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閑話『逢瀬の前に』

 一度家に帰ったアーシャを待っていたのは、父が信頼を置いている腕のいい侍女達だ。

 彼女たちが満面の笑みで出迎えてくれたが、アーシャは嫌な予感に口元を引き攣らせた。





 最初に連れてこられたのは風呂場だ。

 侍女に身を全て任せ、丁寧に衣服を脱がされ肌を磨かれていくのを人形のように受け入れる。

 次に薔薇の花びらが浮いたバスタブに浸かれば、気持ちよさから思わず感嘆の声が漏れた。

 侍女達がまだ濡れていないアーシャの髪をき絡まりを解いていく。梳き終われば、ゆっくりとシャワーでお湯を流し、髪を濡らす。シャンプーを泡立ててから優しく髪の毛を洗ってゆく。頭皮マッサージも兼ねているそれは心地よく、気を張っていないと寝てしまいそうだ。


 ──先人に感謝ね。お風呂も、シャワーも無いなんて考えられないわ。


 三百五十年前にこの国を造り上げた先導者クラウスは、上下水を作ることに重きを置いたと言われている。なんでも、上下水の有無で病気の蔓延を防ぐ事ができるらしい。

 事実、帝国暦に病が蔓延した記録はない。


「お嬢様。魔の国製のシャンプーとコンディショナーが残りわずかとなっております。差し出がましいとは存じますが、また入手していただくことは可能でしょうか?」

「ええ、今度の定期市で買ってくるわ。あの国の美容品には舌を巻くしかないわね」

「元々綺麗なお嬢様の御髪がますます磨きがかかりますもの。一級品なのは間違いないでしょう」


 自らが手入れをしたアーシャの髪をうっとりと眺める侍女に、アーシャは苦笑するしかない。

 彼女が居なければアーシャは、髪の手入れも、肌の手入れも、貴族令嬢としての嗜みをおろそかにしてしまう。そのため父が腕のいい侍女を雇ってくれて良かったと思っている。

 ただ家に帰って来るたびに、二時間以上手入れをされるのは流石に止めてほしい。

 一度侍女に苦言を呈したが、時間をかけるのにも理由があるらしく、それぐらい時間をかけないと毎日手入れをしてる周りの貴族令嬢に劣ってしまうと熱弁された。

 アーシャが折れるしかなかった。

 魔の国製の美容品を使う理由も侍女たちが譲らないからだ。父もそれを是としているようで、アーシャに拒否権はない。


「今日は“男性を虜に出来るくらいに仕上げろ”とアザミ様から仰せつかっておりますので、うんっと綺麗にしますね!」


 侍女の言葉にアーシャは目を見開いた。


 ──まさかもう報告が入っているなんて……。


 アルバートの家の前で話をするだけだというのに、父は何を考えているのだろうか。

 大切に育ててきた一人娘を、どこの馬の骨かも分からないような男に差し出そうとしているのかと、言葉も出ない。


 ──諜報員は確かに、そういう行為もするって聞いたけど……。まさか、私にしろって? 未経験よ? 嘘でしょう?


 使えるものはなんでも使う父のことだ。絶好の機会だとしか思っていないのだろう。

 この色仕掛けをする絶好の機会に、彼を探れと言いたいのだろうが、探る手段はもう少し何かなかったのか。

 色気など、十六の小娘に求めないで欲しい。母と違って、儚さも淑やかさも本質ではなく十六年かけて作り上げたものなのだから。


「お嬢様。出ましょう。のぼせてしまいますよ」


 侍女の言葉に、頷いてバスタブから出た。

 内心悶々とした感情を抱えながら、それでも顔に出ないよう心がけた。


 風呂の次はエステだ。

 マッサージ台に裸のままうつ伏せになって、身体が冷えぬようタオルをかけてもらう。

 日々の疲れを取るように丁寧に行われるそれは、とても心地がよく、溺れる心配もない安心からか、アーシャはいつの間にか眠りに落ちていた。






 目を覚ましたアーシャは寝台の中にいた。下着もネグリジェも着ていることから、寝落ちた事を悟る。

 グッと伸びをして身体を伸ばせば、いつもより身体が軽いことに気が付いた。


 ──やっぱり、家の侍女は腕がいいわね。


 手入れを面倒だと感じることもあるが、やはり些細な変化は気分を高揚させてくれる。

 アーシャが隣の部屋に出て動き出したのを感じたのか、ノック音が部屋に響く。

 軽く返事をすれば、食べ損ねた夕食をワゴンで運んできたメイドは、部屋に入ると慣れた手つきでワゴンからテーブルに料理を並べていく。

 アーシャは準備をしている間に部屋着に着替え、食事の用意されたテーブルにつく。


「お嬢様。こちらをどうぞ」

「これは?」


 いつものような食事ではなく、いかにも精のつく食事ですと言わんばかりの料理が並んだテーブルに、少し目眩がした。

 アボガドとアスパラをふんだんに使ったサラダ。スパイスの効いた牛ヒレ肉のステーキ。卵たっぷりのスープ。ナッツの入った柔らかなパン。デザートにはぶどうとザクロ。

 精がつくと習った食材がいざ自分の目の前に並ぶと壮観だ。

 食欲をそそる匂いが漂い、アーシャの鼻をくすぐる。


「アザミ様の言いつけ通りの物を用意しました」

「お父様はもう……」


 父の計らいなのであれば、食べる以外の選択肢はアーシャには残されていない。


 ──絶対、何もされずに帰ってくるわ。


 そう決心をして、アーシャは料理に手を付けた。

Copyright(C)2021-藤烏あや

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