第7話 脅威の疫病の足音
「けほっ、けほっ」
鍛錬場で魔法の練習をしていると、騎士団の方で咳をしている音が耳についた。
「なんだ? 風邪か? 騎士のくせにだらしない」
「め、面目ないです」
「あー、悪化する前に今日は休め」
「すんません、隊長」
まあ、そういうこともあるか、なんて。
この日は気にも留めなかった。
*
「けほっ、けほっ」
その次の日もまた、鍛錬場で咳をしている騎士団の声が耳に入ってきた。
「なんだまだ治してねえのかぁ……っておいおい。今度はお前らそろいもそろってかよ」
「申し訳ございません。衛生面では気を付けていたのですが……」
「あーわかったわかった。他の奴らにうつす前に失せろ」
「すんません、隊長」
なんだか、嫌な胸騒ぎがする。
この状況に、既視感を覚える。
でも、まさか。
前世と比べて、早すぎる。
*
「……おいおい、まじかよ」
その翌日は、騎士団のほとんどがノックダウンしていた。死屍累々の兵士を前に、騎士団長が唖然としている。
「す、すみません。容体を確認させてください!」
「あんた……聖女候補の」
「アイーシャです。失礼いたします」
断りを入れ、患者の診察に取り掛かる。
開いた瞳孔、かなり早い脈拍、高熱。
そして何より、この感染力。
まさか、まさか。
「ルート・セプテム……!」
「な、ルート・セプテムだと!? ルート・セクスが60年前に起こったばかりじゃないか!」
ルートとは、およそ100年周期で流行する、この土地特有の病気である。その6回目は6と呼ばれ、7回目の今回は7と呼ばれる。
騎士団長が言った通り、前回のルート感染が起こったのがおよそ60年前。ルートの周期としてはあまりにも短い。
そして、それが原因で、前世では対応が遅れた。
本当にルートなのかどうかを議論している間に、国中に感染が広まってしまったのだ。
「っ、今すぐ患者の隔離を!」
まずい、まずいまずい。
ルートの流行まで、あと2年はあるものだと思っていた。
私はこの病を治癒するだけの癒術をまだ使えない。
どうする、どうすればいい。
……怠慢だ。
私の怠慢だ。
どうして前世と同じタイミングで発生するなんて楽観視していた。
政策をはじめとして、この世界は前世で私が体験したのと違う過去を辿っている。
前回起きたことが起こるとは限らないし、同じタイミングで起こるなんて保証はなおさらない!
今、私にできることは――
「陛下! ルート・セプテムが発生した可能性がございます!!」
私にできる、もっとも大事なことは情報の共有だ。
私がただの穢れた血なら、声を国の上層部に届けることはできなかった。
だけど今生では聖女としての地位がある。
「アイーシャ嬢? 何を言い出す。ルート・セクスが60年前。セプテムが来るにはまだ早い」
「しかし! 現に騎士団ではルートと同じ症状が起きています!!」
「ルートと似た症状の病は存在する。今回もおそらくそれじゃろうて」
「ち、違います! これは間違いなく――」
「……アイーシャ嬢よ。お主は聡明だ。現に、お主の言葉で国は何度も救われてきた」
「で、でしたら私の言葉に耳を傾け――」
「じゃが、アイーシャ嬢はルートの恐ろしさを見たことが無いじゃろう」
「……っ!!」
……そうか。
そうなるのか。
(違う、私は体験している。ルートの恐ろしさを、前世で知っている)
でもそれは、あくまで私の主観での話だ。
客観的に見れば私はたかが13の娘。
60年前に起きたルートの被害を知る由は無い。
どうする。
どうすればいい。
どうすればこの話を信じてもらえる。
「陛下! ご報告です!!」
その時だった。
銃声のような音とともに謁見の間の扉が開かれて、王家お抱えの飛脚が息を切らしてやってきた。
彼が息を切らしているところを、初めて見たかもしれない。
「何事じゃ!」
陛下もまた、彼が肩で息をする様子を見るのは初めてだったようで、声を荒げて詰問した。
飛脚の彼は手で汗を拭った後、息を一つ吸い、それから口を開いた。
「王都、およびキンペ村で、正体不明の疫病が流行り始めています!」
「なん……じゃと……?」
「特徴は開いた瞳孔、早い脈拍、高い体温。そして……強い感染力です」
「……まさか。ありえん。あれが流行するには早すぎる」
ダメだ。
陛下はルート感染の事実を受け入れられない。
国に任せていたら、手遅れになる。
「飛脚さん」
「あなたは……たしか聖女候補の」
「アイーシャと申します。飛脚さん、人を乗せて走ることはできますか?」
「できねえでもねえが、アイーシャ様、あんた何をする気でい?」
何って、決まってる。
「私を、キンペ村に連れて行ってください」
取り戻すんだ。
あの日失った、希望を。
「待つんじゃ! アイーシャ嬢! お主が行って何になる! もし本当にルートなら、お主にできることは何もない! 歴代聖女ですらどうすることもできなかったのじゃぞ!!」
「それが、どうしたんです?」
「わからぬわけではなかろう!! 聖女がいなければ国は立ち行かなくなる! 聖印を持つお主を失うわけには――」
「これはあくまで個人の意見ですが」
陛下の言葉を遮った。
私のささやかな反抗に陛下が瞠目する。
「わが身可愛さに国民を蔑ろにする国なんて、滅んでしまえばいい」
勘違いしないでほしいが、私はこの国が嫌いだ。
それでも国政に口を出していたのは、きっと生きているはずの母のためだ。
その母を見捨てようとするのなら、私はこの国を見捨てる。
「では飛脚さん。お願いします」
「ははっ、あんた、最高だな。よし! 竜より早いとうたわれた俺の足、とくと目に焼き付けな!!」
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