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第十一話『とある村娘の独白』

村娘視点。

 わたし達の暮らすドゥート村には男手がない。

 この頃頻繁に現れるようになった魔獣の討伐を、冒険者に依頼しなければならないぐらいには力のない村だ。

 四年前まではこのようなことはなく、自分たちで魔獣の討伐をしていたというのに……。


「アリシア。冒険者の方々が来られたよ」

「はぁい」


 母に呼ばれて、厩舎きゅうしゃから出た。


 うちは代々、牛飼いをしていて、帝都に肉を卸している。

 この村は、牛やヤギ、羊といった家畜をまとめて育てている村だ。

 魔獣はなぜか人よりも家畜を襲う。

 そのため、討伐の依頼を出さなければ、赤字になってしまう。

 家畜が魔獣になってしまえば、赤字どころの話ではないが、その心配はない。

 この村にさえいれば、家畜は魔獣にならないからだ。

 なぜなら、理屈は分からないが、ひとえに大昔の人々が作ったという、村を囲う四つの石像のおかげだ。


 村の入口に行くと、そこには、人だかりが出来ていた。

 見張りを除いた、村の住人全員が出てきていそうだ。

 今日が商団が来る日ということを除いても、こんな人だかりはおかしい。

 人だかりをかきわけて前へ行けば、異様に顔の良い集団がそこにいた。

 コバルトブルーの瞳をたずさえた、漆黒の髪をした男性は、村の様子に驚いていた。

 その様子ですら、宗教画から出てきたかのように美しい。


 彼を見た途端、雷に撃たれたかの様な衝撃がわたしを襲った。


 美しい名前も分からぬ彼に目を奪われてしまい、視線を離すことが出来ない。

 呼吸も止まりそうなほどの衝撃だったが、


「依頼を受けた、アルバート・ミトラです。依頼主の方はどちらにいらっしゃいますか?」


 という、アルバート様の耳心地のいい低い声の言葉を聞き、我に返った。


「は、はい。わたしです」


 恐る恐る手を挙げれば、黒に近い藍色の長い髪を無造作に束ねた、しろっぽい緑色の瞳をした男性が、信じられないと言った声色で声を上げた。


「おお、しっかりした嬢ちゃんだな。お母さんの代わりに依頼したのか? えらいな」


 彼は人の良さそうな笑みを浮かべて、わたしの頭を撫でた。

 そんな人の良さそうな男性とは正反対に、帝都の人間だとひと目で分かる見た目をしているお兄さんは、ずっとニコニコしていて少し怖い。

 その隣の、白金色プラチナブロンドの髪のお姉さんは、前髪で目が隠れているせいで表情が読めない。けれど、その髪に隠れた素顔が整っていることが、同じ女であると分かってしまう。きっと、綺麗で、魅力的な方なんだろう。

 でなければ、こんな美丈夫たちをはべらせるなんて、出来ないのだから。


「依頼について確認したいんだ。時間はそんなに取らせないつもりだけど……いいかい?」

「もちろんです! 家へどうぞ」

「……あぁ、ありがとう」


 アルバート様は一瞬、商団が店を出している市場に目をやったが、わたしの提案を受けてくれた。




 家へ招き入れ、今では滅多に使うことはない、六人用テーブルについてもらう。

 彼らの話に聞き耳を立てれば、乗ってきた馬を市場の近くにある、厩舎きゅうしゃ付きの宿に繋いで来たことが分かった。

 宿を取ったということは、今夜はこの村にいるということだ。

 その事実にわたしは胸を踊らせた。


「早速、今回の依頼内容の確認をしたいのですが、よろしいですか?」

「こら、レモラ。先走りすぎだ。まずは自己紹介からだろ? オレはカルミア。よろしくな。嬢ちゃん」

「は、はい。よろしくお願いします。わたしは、アリシアと言います」


 慌ててお辞儀をすれば、彼らは次々と自己紹介をして下さった。

 最初は怖いなと感じたレモラさんも、話せば怖がらせないためにニコニコと笑顔でいただけの、真面目ないい人だった。


「今回の依頼なんだけど、魔獣の群れの討伐で間違いない?」


 アルバート様の子ども扱いな優しい言葉に、もう十四の大人なんだけどなと思いつつも、頷いた。


「はい。間違いありません。狼の魔獣の群れが夜な夜な襲いに来るんです」

「今までどうやって家畜を守ってきたんだ? 見たところ、男が一人もいないようだけど」


 カルミアさんの問いに、人数分のお茶を持ってきた母が答えた。


「夫たちは皆、帝都に出稼ぎに行ってるんですよ。この仕事だけでは、暮らしていけないですから」

「そうなのか? なんかすまないな、奥さん。言いづらいことを聞いた」

「いえいえ。中の方々には、外のことなど、あまり知られてないことですから」


 母が苦笑すれば、カルミアはそれっきり喋らなくなってしまった。

 そこまで気にすることでもないのに、優しい人なんだろう。


「狼の魔獣は賢いので、牧場の周りに火を焚くと近寄って来ないんです。まぁ、極限までお腹が空けば、襲ってきますから……。今までの経験上、狼の魔獣は今夜襲ってくるでしょうね」


 母が言えば、アルバート様達は、夜までは暇という結論になったらしい。


「なら、村を案内しましょうか? 何もない村ですが、少しは暇つぶしになるかもしれないですよ」


 そう提案をすれば、悩ましげな顔をするアルバート様。


「行ってきたら良いんじゃないか? オレたちはここでのんびりさせてもらうし。ほら、可愛い娘の提案だしさ」

「他人事だと思って、お前は……。はぁ。じゃあお願いしようかな。一度、商団の市場を見てみたいんだ。いいかい?」

「はい! もちろんです!」


 カルミアさんの援護射撃に感動していれば、色よい返事をくれたアルバート様が頷いて下さった。

 家から出る時に、こちらに向かってウインクをしてきたカルミアさん。

 わたしの気持ちは筒抜けなのだろう。

 すごく恥ずかしいが、この機会を作ってくれたことには感謝しなければ。




 市場に来たわたし達は、並べられた品物をじっと見ていた。

 話せることもあまりなく、話題を探すのも一苦労だ。

 それでもそんな時間も愛おしく感じてしまう。


「出稼ぎって本当なのかい?」

「えーっと、お母さんには内緒ね? 出稼ぎも間違いじゃないんだけど、男の人みんな、帝都で騎士になったの」

「全員が?」

「そうだよ。徴兵されたって。噂程度だけど……」

「そうなのか。……商品は日用品や食料ばかりだな」

「嗜好品はあまり売れませんから、少しならあったはずですよ。見ますか?」


 彼の疑問に答えて場所を移動すれば、いつもの商団に見慣れない人がいた。

 知らない人がいるなんて珍しい。

 そう思い、その人をよく観察する。

 身長は小柄で、動作は男性の荒々しさはなく、帽子を目深にかぶっているが、よく見れば、女性の顔つきだと分かった。


「ねぇ、そこのお嬢さん」

「……なんですか?」


 アルバート様に声をかけられたというのに、全く嬉しそうじゃない声が返ってきた。

 知り合いなのだろうか。

 訝しげな視線を送っていたのだろう。彼女が「彼女さんが困ってますよ」と声をかけてくれた。

 想い合っている恋人同士に見えるのだろうか。嬉しい。


「彼女じゃない。村長の娘さんだよ」

「そうですか。あ、何か買います? 商売なんで、邪魔しないでいただけると嬉しいんですがね」


 早くどっかに行けと言わんばかりの対応に、アルバート様が笑った。

 なんて素敵な笑顔を浮かべるんだ。ますますのめり込んでしまいそうだ。


「じゃあ、その髪飾りをもらうよ」

「まいど。アルビオン銀貨八枚」


 買ったのは、アルバート様と同じ瞳の宝石が付いた髪飾りだ。

 銀貨八枚という大金を値切らずにすんなりと買えてしまう財力を目の当たりにして、少し目眩がした。

 容姿も整っていて、その上財力もある。なんて完璧な人なんだろう。

 アルバート様は、手渡された髪飾りを持った反対の手で、目の前の女性の帽子を取り、髪飾りを挿す。

 ボッと一瞬で顔を真っ赤に染めた女性は、勢いよく後ろに下がった。


「似合ってる。可愛い」


 わたしではない人に贈られた甘い言葉。

 綺麗な顔で、とろけるような笑みを浮かべるアルバート様に、この恋慕は叶わないのだと、思い知らされた。

Copyright(C)2021-藤烏あや

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