北の高原
ベクールはわかっていた。
おそらくあいつらのうちどちらかとは必ず対峙することになるだろう。
緑々とした草花が、余計に眩しく見えた。
「この轟音は…雷?」
べクールがそうこぼした瞬間、ズドン、と大地がたわんだ。
地面に何かとてつもなく大きな衝撃が走ったのだと、べクールは反射的に空へ飛び上がった。
目下を見れば先程まで共に戦っていた兵士達が鈍い呻き声をあげながら倒れ込んでいく。鉄の鎧を介し、電気が身体を走り回ったのだろうか、酷い者は泡を吹いていた。
「雷だ!追撃が来るぞ、構えろ!」
べクールはそう叫ぶと同時に周囲に光の盾を張る。これで少しは緩和されるだろう。そう思うと同時にまた大きな衝撃が大地を揺らした。
「来やがったな…デジョン」
べクールの視線の先にゆら、と揺らめく影。もうしばらく顔を会わせていなかったが、忘れるはずない。少し張った頬、にこやかに上がった口角、頼りなさげに垂れる眉、そのどれも特徴的だった、かつての友人。
「あぁ、懐かしい顔がいるな」
デジョンは慈しむように呟く。目線の先には空に浮かぶ旧友の姿。意志を違えた、あの日を思い出す。
「べクールがいるからって、気を抜くなよ」
ジェイク、とデジョンは背後に語りかける。
「…わかってるよ」
ジェイクがそう答えると光の盾の周りを炎が取り囲んだ。
「マジかよ」
べクールの盾は数キロ以上先まで護る大きな盾だ。しかしジェイクの炎はそれをぐるりと囲んでしまった。この広範囲にわたって力を使っているのに、炎は勢いを増していく。
「お前もか…ジェイク」
べクールは次々と蘇る記憶をいっそのこと消してしまいたかった。懐かしい友人達と共に過ごしたあの日々が、胸を締め付ける。
『もうだめだ、やられちまう!』
『熱い!息が出来ない!』
兵士達が次々に弱音を口にした。あぁ、これが圧倒的力の差というものか。これでは戦うにも戦えない。戦意を喪失した者達はもう剣を握る事さえ出来なくなるだろう。べクールは苦虫を噛み潰したような顔を元に戻すことが出来ない。あぁ、こんな時、あの人がいてくれたら。デジョンの雷はともかく、ジェイクの炎なら抑えられるではないか。
―いいや、違う、それだけじゃない。
『あっ、あれは-』
一人の兵士がすがる様に叫んだ。それだけでべクールは理解する。
だけどまさか、本当に?あの人は今南の荒野で黒の女王と戦っていたはずでは?勝利したのか?いや、早すぎる。では何故…、いや、とべクールは頭を振る。
今はそれはどうでも良い。
あの人が持ち場を離れてここへ来たということは、何らかの形で結果が出ているということだ。
中途半端に逃げ帰ってくるような人ではないのだから。
「来たか、ウンディーネ…!」
デジョンの声は嬉々としている様にもとれた。
ジェイクは炎の勢いを弱める。あの人が来てしまったのなら、自分の力を無駄に使う羽目になると分かっているからだ。
『ジュミス様!』
『女王!白の女王!!』
先程とはうってかわって、兵士達の声に力強さが宿った。
―これだ、この感じ。べクールは震え上がった。恐怖によるものではない。武者震いと似たそれは、白馬に乗って現れた女王を見た事によるものだ。ここは死地だ、戦地なのだ。けれどそこに現れた人は白の女王の肩書きに相応しく、真白で穢れない。この場所に似つかわしくない高貴な存在。その姿を目にしただけで、人々は希望を持つ。
「あの人の凄ぇところは、これだっつぅの」
べクールは鳥肌が治まらない左腕をすっと撫でる。
「皆無事か」
透き通るような声だった。ジュミスは倒れ込んだ兵士達を一瞥し、そう声をかける。
パァ、と柔らかな光が流れ込んだかと思うと、その後ろからもう一人白馬に乗って現れた。
「イシンさん、じゃん…」
べクールは口角が上がりそうになるのをこらえる。二人がここへ?白の騎士が女王を護るその瞬間を、この眼で見れるって言うのか?
「べクール!」
イシンの声にハッとする。兵士達がイシンの治癒によって再び立ち上がるのを見た。
「降りてこい」
あぁ、この時が来た。
べクールは確信する。おそらくこれが俺達の最期の対決になるだろう。なぁ、そうだろ?デジョン、ジェイク。
べクールの気持ちはもう昂っていなかった。震えることもなかったし、笑うこともなかった。
今これから始まる戦いは、かつての友人達との別れを意味しているのだから。