Episode1-2
バスから降りると、暖かい春の風が吹いていた。杏里はフードが脱げないように片方の手で頭を抑える。もう片方の手には、大きなスーツケース。旅行にしては多く、家出にしては少ない荷物といったところだろうか。
目的地を確認しようと、フードから一度手を離し、ポケットからスマートフォンを取り出す。その瞬間、また強い風が吹いた。フードがふわりと頭から解けた。
パーマがかかり肩付近でふわふわと広がる杏里の髪が露わになった。
「おやまぁ、きれいなツツジの色だこと!お嬢さん、オシャレなんだねぇ!」
最後まで一緒にバスに乗っていた老人が声をかけてきた。杏里の髪の色は黒だが、毛先10cmほどはショッキングピンクに染めていた。目立つのは嫌だったが、人目を気にして自分の好きな色を身に纏うことを諦めたくはなかった。
「…そっか。」
杏里ははた、と我に帰る。そして小さくつぶやく。
「もう、隠れなくていいんだ…」
「へぇ?隠れる?」
女性が怪訝な顔をする。
「あ、いえ…ありがとうございます!」
満面の笑みでお礼を言い、歩き出す。目的地は山上団地16号棟。バス停から一番遠い棟だ。凹凸の大きいコンクリートの道。スーツケースを引きずる音が大きい。その音さえも嬉しくて、杏里はイヤホンを外した。