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第十九話『港町』

 渓谷での出来事から三週間が経ったある日。

 彼らは帝都から南東に位置するプルーヴと呼ばれる港町へと足を運んでいた。

 アーシャはアルバートを始末するべく、機会がないかと休むまもなく監視を続けている。今回は港町ということで、街に住む住人に扮して監視していた。

 人の多い場所は監視がしやすくて重宝するシチュエーションだ。


 アルバート達の今回の目的は、港で穫れる海の幸を堪能することらしい。


 ことの発端は、ルーナの「美味しい魚が食べたい」という一言。

 元々ルーナは自由人で、何を考えているのか理解できないところがあったが、彼らに馴染(なじ)みすぎて、前にも増して自由人になっている気がする。

 アルバートの監視だけはしっかりとしているので、咎めることはできない。

 その上、そういうところが彼らに気に入られている。だからこそ、アーシャが口出しすることは叶わないのだ。

 これまでの三週間は仕事ばかりであったため、息抜きのつもりなのだろう。

 傾き始めた太陽の光を浴び、夕日が反射し水面に宝石が散りばめられたような光景が、眼前に広がる。その美しさに思わずため息が漏れそうだ。

 そんな美しい海岸の港へと彼らはたどり着いた。

 停泊所には一隻の超弩級(ちょうどきゅう)な商船が止まっている。自衛のためと乗せられた主砲が、アンバランスだ。

 これだけ大きければ、子供がいたずらで忍び込んでもバレなさそうだと、アーシャは他人事のように思った。


「でかい船だな」

「だな。俺は帝国に、ここまで立派な船を開発できる技術力があった事に驚いている」


 アルバートは自分の目すら疑っているのか、何度も確認するように船を見ていた。

 彼らの目の前にあるのは、四年前まで魔の国との貿易で使われていた商船だと、この町の住人が話していた。

 点検のためにと二週間ほど前からこの港に停泊しており、一週間ほどどこかに調整のため航行していて、先程帰ってきたのだとも聞くことができた。


「ねぇ、そこのお兄さんたち!」


 声をかけられアルバート達が振り返れば、カルミアと同じぐらいの身長をした、褐色の肌にアルバートと同じ黒い髪の青年が、無邪気な笑みを浮かべていた。


「何か?」


 と、警戒を強めたアルバートが問う。

 すると彼は綺麗な笑顔で答えた。


「君たちブランジェの定期市にいただろ? 女の子がチンピラに絡まれてたのを、そこのお兄さんが助けたの、見てたんだ。オレ」

「そうか。奇遇だな」

「そうそう! んで、また会えた記念にさ、一緒にメシ食わねぇ? 美味しい料理屋案内するぜ」


 にこにこと笑う青年は一見、裏表がなさそうだが、こういう手合ほどなにかあるものだ。

 それを警戒してか、すぐに頷けずアルバート達は難しい顔をしている。


「いいんじゃないですか?」

「レモラ、お前……」

「なんか怪しい人は、近くにいてもらった方がいいと思いますし」


 レモラの意見に納得してしまった彼らは、青年の提案に乗ることにしたようだ。

 彼らの決定にやったぁと飛び上がって喜んでいる青年は全くと言っていいほど、敵意は感じられない。


「あ、オレ、マティアス。よろしくな!」

「あぁ、よろしく」


 マティアスの名乗った青年は、何が食べたい? と彼らの要望を聞き、海の幸が美味しく、二階からは海が一望できるというお店へと彼らを案内したのだった。






「なぁ、兄ちゃん達は正義感を持ち合わせてる方?」


 食事も終盤に差し掛かったところで、マティアスは笑みを浮かべたまま言葉を紡いだ。

 意図の読めない言葉に、アルバート達は首を傾げている。

 その言葉を、彼らの隣の席で聞いていたアーシャも首を傾げたくなった。

 ここは海が一望できると評判の店だ。マティアスは宣言通り、この町一番の食事処に彼らを連れてきたのだ。

 二階にある席は、窓ガラスが取り付けられておらず、そのままの景色を堪能できる造りになっている。

 マティアスは、二階の、それも海が一望できる特等席を彼は用意した。

 まるで、今日彼らをここに連れてくると知っていたかのように。


「話の意図がわからないんだが……」

「ごめんごめん。端折っちまった」

「話、聞いてほしいなら、順序立てて喋った方がいい」


 ルーナが珍しく口を挟んだ。

 それだけ怪しんでいる証拠だろう。

 ルーナの言葉にもへらへらと笑って、マティアスは言った。


「召喚者様は、この世界に来てどう思ったのかと思ってね。なに、ちょっとした好奇心だよ」

「どう……と言われてもな。上水道は整っているのに他の設備は整ってないのが不思議で仕方ない」


 上水道は大昔の人々が疫病を流行らせないために作ったと言われている。

 そのおかげか、この国が大きな疫病に見舞われたことはない。


「古代文明の名残だろうな」

「へえ、古代文明ってのは庶民でも聞かされることなのか?」

「子供に聞かせるおとぎ話だよ。あんたらもよく聞いたんじゃないのか?」


 唐突に振られたレモラやカルミアは、話を振られると思っていなかったのか目を丸くしている。

 カルミアに至っては、口いっぱいに肉を詰め込んでおり、声を出すことができない状態だ。

 ルーナは我関せずといった様子で黙々と食事を続けており、問に答える気はなさそうだ。

 そんな彼らに代わり、レモラが相槌を打った。


「この国の伝統的な物語ですね。先導者クラウスによって、帝国が築き上げられたと」

「クラウス?」

「はい、そのはずですよ。どうしました? アルバートさん」

「……いや、なんでもない」


 アルバートが「そんなわけないよな」とひとりごちる。

 マティアスは独り言を呟く彼を、気にする素振りも見せず、話を続けた。


「先導者クラウスは国を創り、栄えさせた。だが、恩恵を受けているのは、ごく一部だと思わないか?」

「……なにが言いたい?」

「ここはもう腐っちまってる。だから、助けて欲しいのさ」

「腐ってるって言ったって、そんなのだいぶ前からだろうが。何から助けるんだよ」


 肉を飲み込んだカルミアが吐き捨てるように言った。

 彼の言うことはもっともで、何から助けてほしいのかすら検討がつかない。

 それに、彼らが助けたとしてそれ相応の対価はあるのだろうか。

 アーシャはマティアスの身勝手な願いに眉をひそめた。


「召喚者は英雄なんだろ?」

「悪いが――


 ドンッと重い大きな発砲音が辺りに響く。

 思わず外を見やれば、夜の闇の中、商船の主砲だけが明るく燃え上がっていた。

 先程の音はあの主砲だろう。

 外からは絶えず悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う。その中には見るも無惨な姿の、動物の耳を頭に(たずさ)えた亜人や獣人がいる。

 その光景にアルバートやカルミア、ルーナまでもが顔を歪めた。


「なんだ? あれは」

「……きっと、仕入れた奴隷が逃げたんだ」

「殺す気かよ」

「でしょうね。でもここでは、一ヶ月に一度こういうことがあるんですよ」


 逃げた奴隷は殺せと叫ぶ声が聞こえる。

 店の下には傭兵と思われる男達が集まっていた。


 ――確かにここは特等席ね。


 アーシャは、彼らの様子が手に取るように分かる、この席を用意したマティアスを心から称賛した。

 こんな光景を見せられてしまえば、誰だって助けたいと思うだろう。

 そして、己の力のなさに唇を噛むのだ。

 だが、彼は違う。

 この国で、もっとも力を持っているのだから。


「くそ。これじゃあ(さら)ってきた意味がねぇじゃねぇか」


 やけに耳についた声に、思わず息を呑んだ。

 外にいる男は聞かれていると思っていないのか、呑気にタバコを咥えていた。

 渓谷で聞いた言葉が蘇る。


『帝国は亜人や獣人を攫って売っぱらってるらしいぜ』


 そんな馬鹿げた話、誰が信じるかと思っていた。

 なのに、さっきの言葉はなんだ。

 外を見下ろせばまだ店の下にいる声の主である傭兵。

 アーシャが外へと飛び降りようと足に力を込めた瞬間。

 隣の席から飛び出し、長い勝色(かちいろ)の髪を(なび)かせた彼は、傭兵の前に降り立った。

 着地の音すらも殺してしまうその身のこなしは、もはや人間業ではない。


「ねェ、お兄さん? ウルスラグナから攫ってきた……って言った?」


 カルミアは人の良い笑みを浮かべているが、目が笑っていない。

 それにすら気づかないようで、男はニヤニヤと下衆な笑みを浮かべていた。

 

「はぁ? なんだよ兄ちゃん。それがどうした? 当たり前の――痛っ、痛ぇ! なにすんだよ、離せ!」


 男が悲鳴を上げる。

 カルミアが瞬く間に男の背後に周り、腕を捻り上げたのだ。

 一部始終を見ていたアルバートがため息をついて、下に飛び降りる。彼は魔法を使ったのだろう。ふわりと優雅に地面に着地してみせた。

 アルバートに続きルーナも外へ飛び出す。彼女は体を回転させ威力を殺し着地した。

 人間離れした彼らの行動に、レモラは「あの人達はもう!」と悪態をつき、店員にお金を握らしたかと思うと、そのまま階段へと駆け出して行く。

 流石にランスを装備している彼は、二階から飛び降りるという方法は取れなかったらしい。


 そんな様子を満足気に見るマティアスは、どこか仄暗い雰囲気をまとっていたが、それはすぐに無くなり、彼らを追うように階段を降りていった。

Copyright(C)2021-藤烏あや

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