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第十二話『新たな任務』

 アルバート・ミトラの暗殺命令が下されたのは、今朝の話だ。

 皇帝は予想通りアーシャに命令を下した。

 早急にと告げられたが、彼の実力を考えれば早急に暗殺など出来るはずもなく、お父様から絶好の機会を待つことのお許しを頂けるよう、進言してもらった。

 だが受け入れられるわけもなく、却下された。そのため否が応でも認めさせるための、一つの策を講じることにした。



 今、アーシャは商人に扮して、ドゥート村へ訪れていた。

 村人になりきることも考えたが、人の数が少ないとリスクの方が大きいと判断し、気前のいい商団の団長に、一日だけ手伝いたいと申し出れば、簡単に受け入れられ村へ潜入することができた。


「ねぇ、そこのお嬢さん」


 なぜアルバートは積極的にアーシャに話しかけてくるのだろうか。

 装飾品の品出し中に声をかけられ、無視するわけにもいかないアーシャは帽子の下にげんなりとした顔を隠し、返事をした。


「……なんですか?」


 少女のジロジロと値踏みするような不躾な視線に、居心地の悪さを感じる。

 隣にいる茶髪の可愛らしい少女の視線が痛い。


「彼女さんが困ってますよ」


 と、少女が喜びそうな言葉を選べば、少女は頬を染めて照れくさそうに微笑む。

 アーシャの気遣いにも気づかず、アルバートは即座にその言葉を否定した。


「彼女じゃない。村長の娘さんだよ」

「そうですか。あ、何か買います? 商売なんで、邪魔しないでいただけると嬉しいんですがね」


 ため息を付きながらアーシャが言い放てば、彼は屈託のない笑顔を浮かべる。


「じゃあ、その髪飾りをもらうよ」


 アルバートが指差したのは、布の上に綺麗に並べられた、彼の瞳と同じ色の、アウイナイトが付いた髪飾りだ。

 センスの良いそれは、きっと隣の少女に贈るのだろう。


「まいど。アルビオン銀貨八枚」


 アルビオン銀貨一枚あれば、庶民は一ヶ月はゆうに暮らせる金額だ。

 彼が選んだ装飾品は、本来ならばそこまで高くはないが、商人はふっかけてなんぼだという。そう教わった。

 惚れた女の前では言い値で買うのが男の性だともこの商団の団長は言っていた。

 見栄を張らない場合は値切るのが一般的らしい。

 だが、彼はなんのためらいもなくアルビオン銀貨を八枚取り出し、アーシャに渡した。


 ──恋人ではないと言ってたけど、惚れてるんじゃない。


 内心ほっとしながら、アーシャはアルバートに髪飾りを手渡す。

 夜中の出来事は、きっと、本気じゃない。

 アーシャでなければ、確実に彼の色香に酔っていただろう。

 アルバートは髪飾りを持っていない手で、アーシャの帽子を取る。

 気を抜いていたからか簡単に取られた帽子を取り返そうと、アーシャが手を伸ばせば、アルバートは彼女の綺麗に結われた髪に、髪飾りを挿した。

 このアルビオン帝国で、自分の瞳の色をした髪飾りを贈るというのは、独占欲の証であり、男性が意中の相手に贈る、定番の贈り物だ。

 それをアルバートが知っていて彼女へ贈ったのかは定かではないが、その意味を知っているアーシャは、自分の顔に熱が集まったのを自覚した。

 その真っ赤に染まった顔を見られまいと、彼女は後ろへ後ずさる。


「似合ってる。可愛い」


 砂糖菓子のように甘い言葉を紡ぎ、とろけるような笑みを浮かべるアルバート。

 出会ってはいけない二つの要素が絡み合えば、それは時に凶器となる。


「な、なっ、変なことはしないとあれほど……!!」

「それは家での話だろ? それに、君の言う変なことはアテにならないからね。俺は俺のやり方でやらせてもらう」

「……性悪」

「なんとでも? そうだ。魔獣討伐は夜中になりそうだよ」


 聞いてもないことを喋るアルバートを睨んで、彼女は髪飾りを叩き返した。


「こんな安物はいらないわ。私に貰ってほしいなら、アルビオン金貨十枚以上の品を用意しなさい」


 それじゃあと彼の返事も聞かず、アーシャは片付けるはずの商品すら持たずに、商団の荷馬車に逃げ込んだ。

 荷馬車に逃げ込んだアーシャは、早く脈打つ鼓動を抑え込もうと、自身を落ち着かせるのだった。




                ◇◆◇◆◇◆




 今日は新月。いつもに比べ闇の密度が高く、目を凝らしても一寸先が見えない。

 これでは闇夜を駆ける狼の魔獣を捉えることは難しいだろう。

 アルバート達は厩舎の近く、村の西側にある出入り口で待機していた。


「ま、私たちは別だけど」


 アーシャは屋根の上でにんまりと笑う。

 視界がはっきりしないのなら、アーシャたち暗殺部隊が有利だ。

 なにせ暗殺部隊は闇に生きる部隊なのだから。

 この暗闇の中で自在に動けるのは、亜人であるカルミアと暗殺部隊所属のルーナだけだろう。

 彼にさえ見つからなければ、この好機を逃すことはない。


 不意に、不気味な狼の遠吠えが辺りに響いた。


 肌がひりつくような殺気が、村の外で待機しているアルバート達を襲う。

 それは少し離れた場所にいるアーシャにも伝わった。


「さて、今回はオレが活躍出来そうだな」


 カルミアはにやりと笑い、抜刀した途端、闇の中へと走り出した。


「おい、カルミア! って聞いてねぇ。……まぁいいか。レモラ、お前はどうする?」

「僕はこの闇夜じゃ、あまり見えませんから。足手まといにはなりたくないので、大人しくしておきます」


 肩をすくめたレモラは、村の出入り口の近くで目を凝らしている。

 目を凝らしたところで見えるようにはならないが……。

 レモラは守りを固めるためその場で槍を構えた。

 自分の実力以上の事をしない。

 簡単なようで、簡単ではないそれをレモラはやってのける。流石は騎士団長だ。


「あたしは、カルミアを援護する」


 カルミアを追ってルーナは闇へと消えていく。

 様子を見ていたアーシャは、頷いて合図を送った。

 するとアルバートを囲うように、各々の武器を構えた黒ずくめの人影が音もなく現れる。

 この瞬間のために呼んだ、アーシャが持つ暗殺部隊の精鋭たちだ。


「ほんっと、嫌になるね」


 好戦的な笑みを浮かべ唇を舐めるアルバート。

 彼が得物に手をかけるより先に、黒ずくめの集団が一斉に襲いかかる。

 力で勝てないのなら、数で勝負するのが正攻法だ。

 闇夜の中、十分に有利な状況だった。


 アーシャが一度瞬きをし、次に見た時には精鋭達は地面に斬り伏せられていた。


 ──うそ……。


 何が起こったのか、アーシャは目で追うことすら叶わなかった。

 目にも留まらぬ速さで行われた居合斬り。それが彼の攻撃の正体だ。

 それも峰打ちで済ませているあたり、練度の差は明白。

 アーシャは背筋が寒くなるような、悪寒を感じた。


「全く。数で圧倒すれば勝てるとでも?」


 見事に意識を刈り取られた部隊に、吐き捨てられた言葉は、とても冷たい。

 太陽が顔を出している時間に、アーシャに甘い言葉を吐いていた人間と同一人物だとは思えないほどに、冷たい顔をしていた。

 精鋭が一瞬にしてやられてしまうなんて、アルバートの実力は計り知れない。しかも、魔法を使った様子が全くない。


 ──底知れない。魔法なしでもここまで強いなんて……。


 己の命を狙った刺客の奇襲だというのに、焦った様子もなく、飄々(ひょうひょう)とした彼は、手練というよりも、玄人くろうとだ。

 実践経験の有無だけじゃない。潜り抜けてきた修羅場の数も段違いだろう。


 ──でもこれで、任務完了ね。


「うォ!? なんだこいつら」

「討伐、終わった」


 ルーナは意識のない精鋭達を踏みつけにし、アルバートとレモラがいる村の入り口へと戻った。

 対するカルミアは、刺客たちを踏まないよう避けて村へと戻ってきていた。

 普通は仲間を踏んだりしない。進んで踏もうとも思わないだろう。

 ルーナが諜報員だと、アルバート達にバレないためには必要なことだ。

 戻ってきたルーナ達にアルバートが労いの言葉をかけた後、思い出したかのように質問を投げかける。


「昼間、聞きそびれたことなんだが……騎士は徴兵制を採用しているのか? この村の男全員が出稼ぎってのもおかしな話だと思わないか?」

「騎士は皆、志願制となっているはずですよ。ここの住人は確かに、そこまで暮らしに困るような職ではなさそうなのに……どうしてでしょう?」


 アルバートの問いに答えたのはレモラだ。

 レモラの返答にそうだよなと相づちを打ったアルバートは、いつもの笑みを浮かべ、


「それじゃ、報告に行くか」


 と村長の家へと足を向けた。

Copyright(C)2021-藤烏あや

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