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「三十人分の魂を売れば魔法の力を売ってくれる魔女が居るらしい……」
その都市伝説は、ググれば簡単に見付かった。関連する記事がいくつもヒットした。
正直調べるのも怖かったけど、少しぐらい検索したところで消されることはないよね。
「あれ?」
一番上に表示されていた有名なネット掲示板のスレッドを開いてみたけど、『このページは存在しません』という文字だけが表示された。
「え、え、え?」
他のサイトやスレッドも開いてみたが、どれも削除されたのか存在していないようだ。
「何、こわ……」
急に背筋が冷たくなった。今は夜中の一時。自分の部屋でベッドの上に座って壁に背をつけていたけど、何だか怖いから頭から布団を被った。
どういうことなんだろう。これじゃこの都市伝説について何も分からない。これ以上深く追求するのは怖かったけど、何も知らないまま死を待つのはもっと怖い。
……そうだ。
Twitterを開く。そして検索欄に『三十人 魂 魔法の力』と打ち込み、検索する。
「……ビンゴ?」
ずらりと大量のツイートが表示された。
『三十人の魂を売れば魔法の力が手に入るって都市伝説知ってる人居ない?』
『三十人か四十人か忘れたけど魂を捧げれば魔法の力を貰えるらしいよ
俺が高校生の時に流行った都市伝説ww』
『魂売れば魔法の力くれるって都市伝説昔見たような気がするけど三十人って多くね?w
てか魂ってどうやって売るんだよな、作るならもっとまともな話作れよw』
そんなツイートが表示される中、ふと一つのツイートに目が止まった。
『私のことをいじめてるクラスのやつらの魂を売ったら魔法の力が手に入るかな。三十人どころじゃない、私なら百人は差し出せる』
プロフィールを開くと、どうやら都内住みの女子高生みたいだ。しかも一年生、私と同い年。
過去のツイートを遡ってみると、この子はどうやら酷いいじめを受けているようだった。
「うわ……」
目を背けたくなるようないじめの内容の数々が事細かに書き込まれている。たまにある画像ツイには暴言で埋め尽くされたグルラのトーク画面のスクショや自傷行為の様子が添付されていた。
あれ。これって。
『縫ってもらった〜』と縫合された傷の写真の隅に、ぼんやりと制服のスカートらしきものが映っていた。
「うそ」
今まで何度も、いや毎日見掛けてきたスカートだ。
これは、昨日自殺した子と同じ制服だ。
スマホが手からずるりと滑り落ち、壁とベッドの隙間に落ちてしまった。
「あ、」
慌てて拾おうとベッドを少し動かして覗き込む、と。
画面には、『早く幸せになりたいな』と言う文と、真っ黒なカラコンの大きな瞳の自撮り画像。
ゾッとした。
高発色なカラコンのせいで本物の瞳が全く見えないせいだろうか。それとも目のサイズに対してカラコンが大きすぎるせいだろうか。それともこの子の顔色があまりにも青白過ぎるから?
「……違う」
この子が、あの自殺した子の魂を売ったからだ。
『こんばんは。
みなさん今日もお疲れ様です、今日はどんな一日でしたか?
今日も一日の出来事をまとめようと思います。
今日は、下駄箱で上履きに履き替えようとしたら、いきなり後ろから押されて下駄箱に顔をぶつけちゃいました。唇が少し切れて血が出て、靴箱の木に血が着いちゃいました。ちょっと痛かったです。
去り際に『邪魔』って言われました。
廊下で知らない子とすれ違ったら、顔を見てくすくす笑われました。一緒に居た子が『今のさぁ……』って言ってたけど、私のことを知ってたのかな。気のせいか、最近はずっとみんなが私のことを見てる気がする。
そう思ってたけど、原因が分かりました。クラスの子達が私を盗撮してインスタの裏垢のストーリーに載っけてるみたいです。たまたまクラスメイトのスマホの画面が見えちゃったんですが、すごい睨まれて、舌打ちされました。
お昼も後ろから押されて、目の前にあった子の机に手をついちゃいました。そしたらその子が『うわっ』って言いながら机をさって引いたんです。私は床に倒れ込みました。『きも、触んな』って言われて、他の子達にもくすくす笑われました。
この前クラスの子全員にLINEをブロックされました。なのに通知が止まりません。
誰かが私のQRコードを流したみたいです。知らない人からどんどん追加されました。QRコードを作り直して、全員ブロックしたけど、すごく怖かったです。
寝たら明日になっちゃう。明日になったらまた学校に行かなきゃいけない。
転校したいなぁ。転校したところでまたいじめられるのかな。
もうやだ。
早く死にたいなぁ。』
「うっわ、ひど……」
彼女が毎日綴っていたブログは、どれも悲惨なものだった。私と同い年の子が、毎日学校でこんな目に合ってるなんて。もし私が同じ目に合ってたとしたら、魔女に魂を売りたくなる気持ちも分かってしまう。
「そりゃこれだけ酷いことしてれば魂売られたって自業自得じゃない?」
ふとそう思ってしまった。
きっと電車に飛び込んで死んだあの子も、この子のことを死ぬほどいじめてたんだ。
でも、私は?
私やしみずやクラスのみんなは、何も悪いことなんてしてないじゃない。
弓槻も言ってたけど、他人の願いを叶えるためだけに死ななきゃいけないなんて絶対やだ。
ネットニュースを見ても、飛び込み自殺をしたあの子や沙里と珠夏のニュースは特に出てこない。
「…………」
この間まで普通の生活を送ってたのに、どうしてこんなことに巻き込まれなくちゃいけないの?
「まぢ無理……」
私はスマホ放り投げて抱き枕に顔を埋めた。
明日から、どんな顔をしてみんなに会えばいいんだろう。
きっとうちのクラスが魔女に売られたことを知ってるのは、弓槻と私としみずだけだ。あ、売った本人も知ってるだろうけど。
他のみんなは、何も知らないまま死ぬのか。大切な人に別れも言えずに、いきなり、死ぬんだ。
「はぁ……」
みんな一気に死ぬのかな。それとも毎日一人ずつ死ぬのかな。
「…………」
弓槻は何か知ってるんだろうか。今度学校で訊いてみよう。
私は体を動かす気にもなれなかった。そして、そのまま眠りに就いた。