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第2話 前世を一言で表すならば、最悪の人生だった

 前世を一言で表すならば、最悪の人生だった。


 私は父の顔を知らない。

 というより、母でさえ父が誰なのかを知らない。


 母は美しい女だった。美しいだけが取り柄だった。

 そんな母が容姿を売って所得を得るようになったのは自然の流れで、そうして生まれたのが私だった。


 ――穢れた血。

 私のような境遇の人間を、そう呼ぶらしい。

 周りを見れば、ネズミを食らい、泥水をすすって生きながらえる人もいる。

 それが一般的な穢れた血という人種らしい。

 でも、母は私にひもじい思いをさせなかった。


 母だけが、辛い世界で唯一の希望だった。


 でも、母は私が12の頃に死んだ。

 流行りの病だった。

 日に日にやつれていく母が、最期に口にした言葉が、今も耳を離れない。


『……こんな私が母親で、ごめんね』


 次の日、母は首を掻っ切って死んでいた。

 手にはガラスの破片が握られていた。

 目尻には涙の痕があって、だけど口元は憑き物が落ちたように穏やかだった。


 葬儀は私一人の手で行われた。

 同じ穢れた血の子供が、陰で私をあざ笑っていた。

 父なる人物は、最後の最後まで現れなかった。


 欄干から身を乗り出し、河川をのぞきこむ。

 揺れる水面に、母譲りの整った顔が映りこむ。

 黒い髪、サファイアブルーの瞳、それから――


「お嬢様。お顔に気になる点でもございますか?」


 横から声を掛けられて、意識が現実に戻される。

 鏡に映った私の髪色は白銀の色になっていた。


「……いいえ。何も」


 今生の名前はアイーシャ・ロウ・モノグラム。

 モノグラム子爵家の長女として、私は生まれ変わっていた。


「左様でございますか。朝食はレーズンパンとバターロールのどちらになされますか?」

「いりません」

「旦那様より、お嬢様にきちんと食事していただくよう指示されております」

「……どちらでもいいわ」

「恐縮です」


 偶然手にした二度目の人生だけど、別に、生きる目的ができたわけではない。

 というのも、今は聖女の座が空位らしいからだ。

 私を陥れた女は、現時点で聖女ではないらしい。


 ドロドロに溶けた熱い鉛のような復讐心は残っているけれど、それをぶつける相手が見つからない。


 だったら、私はどうして生まれてきたんだろう。


「お嬢様、バターロールをお持ち致しました――お嬢様!? その右手は――っ」

「へ?」


 言われて、右手を見る。

 手の甲に、淡く光る紋様があった。

 なに? この紋様?


「せ、聖印……」

「せいいん?」

「聖女となる素質を持つ者にだけ与えられる印のことです! 至急旦那様にご報告を――」

「ま、待って!」


 聖女の素質?

 何を言っているの。

 私が、あの女と同類?

 そんな、そんなことのために、天は私に二度目の人生を与えたというの?


「私、聖女になんて、なりたくない!」


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