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第3話 今度は前回より、うまくやってみせる

 二度目の人生で、初めて抱いた願望。

 聖女になりたくない。

 その願いが叶うことはありませんでした。


 ――次代の聖女が誕生した。


 教会が大々的に発表した神託は、王都のみならず、瞬く間に大陸全土に広がりました。


 侍女は黙ってくれていたけれど、今生の父や母が私を調べないはずもなく、その日のうちに私が聖印を授かったことは明るみに出てしまったのです。


 だけど。


 次期聖女として王城に向かった私を待ち受けていたのは、私ですら受け入れられない現実でした。


「……どうして、あなたが、ここに」


 私同様、謁見を待機するご令嬢。

 純白のドレス、亜麻色の髪。


「あの、申し訳ございません。私たち、どこかでお会いしましたか?」


 その女は、一見無垢で無邪気な笑みを浮かべた。

 あの時と比べればずいぶん幼い。

 だけど、見間違うはずもない。

 その奥に潜む悪意を見逃すはずがない。


「……失礼いたしました。アイーシャ・ロウ・モノグラムと申します」

「カトレア・リィン・フォトニクスですわ。アイーシャさん、少しお耳をお貸しいただいても?」


 私は小さくうなずいた。

 カトレアは満足げな笑みを浮かべると、私の耳元に口を寄せた。

 それから、他の誰にも聞こえないくらい小さな声で囁いた。


『あんたが本物の聖女なんだ。ふふっ、でも残念。その座は、私がもらうから』


 ……涙が、溢れそうだった。

 肩が震える。のどが絞まって、しゃくりが上がる。


「アイーシャ様!? どうなされたのです!?」

「カトレア様! アイーシャ様にいったい何を!!」

「ち、ちがっ、私は何も! ただ、一緒に頑張ろうねって、そ、そうよね、アイーシャさん!?」


 間違いない。私を陥れたあの女だ。

 でも、この女と同じ時代に生まれたことがつらいんじゃない。私が涙したのは……。


(母は、まだ生きている……!)


 今、はっきりと分かった。

 どうして再び生まれてきたのがこの時代なのか。

 何故聖女の素質を授かったのか。

 私が為すべきは何なのか。


「ありがとう、ございます……っ!!」


 私が天に向けて口にした言葉は、周囲の人たちには屈曲して伝わったようで、私とカトレアの間に確執は無かったものとして扱われた。


 構わない。

 私は、こらえた涙を拭った。


 今度は前回より、うまくやってみせる。


「お二方、国王陛下との謁見準備が整いました。謁見の間へご案内いたしますのでついていらしてください」


 ほどなくして案内人が待合室にやってきて、謁見の間へと導かれた。貴金属で装飾が施された荘厳な扉を開くと赤い絨毯が部屋の中央まで伸びていて、そこに大きな椅子が打ち付けられていた。

 玉座だ。

 そこに腰掛ける初老の男性こそ、この国の王なのだろう。


「よく来てくれた、次代の聖女よ」


 私とカトレアはこうべを垂れた。


「2名とも歓迎する、と言いたいところではあるが、残念ながら、聖女は各代一人のみ。どちらか一方は虚偽申告であるな」


 かつてカトレアは自身を偽物だと言っていた。

 でもそれは、別の世界での話。


「陛下、私こそが真の聖女ですわ!」


 当然、この場では本物であると主張する。


「ほう。貴殿の名は?」

「カトレア・リィン・フォトニクスですわ」

「なるほど。と、彼女は言っておるが、そちらの令嬢はどうかね?」


 陛下と目が合う。

 びりびりと皮膚がしびれるような重圧。

 なるほど、これが一国の頂点に立つ人間の威厳か。

 なんて感想を漠然と抱いた。


「真実は言葉によって隠され、行動によって暴かれる。この理念のもと正しい行いをするのみです」


 どちらも本物だと主張するのだから、口論したところで平行線なのは明白。そんな無駄なことに時間を割く暇はない。


「かっかっか! 幼子とは思えぬ物言いよ! して、貴殿の名は?」

「アイーシャ・ロウ・モノグラムと申します」

「アイーシャ嬢か。そなたの言う通り。聖女であると証明したければ言葉ではなく成果で示すべきだ」


 陛下がふっと笑った瞬間、体にかかっていた威圧がかき消えた。呼吸をすると、深いところまで空気が行き渡るのがわかる。


 ひとまず、陛下のお眼鏡にはかなったらしい。

 カトレアは隣でニコニコしているけれど、内心穏やかではないだろう。


「そこで、二方に問おう。ライナグル公爵、議題を」

「はっ。まず、こちらの資料をご覧ください」


 ライナグル公爵。

 この国の宰相であり、国家予算の財布を握る権力者でもある老齢の男性だ。

 白ひげを蓄えた彼は、私とカトレアにそれぞれ1冊のファイルを手渡し、中を見るように勧めた。


 うん。

 何が書いてあるかさっぱりだ。


「資料の通り、国の予算はここ数年減少傾向にある。議題はいかにしてこの現状を打破するか。これについて二方の意見を聞きたい」


 意見と言われても、ねえ。

 一応、前世と合われば25年生きているとはいえ、前世の18年は学問とは一切縁が無かった。

 今生になってからも漫然と生きていたせいで、まともな学は修めていない。


「もちろん、ここで素晴らしい意見を出したからと言って聖女と断定するわけではない。意見を出せなかったからと言って偽物と断定するわけでもない。まあ、一つの試金石のようなものだ」

「よろしいでしょうか」

「カトレア嬢。何か意見があるのかね?」

「はい。私が提案するのは、奢侈(しゃし)税の導入です」

「ほう、奢侈(しゃし)税とな?」


 しかし、カトレアは私と違ったみたいだ。

 そもそも彼女は私より、多分5つほど年が上だ。

 知恵比べならともかく、知識量では敵わない……。


(奢侈税?)


 どこか、聞き覚えがあるような。

 どこだっけ、どこで聞いたんだっけ。


「はい。宝飾品やボートの購入、馬車での移動など、贅沢に対して掛かる税のことです」

「ほう。税金を上げるということか。しかしそれならば人頭税を引き上げても良いのではないか?」

「いえ。人頭税は収入が低い人ほど負担が大きいです。それに対し奢侈税のターゲットは上流階級。つまり、金銭的に余裕がある者から税を取り、余裕のない人はこれまで通りの税金を納める点が異なります」


 ……そうだ、思い出した。


 あれは前世の私が4歳の時のこと。

 母の客の一人だった宝石商が愚痴っていた。

 奢侈税なんてものができたせいで商売あがったりだと。

 そしてその余波は徐々に広がって――


「なるほど。興味深い意見だ。アイーシャ令嬢は何かあるかな?」

「……っ」


 ダメだ。

 この政策は、実施させてはいけない。


「お言葉ですが、それは理想論に過ぎないかと」

「……ほう? 何故そう思う」

「それは……」


 だけど、いいのだろうか。

 私は経済学について知識があるわけではない。

 今後同じように意見を求められたとき、落差に失望されるのではないか。


 ……ううん。考えるまでもなかったや。


「需要と供給の弾力性の違いです」


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