北の高原:対峙
デジョンは昔からいい奴だった。
優しくて、頭も良くて、魔法も剣技も俺よりずっと優秀だった。
俺はきっとデジョンに、ずっと甘えていたんだ。
ベクールは思い返していた。
「気を抜くなよ、ジェイク」
「…わかってるよ」
デジョンはジェイクに視線をやった。鬱々として表情までも翳った、明るく朗らかだったはずの友だ。炎の恩寵を賜りしその力で、光の盾を囲む。
ジェイク、お前をこちらへ連れてきたこと、俺は後悔していない。
例えお前の大輪の花が咲くようだった笑顔が消えてしまったままだとしても。お前は翳った。翳ってしまった。黒の意志に抗うな、失うことを恐れるな。そうすればするほど、お前の心は罪の意識に押し潰されてしまう。お前は悪くない。連れてきた俺を恨めばいい。だからこれ以上、自分を責めるのはやめろ。
瞬間、騒がしくなった。視線を移した先に白の女王の姿を捉え、昂る感情を言葉にしたデジョンであったが、同時に表情を変えずに嘆いた。
あぁ、分かっていたことではないか。自身が黒へ下った時点で、かつての友や、上官と対峙することなど。そんなことは、最初から分かっていたではないか。
デジョンは自身でも聞こえないほど小さく笑った。
黒へ下る、そう表現している時点で自分の心は黒の意志に屈し、お気に入りだったミルクティーのような髪も、共に過ごした友との約束も失ってしまった。全ては自分の弱さが招いた結果だ。白の騎士を目指し鍛練を重ねていた日々は、泡となり消えたのだ。
一度翳った者たちは、それを振り払うことは出来ない。黒の国へ移るか、灰の民として迫害されながら生きるか。
デジョンは、描いた夢を捨て切れなかった。騎士となる夢、剣を持ち国を守る。かつて自分の父が、そうであったように。たとえその身が黒く染まろうとも、騎士になる夢を諦められなかった。
ちら、と前方へ視線を送るデジョンの眉間に深く皺が刻まれる。
ベクール、お前は本当に良い奴だ。情に厚く心根が優しい。察知能力に長け、訓練中救われたことが何度もあったな。だけどそれだけじゃあ、俺には勝てない。
「デジョンは優しすぎるよ」
ベクールの声が、懐かしそうに耳の奥で鳴った。
いいや、違う。優しいのはお前だ。ベクール、俺は優しいんじゃない。人の心がどう動くか、直感的に分かるんだ。誰かが辛い時に寄り添って声をかけられるのもそのせい。だからそう、例えば今お前がどう思っているのかも、痛いほど、分かるよ。
飛び上がっていたベクールが名前を呼ばれて地に降りた。その声にデジョンの顔は制御出来ずに歪む。
憧れていた、その雄々しく凜然とした背に、亡き父親の影を重ねていた。イシンさん、貴方に。
出来ることならば貴方とは、こうして向き合いたくはなかった。けれど翳ってしまった今、貴方の背を追うことは許されない。まして隣に、並ぶことなど。ならば、そうならば、まばゆい光を覆う、闇になってやろう。翳りさえも利用し、喰らってやればいい。黒の民、黒の騎士として。
『水晶、月光、白き星、
琥珀、陽光、群れ咲く花弁』
「っ、まずい―」
ベクールが鉄扇を構えるのが見える。
『紅い閃光、熱い接吻、
軋む雷、聳え立つ四方の壁』
これが俺の―
『流れを止めぬ血液の
生まれ変わる刃たちよ』
―答えだ。
『茹だるような 輝きに散れ』