黒の国:玉座の間
戦った先に残るものは何だ?
勝ち取った正義、失った愛しい過去、荒れ果てた大地と心。
それでもこの争いは避けられない。
―答え合わせをしよう。
黒と白、どちらが真実であるのかを。
クリーヴは深く息を吸った。
女王の気配が酷く遠退いたのを感じ取ったクリーヴは、玉座を離れる決意を固めた。
黒の女王は実質黒の国一の手練れであり、王である自分が剣を取り向き合ったとしても、赤子のようにひねられてしまうだろう。
つまり力を讃える黒の国にとって、女王の存在は強さの象徴なのだ。女王という剣が折れれば、同時に黒の事実上の敗北を認めざるを得ない。
自身には黒の女王に勝利したものに抗うだけの力などないことを、クリーヴは知っている。
けれどクリーヴにも、彼が王たる所以があった。
戦いにおける戦術や才能は黒の女王の右に出るものはいない。だがクリーヴは知慮に富み、統率力に長け、先見の明があった。そして何より、常人では計り知れないほどの優れた五感の持ち主だった。意識さえすれば、この世の総ての感覚を察知できる。
ただしその力を使うには代償を伴った。使う力が大きくなればなるほど魂が削られていく。身体の内部から徐々に侵食され、最後には命を落とすだろう。
この諸刃の剣はクリーヴの隠された秘密であった。
黒の民のほとんどがこの事実を知らず、彼らから見れば、王としての彼はさながら神の遣いのようだった。
それは神を信ずるに値しないものであると捨て、己の力を信じてきた黒の民にとって、非常に皮肉で、そして決して抗えない絶対的な力であった。
そして唯一その秘密を知っているのが女王であるディードだけであり、このクリーヴの限られた力と命を無駄には燃やすまいと、黒の国全ての民をも凌ぐ力を持ちながらも、女王の座に甘んじ、最前線で剣を振るっているのだった。
しかしクリーヴはわかっている。
ディードが身を挺して守ってくれている我が身を賭しても、今こそこの力を総て解き放ち、ディードを、この国の民総てを護る時であると。
クリーヴは目を閉じて自分の暗闇を深く見つめた。
落ちていくような、漂っているような浮遊感の中で、何かを掴んで、それを開く。
全身がビリリと震え総毛立った。腹の底から何かが溢れ出るようで、気味が悪くもあり、どことなく高揚もしていた。クリーヴは荒くなった呼吸を整えながら、
「東の森へ」
側に控える兵士に命を下した。
「オズーが危ない」
遠く離れたディードを連れ戻すには、オズーの力が必要だ。
けれどオズーの命の火が消えかけているのを、クリーヴは感じ取っていた。
やはり一人で行かせたのは愚策だったのか。
裏切りに気が付いていなかったわけではない。それでもお前ならば、それを逆手にとり打ち勝つと信じていた。
お前の力の源がなんなのか、俺は知っている。
オズー、お前は悲しみを重ねて強くなる。
お前の時を操る能力は他の誰にも使えない力だ。お前が強くなればなるほど、お前を護る盾となり、悲しみに打ち勝つ剣となるだろう。お前が悲しみに打ち勝つとき、お前はもっと強くなる。
必ず助ける。悲しさに心を奪われるなよ。黒の民であることの誇りを忘れるな。
クリーヴは東の森へ急ぐ兵たちを見届けると、
「白の王…その首、必ず打ち落とす」
玉座を離れ、颯爽と愛馬へまたがると、渓谷へと走らせた。