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第十四話『理解できない行動』

 道中休憩を挟みながら馬で進むこと五日。

 小高い丘から、川を挟んだ先に見えた港町に、安堵を浮かべたアルバート達。

 アーシャが考えていたよりも時間がかかったのは、彼女は夜通しで走るため三日で着いていただけだ。休憩を挟むと五日かかるらしい。


「ようやく野宿とおさらばだな! ベットが恋しいぜ」

「アルバートさんが寝袋一つで寝た時はどうしようかと思いました」

「平原にテントなんて張ったら、狙って下さいって言ってるようなものだろ?」

「……寝袋だけも、同じだと思う」


 そう、この四日間、アルバートはテントも張らずに、寝袋一つで寝起きしていた。

 他の三人はテントを張って寝ていたが、アルバートは見張りと称して一人寝袋に包まれていたのだ。

 最初はなんの冗談かと思ったが、当然のように寝袋で寝起きする彼を見て、アーシャは目を丸くし、正気を疑ってしまった。




「申し訳ありません。うちの宿は満室でして……」


 眉を下げてそう言った受付嬢。

 川を渡り、町に入って左手にあった宿で、アルバート達はそう告げられた。

 アーシャは町に入る際、貴族のお忍びといった服装に着替えていた。今のこの町では一番浮かない服装だ。

 その服装で、宿の外から中の様子を窺うアーシャは確実に不審者だろう。

 宿の周りに身を隠すことの出来る常緑樹が生えていてよかったと、アーシャは内心安堵していた。


「定期市の開催に(ともな)い、お客様がたくさんいらっしゃっていますので、定期市の開催中はこちらの宿が空くことはないかと」

「こちらと言うことは、別の宿はあるんですか?」


 レモラが問えば、是と頷く受付嬢だったが、少し困ったように口を開いた。


「うちの宿と併設の厩舎(きゅうしゃ)から、道沿いにまっすぐ行った突き当りに、もう一つ宿はあります。ただ、あの宿はうちの五倍は高く、冒険者の方々ではなく、裕福層の方々向けの宿でして……」

「うぉ、マジか。他に冒険者向けの宿はないのか?」

「ありません」


 そもそも定期市自体、近隣の町村から来る客を想定していたため、今のように一週間近くかけてこの町に足を運ぶ人が多くなるほど、話題になるとは考えられていなかった。

 それだけ異国の品物に魅了された人間がいるということだ。

 だから宿が足りなくなってしまう。

 しかし定期市は年に二度しかなく、それがなければ宿は殆ど空室という、落差の激しい町でもあった。そのため新しい宿は建たないのだ。


「それに、あの宿は、あまり冒険者の方々に親切ではなく……」

「コンセプトの違いでしょうね。冒険者の中には素行の悪い人間もいますし、高い装飾品を壊されたら赤字ですからね」

「最近は、裕福層の方々の紹介がないと泊まれないという噂もあります」

「なんだそれ。……じゃあまた野宿か。せっかく地べたじゃないところで寝れると思ったのによー」

「お力になれず、申し訳ありません」

「そんな、あなたが謝る必要はありません。おい、カルミア」

「……配慮が足りなかった。ごめんね、お姉さん」

「い、いえ」


 カルミアが女性ウケのする笑みを浮かべば、うっとりとした顔で謝罪を受け入れた。

 美形はやはり得だと思う。




 宿を出たアルバート達に、ルーナが一言「着いてきて」と言ったため、大人しく着いて行った。

 ルーナの後に続きたどり着いたのは、厩舎が併設されている施設だ。先程の宿よりも倍以上大きい。


「ルーナ。ここは」

「先の人が言ってた、もう一つの宿」

「は? でも、紹介がないと泊まれないって言われただろ?」

「……いいから」


 ルーナはそう言って無理やり彼らを宿のエントランスへと連れ入り、一人で受付に行ってしまった。

 アーシャは彼らの後に来た客と一緒にエントランスへ入り、ソファーに腰掛ける。

 アルバート達が怪訝な顔で見守る中、ルーナが話し終わり戻ってきた。

 その後ろでは、なぜだかスタッフが慌ただしく動き始めている。


「十分ほど待ったら入れるって」

「なんでだよ!?」

「……言って、なかったっけ? あたしの名前」

「ルーナとしか聞いてない」


 そうだっけと首を傾げたルーナが自己紹介を始める。


「じゃあ、改めて。あたしはルーナ・フォン・ティクス。弱小の男爵家だけど、一応貴族」


 言い切った彼女はしてやったりといった様子で笑った。

 はぁ!? とアルバートとカルミアの声が重なる。

 少し考えた様子のレモラが確認するように呟いた。


「ティクス家……。ならこの町は領地なのでは? それにティクス家の屋敷もあった気がしますが……」

「……目(ざと)い」

「それほどでも?」


 にこにこと笑うレモラと無表情のルーナ。

 先に折れたのはレモラだった。


「人様の家に口を出すのは無粋でしたね。すみません。ルーナさん」

「別に……隠してるわけじゃない、から構わない。まぁ、あたしの話を聞いても、面白くないと思う」


 ルーナがそう言ったと同時に、スタッフが部屋の準備が整ったと声をかけてきた。

 彼らはそれに従い、黙って着いて行った。



 アルバート達が見えなくなってからアーシャは立ち上がり、受付へと声をかける。


「一室借りたいのだけれど、いいかしら?」


 アーシャを見た受付は、その美しさに目を見張った。

 今、アーシャは”いかにも貴族令嬢のお忍びです”といった服装だ。

 しかし、手入れの行き届いた真珠のように白く透き通った肌に、艷やかな長い銀髪は、彼女が貴族の中でも高貴な存在だと認識させるには十分だった。

 五日ほど野営をしているが、その間にも父から手入れは怠るなと、夜中に美容のためだけに遣いを派遣されるほどに、彼女は愛されている。


「は、はい! 確認してまいりますので、少々お待ち頂けますでしょうか?」

「ええ、頼むわね」


 令嬢が浮かべるお手本のような笑みを浮かべ、もう一度エントランスのソファへと腰掛けた。

 流石にこの宿で隠密行動は危険すぎる。そう判断したため、客として泊まると決めた。

 五分ほど経っただろうか。

 座って待っていれば、この宿の支配人らしき人物が、アーシャの前で頭を垂れた。


「お嬢様。大変申し訳ありません。先程来られた方々で、満室となってしまいまして……。何卒ご容赦頂きたく存じます」


 ――つまり、癇癪を起こさずに帰れと。


 お忍びで町に来るような令嬢だ。気に入らなければ癇癪を起こしてでも自分の意見を通すだろうと、そう思われているのは明白だった。

 目の前の男たちのお望み通り帰っても構わないが、アーシャもそろそろ綺麗な風呂に浸かりたいと思っていたのだ。

 この宿は、お金さえ払えば、メイドも侍女も付けることが可能な特殊なサービスを行っていると聞いた。

 久しぶりに贅を尽くしたことが出来ると思っていただけに、少しばかり未練が残ってしまう。

 何も言わないアーシャに、困った顔をする支配人。


「……仕方ないわね」

「じゃあ、俺の部屋使う?」


 後ろからいきなり聞こえた声に振り返り上を見上げれば、部屋へと向かったはずのアルバートがそこにいた。

 全く気配がなくアーシャですら彼の接近に気が付けなかった。

 彼は人の良い笑みを浮かべていて、何を考えているのか読み取る事は出来ない。


「あ、一緒に使うのもありか。ね、どうする?」


 アーシャの左隣に座ったアルバートが彼女の腰を引き寄せ、耳元で甘い声を囁く。

 たったそれだけのことで首から耳たぶの付け根まで真っ赤に染めたアーシャを見て、アルバートはだらしなく破顔させた。


「どうせ君は俺から離れられないんだし、良い提案だと思うよ?」

「……あなたって思ってた以上に読めない人だわ」

「褒めてる?」

(けな)してるのよ」


 そんな二人の様子をオロオロと見守っていた支配人が口を開いた。


「恐れながら申し上げます。……どうなさいますか? 彼の言う通り、ご用意させて頂きましょうか?」


 二人のやり取りを見ていた支配人は、アルバートに都合のいい解釈をしたらしい。

 あわよくば問題が解決して欲しいと顔に書いてある支配人を見て、アーシャはため息をついた。


「そうね。お願いしようかしら。あと、口が固くて何を見ても驚かない侍女を用意して頂戴」

「かしこまりました。ご用意させて頂きます」

「なら俺が部屋まで案内するよ。ほら、おいで」


 睦言(むつごと)のような(つや)やかな声に、これから情事を行うのかと錯覚してしまう。

 ドゥート村では頑なに部屋に女性を入れなかったのに、どういう風の吹き回しだろうか。

 流れるような手つきでエスコートされ、彼女が我に返り、気づいた時にはすでに部屋の中で、ソファに座っていた。


「まさか頷くとは思ってなかった」

「アルバートが言ったんじゃない。それに、寝首を掻くのが私の仕事よ」

「出来るものなら、やってみたら?」

「……しないわよ。あなた、寝ていても変な気配がするもの」

「そうか。じゃあなんで、一緒に泊まることにしたの? アーシャらしくないね?」

「…………さぁ?」


 彼の色香に惑わされたのか、普段なら断るはずの提案を受け入れてしまった。

 ここで襲われたとしても文句を言えないぐらいに軽率な行動だと、自身の行動を理解出来ないアーシャは曖昧な返事しか返せなかった。

Copyright(C)2021-藤烏あや

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