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白の国と黒の国  作者: 黒江 司
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南の荒野:決戦

黒にも白にもつかないものを、両国は”灰の民”として嘲った。

争いを恐れた臆病者、忠義を失った薄情者、その愚か者たちの集まりだと。

それでも灰の民は二つの国から隠れるように住処を移しながらちいさな村を作り暮らしていた。


彼とジュミスが出逢ったのはいつの頃だっただろうか。

灰の民である彼を、白への反逆者として捕らえることがどうしても出来なかった。

二つが一つに戻れば、みんなで彼と笑い合うことも出来るのだろうか。

ドォン、と凄まじい衝撃がイシンに向かってきた。それでも音と共にバチバチと石礫が飛んで来るのをものともせず前方に馬を走らせる。ジュミスの姿は砂埃に紛れて見えなくなってしまった。先程の衝撃は黒の女王と剣を交えた時のものだろう。

ジュミスを支えなければ、イシンは息を吸った。


『鮫の(あご) 虎の爪』


舞い上がる砂埃の隙間から、太陽に照らされて煌めく白金の髪を見る。イシンはジュミスの姿を視界に捉えると、たたみかけるように声をあげた。


『鷲の(くちばし) 熊の咆哮(ほうこう)

 蟷螂(かまきり)の腕 蛇の牙

 今ここに集いて交じり

 我が盾となり矛となれ!!』


瞬間、渇いた大地を削るような音がした。次第に晴れた視界から黒い馬が悲痛な鳴き声で嘶いている。黒の女王は既にその背から姿を消していた。イシンが捉えたはずのジュミスの姿も残された白馬の上にはもう無く、


「ジュミス!」


イシンは思わず叫んだ。


「…そこか」


ゾッとする程の殺気を感じたのは、イシンにとってどれくらい久しぶりであっただろうか。その一言だけでどれ程恐ろしい相手であるのかが分かる。イシンは咄嗟に気配のする方へ体を向けすぐさま身を捩った。この一撃を、くらってはいけない。

ヒュッと自分の顔の真横を黒い塊が通り過ぎる。余りにも素早く、それが怪物の一太刀だと気が付くまでにほんの少し時間を要した程だった。しかしイシンには思考する時間は無い。次々と五月雨の様に降り注ぐ刃を、ただ本能と、今まで多くの戦場で培った全てを駆使して避けることしか出来なかった。


「イシン!!」


ジュミスが叫ぶと同時にイシンは身を引き、馬の背から飛び降り大きく後退した。ジャリ、と足で地面に立って初めて黒の女王を間近に捉えたイシンにとって、その存在感は今までに無い圧倒的なものであった。


「…助かる」


声を殺したジュミスの視線の先には、波打つような刀剣がある。


「フランベルジュ」


イシンが確かめるように呟いた。

黒の女王の愛刀フランベルジュは、その刀身が怪しく波打つ形状で、一突きされればその波が身体の中を掻き回すように抉る。そうして引き抜く時もまた同じように地肉を啜るのだ。

あんなものを、くらってでもみろ。たった一突きで致命傷だ。


「いくら強化魔法をかけたとはいえ、油断しないで」

イシンはジュミスに語りかける。

「身体の中を掻き回されるのはごめんだよ」

ジュミスはふ、と微かに笑った。

それがただ冗談を言っているわけではないと、イシンは勿論わかっている。


ジュミスは強い。そして神々しさに近い凛とした清らかさを生まれながらにして持ち合わせていた。戦場という血生臭く猛々しい粗暴な争いの中にいてもそれは失われることはなく、さながら勝利を司る女神のように、危機的状況に追い込まれても彼を見れば皆生気を取り戻した。強く、気高く、美しいその姿を。

イシンはジュミス以外に白の女王を名乗るに相応しい者を他に知らなかった。けれど久しぶりに自分の背筋が凍る思いをして、不安が拭いきれないのだ。万が一にもジュミスを失うなどということになれば、戦力だけでなく、国の士気も大幅に削がれ、自身も立ち直ることなど出来なくなるだろう。

何としても護り抜かねば。例え、この命に代えてでも。


「仕留めるつもりで放ったが…」


黒の女王はイシンを見つめて微かに笑った。


「面白い」


ぶわ、と目を開けていられないほどの風圧が襲う。それでもイシンは相手の気配を頼りに恐ろしく素早い太刀を避け続ける。その度に呑み込まれるような恐怖と重圧に耐えながら、体力が奪われるのを感じていた。このままでは、何も出来ずにただ喰われてしまうだろう。あぁジュミス、君を護るには―

そう思った瞬間、黒の女王の動きがずん、と重くなった。その隙を逃さずに後方へと下がり体勢を立て直す。黒の女王の脚を見れば、それは突然生まれた深い沼に埋まって、半身が地下へとのみ込まれていく。


「ジュミス!」

「足元が留守だったのでね」


水の魔法か、という呟きが聞こえた。

「詠唱破棄とは…さすがウンディーネ」

黒の女王はその視線をジュミスに向けて、くすりとも笑わずに言った。

イシン、二人で畳み掛けるぞ。と吐息のようなジュミスの声がした。あの程度じゃすぐに抜け出してしまう、と。


その時だった。


ヒュン、と何かが突然現れて、

「ジュミスさん、僕が連れ出して時間を稼ぎます!貴方は仲間を助けてください!」

と叫んだのは。


「誰だ!」

「カイト!」


イシンとジュミスの声が重なった。


「カイト?」

とたずねる声と、

「無茶をするな!」

と心配する声もまた重なる。


「一日では戻って来られないような場所へ連れて行きます!貴方は北へ向かって!あそこは二人攻め込んでる!」


カイトと呼ばれた男はそう言って黒の女王に触れた。


「よせ!」


と制止するジュミスの声が荒野に響くと、


「大丈夫です。僕もすぐに戻ります。貴方を助けに」


カイトはそう言って先程と同じ音を耳に残し、女王もろとも姿を消した。



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