表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ENDING  作者: るるの
ENDING
8/53

8 優しさのつもり?

 翌日。

 大好きなバンドの曲で目が覚めて、顔を洗って、制服に着替える。簡単なメイクをして、髪をアイロンで整えて、ワックスとスプレーでセットする。

 いつも通りの朝だ。


「ねぇ、りん姉」

 いつも通り家を出ていこうとすると、リビングでテレビを見ていた妹が話し掛けてきた。

 妹から話し掛けてくるなんていつ以来だろう。それどころか最後にちゃんと言葉を交わしたのもいつだったか覚えていない。

「なに?」

 妹が振り返る。あ、久しぶりに顔見たな。何か大人っぽくなった気がする。

 そんなことを思っていると、妹が立ち上がってテレビを消した。

「駅まで一緒に行こ。」

「あ、うん。」

 ずっと口も聞こうとしなかった妹が、どうして急に?

 心臓がどきどきと高鳴る。


 家から出ると、しばらく私達は微妙な距離感を保ちながら無言で歩いた。

 うう、気まずい。何を話せば良いんだろう。

「…………」

 ちらりと横目で妹を見る。

 こうして一緒に家を出るのは、数年前にお父さんが家を出てってから初めてだ。


 妹はあれからずっと私を避けているように思えた。もちろんお母さんのことはもっと避けてる。お母さんが帰ってくる時間帯はずっと部屋に籠って、お母さんが寝ると朝の支度を始める。まぁ、私もそうだけど。

 お母さん、お父さんと離婚してから何の仕事をしてるのかも分からないし。

 そうだ、家族と話すのなんていつぶりだろう。最近はずっと家に居てもひとりぼっちだった。

「ちょっと、何泣いてんのよ」

 不審そうに私を見る妹。いつの間にか涙がこぼれていた。

「いや、ごめん、何か感動した」

「はぁ?バカじゃないの」

「相変わらず生意気だな。」

 私が言うと、何故か妹は吹き出した。そして声を上げて笑った。久しぶりに見た妹の笑顔は、生意気だったけど昔と変わらなかった。

 あ、やば。また泣きそう。

 私はこっそり妹に背を向けた。


 駅に着くと、改札で妹と別れる。

「……気を付けてね」

 別れ際に、小さな声でそう言われた。

 まるで妹に、今日しようとしていることがバレているみたいだ。そんなわけないのに。

「……うん。あんたもね」

 私達は、それぞれ階段を降りた。


 心臓が高鳴る。階段を下りる足も震えている。

『間もなく二番線に各駅停車……』

 アナウンスが流れる。電車が来て、停止する。

 やば、今日は妹に合わせて家出たから……。これ逃したら遅刻確定なんだけど!

 慌てて残りの段を駆け下りて、電車に飛び込んだ。


「はぁ……」

 良かった、遅刻は免れたみたいだ。安堵の息を漏らすと、目の前に居た人に鞄がぶつかってしまった。

「あ、すみませ……」

 慌てて顔を上げると、大学生くらいの女の人だった。ホワイトブロンドのボブがふわりと揺れる。

「こちらこそすみません。」

 その人はにこりと笑ってそう言ってくれた。私は軽く会釈した。


 学校に着くと、見慣れた顔が校門の前に立っていた。煉瓦の塀に背をつけて、まるで誰かを探しているみたいに、通り過ぎる生徒達の顔を一人一人確認している。

「あ。」

 目が合う。もしかして、探しているのは私?

「待ってた。」

 弓槻が、こちらに歩み寄ってきた。


 どうして弓槻が私を待っていたのか、何となく予想はついていた。

「むすびと、あの後どうなったの?」

 下駄箱で上履きに履き替えながら尋ねた。目を伏せた横顔に艶やかな黒髪が垂れている。不覚にも見蕩れてしまったけど、弓槻にじろりと見上げられて慌てて目を逸らした。

「あなた、湯川さんと仲良いの?」

 じ、と見詰められて、私は一瞬迷ったけどこくりと頷いた。

「じゃあ傷付くかもしれないから言わない。」

 さらりとそう言って、さらりと黒髪を翻して階段に向かっていく弓槻。

「待てよ。言う気ないなら何で待ってたのかよ」

 階段まで走っていって尋ねると、弓槻は、

「あなたは湯川さんを友達と思ってないように見えたから。でも違った、だから言わなかった。」

 そう言って、階段を上っていく。

「何だよ、じゃあ私が頷いてなかったら話してたってことかよ……」

 そう呟いた私を細長い目で見下ろして、弓槻は無言で二階に姿を消した。

「優しさのつもりかよ。」

 あくまでも一人で解決しようとしているらしい。真実を知っていて、秘密を共有している私に頼ろうともしない弓槻に、少しだけ腹が立った。


「ねえ」

 休み時間。私が席の前に立つと、弓槻はいつもの表情で、……目だけ見開いて、私を見上げた。

「ちょっと来て。」

 無理矢理弓槻の手を掴んで立ち上がらせた。バカみたいに細い手首だ。放課後机を漁っていたのを止めた時は気付かなかったけど、力を入れれば簡単に折れてしまいそうだ。

「りんね」

 しみずが心配そうな顔で私を見ていたけど、私はわざと無視した。

 ごめん、しみず。しみずだって真実を知ってるけど、そこまで深く知ってるわけじゃない。だから巻き込むわけにはいかない。

 私は弓槻の手を引いて早足で教室を出た。


 突き当たりの階段の踊り場で、私は立ち止まった。弓槻の手を離すと、弓槻は息を弾ませながら目を細めて私を見た。

「急に何?」

 周りに誰も居ないことを確認する。

「魔女に、会えるかもしれない」

 私がそう言った途端、弓槻がばっと私の肩を掴んで、

「どうして?」

 と私を見上げた。さっきみたく表情はいつもみたいな無表情なのに、目だけ見開いていて少し怖い。

「これ、見て。」

 私は弓槻にスマホを渡して、あのブログを読ませた。ツイートも見せて、この子が飛び込み自殺をした子の魂を売ったかもしれないこと、今日この子を見付けて後をつければ魔女に辿り着けるかもしれないことを話した。話し終わると、心做しか弓槻の目が輝いているように見えた。

「すごい、よく見付けたわね」

「いや〜、やっぱ私天才?」

「……でも」

 スっと弓槻の瞳から光が消えた。

「魔女に会って、どうするつもりだったの?」

「え……」

 弓槻は半ば投げ付けるようにスマホを私に押し付けた。これは癖なんだろうか。

「後をつけて、魔女に会ったら、私達は消されるだけよ。それにもし仮に魔女が話がつく人だったとして、消されなかったとしても、もう売った本人に魔法の力を与えてたら、どっちにしろ魂を売ったことは取り消せない。消されるだけ。」

「じゃあもうどうしようもないんじゃん……」

「魔女に会ったってあんなに大きな力を持った相手に敵うわけないもの。犯人を特定するのを優先した方が早いわ。」

「でも、魔女に会えば何か手掛かりが分かるかもしれない!」

「重要なのは魔女じゃないわ。……そうね」

 弓槻は私が握っているスマホをじろりと見た。

「その女子高生に近付きましょ。」



 午後の授業が終わってすぐに、私と弓槻は学校を飛び出した。向かう先は決まっている。ブログの子の通う高校だ。

「私立城雲(じょううん)高校だから、ここから三駅で乗り換えて……」

 弓槻とスマホで調べながら校門を出る。

 ふと背後に気配を感じたけど、私は気にしないで城雲高校への道を調べた。


 普段乗らない電車に乗るのはとても新鮮だ。地上に出ると暖かな太陽の光が差し込んでくる。もう五時近いけど、夏だからまだ明るい。少しだけ眩しい。

 人は疎らで、椅子もがらりと空いていたけど、私達は何となく一つのドアの両側に立っている。

 ガタン、ゴトン、と、時たま車体が微かに揺れる。


「弓槻」

 名前を呼ぶと、弓槻は窓から私へ視線を移す。

「ブログの女子高生に近付く、って、どうやって近付くんだよ」

 尋ねると、弓槻ははぁっと短く溜め息を吐き、

「あなたが話し掛けるのよ」

「はぁ?私頼みかよ、弓槻がやればいいじゃん、言い出しっぺでしょ?」

 すると弓槻は、

「……友達のなり方が分からない」

 俯いてそう言った。

「あー……」

 否定して慰めようとしたけど、言葉が思い付かなかった。


『××〜、××〜』

 城雲高校の最寄り駅に着いた。

 電車から降りて改札を出て、右へ曲がる。ここからずっと真っ直ぐ進んでいけば、私立城雲高校があるはずだ。

「あ、あの子がツイートしてる。

『五時にこっちまで来てくれるらしいから、もうすぐだよね。楽しみだなぁ。』

 だって。間に合うかな」

 私達は自然と足を早めた。


 城雲高校の校舎が見えてくる。私達は次々と校舎から出てくる城雲高生の波に逆らいながら、目立たないように校門付近に向かう。

 するとふと校門の向こう側に立っていた女生徒と目が合った。

「…………」

 その子は不思議そうな顔で私達をじっと見詰めた。 けど、すぐに視線は足元に戻った。

「あの子かしら」

 弓槻がそう囁いてきたけど、画像ツイに映る子とはまるで別人だ。画面に映ったこの子はタピオカみたいな真っ黒で大きな瞳で二重だけど、あの子は三白眼で一重だ。肌の色も、病的な白さと健康的な小麦色でまるで違う。

 弓槻に見せると、「違うみたいね」と納得した。

「でも誰かを待ってそうな子って言ったらあの子くらいだよね。もしかしたら待ち合わせ場所は駅なのかな――」

「あれぇ?りんねちゃん?」

 背筋が一気に凍り付いた。心臓が一瞬大きく脈打って一瞬止まった。

 ぎぎぎ、と機械的に首を動かして声のした方を振り返る。そこに立っていた人物が、カバンを胴の後ろに持って前かがみになって笑っていた。

「む、むすび……」

 にっこりと笑うむすびが、そこに立っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ