての元凶がいる。
その事実に、早る体を抑えきれず、気がつけばアーシャは駆け出していた。
商船に足を踏み入れる前に、甲板を覗き見る。そこには兵士が待機している様子もない。安全を確認しアーシャは単身で商船に乗り込んだ。
このままでは全て彼らに任せっきりになってしまいそうだと、少しばかりの焦燥感に駆られたがゆえの行動だった。
アーシャが商船の安全確認をし、単身で乗り込んだ頃。
「おい、アルー。親玉さん商船の中だってよー」
「聞こえてた」
「いいのか、あの娘。行っちまったけど」
「ああ。彼女なら大丈夫だろ」
アルバートがそう言って商船に目を向け笑っていたことを、彼女は知らない。
アーシャは船の廊下を闊歩していた。
全くと言っていいほど警備はおらず、標的に警戒心がないことが窺える。
廊下の突き当りにの一番大きな部屋に、それはいた。
扉の前にすら兵はおらず、思わず笑ってしまう。
刀に右手をかけ、左手でドアノブを回し扉を開け放つ。そうすれば、目を見開いて驚いている中年男性と目があった。
「あなたがヴェリテね?」
「あ、ああ。お前は何者だ!?」
「奴隷を密輸入したとして、あなたの命を消しに来た者よ。言い残すことはない?」
アーシャが刀を抜けば、目に見えて狼狽するヴェリテ。
「密輸入だと!? そんな馬鹿な話があるものか。私は帝国の命で奴隷を仕入れていたんだぞ!?」
「なら、なぜ私に暗殺の依頼がくるのかしら? おかしいのではなくて?」
「そんな……そんなことは……けして、けして……。あぁ、神よ。何故です? ……私は貴方のことをずっと……ずっと……」
意味の分からない言葉を繰り返し呟く彼に、アーシャは大きなため息をついた。
――帝国が依頼? 嘘よ。こんなおかしい輩の言うことなんて、聞く必要なんてないわ。……でも待って。今まで始末してきた人も”帝国の命で”って言ってなかった? これは偶然? それとも……。
薄ら寒い冷や汗が背中を伝う。
アーシャは一瞬浮かんでしまった考えに、身震いした。
アルバートが来てから、信じられないことばかりだ。今までなら考えもしなかった物事に、強制的に目を向けさせられているような、誰かの手のひらの上で転がされているような、そんな違和感。
「……あなたの身柄を一時的に預からせてもらうわ。殺さないから大人しく投降してちょうだい」
アーシャの言葉に、ヴェリテは目を丸くして驚いた後、千切れんばかりに頭を下げていた。
――彼にはまだ聞かなければならないことがあるもの。
刀を納めた彼女はそう己に言い聞かせ、念の為と彼の両手を縛る。
ヴェリテを外へと連れ出して父の手先に彼を預けた。
アーシャが外へと出る頃には、アルバート達の活躍により檻の施錠が外され、囚われていた亜人や獣人が自由になっていた。
やっと領地の異変に気がついた領主が現れ(隣町から単身馬を走らせてきたらしい)、アルバート達と亜人達の代表を交えた話し合いの末、連れてこられた亜人達は商船で過ごすことが決定した。
この事件は瞬く間に広がり、民間の間では亜人達の返還を願う声が上がるほどの事件に発展。
民間の声を聞き届けた形で、亜人達の返還はトントン拍子で決まり、一ヶ月半後と公表された。
それはまるで、元々予定されていたかのように素早い対応だった。
◇◆◇
シャオラス!! と怒鳴りながら、荒々しく、蝋燭一つしか灯されていない部屋に入ってきた神官に、シャオラスは椅子に座ったまま、間延びした声で「怒鳴らなくても聞こえますよ」と答える。
今回呼び出された理由を、シャオラスはすでに知っていた。
神官はテーブルに拳を叩きつけ叫ぶ。
「なぜ邪魔をした!?」
「そりゃあ、召喚者様のご意向でしたし? 加勢しない方が怪しいでしょ」
教会は亜人を疎んでいる。それは紛れもない事実。
今回の騒動も、十中八九、糸を引いていたのは教会だろう。
うまくトカゲの尻尾切りをしたようだが、長年教会に仕えているシャオラスには分かった。
教会がそんな馬鹿げたことをするのは、ひとえに、神である皇帝は特別な存在でなければならないからだ。
そう世間に思い込ませるため、特別な力を持つ亜人や獣人を服従させねばならないと、本気で考えているのだから恐ろしい。
最初は魔法が使えると判明した召喚者すら手中に収めようとしていたが、彼が手中に収まる器ではないと分かると、すぐに始末しろと言う。
言っていることが二、三転するのは教会の人間の十八番だ。
「ふん。まぁいい。だが、まだ始末できていないとは何事だ」
「簡単に言ってくれますけど、あの召喚者ですよ? 今までのようにすぐに始末できるとでもォ?」
「お前はいつもそうだな。だから聖女も取り逃がすんだ」
「えェ、それもオレのせいですか?」
シャオラスは心底心外だと言わんばかりの声色で、とても不満げだ。
「あと一ヶ月だ。それ以上は待たん」
「へいへい」
「お前の無能ぶりにはもう我慢ならん! せっかく殺さず使ってやってるというのに! 肝心な時に役に立たないとはな」
「オレがいなけりゃ、諜報も、なんなら召喚者とも接触できなかったくせに」
ぼそりと呟いたそれは、運悪く神官にも聞こえたらしい。
「……よほど死にたいらしいな。わかった。お前がそういう態度なら、こちらにも考えがある。一ヶ月後、召喚者が生きていれば兄妹諸共殺してやる。精々頑張るんだな!」
負け犬の遠吠えよろしく、言葉を残して部屋から出て行った神官。
シャオラスは血が滴るほどに唇を噛み締め、目の前にあったテーブルに思いの丈をぶつけるため、その長い足を振り下ろした。
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