Episode1-1
はじめましての投稿です。
読んでいただく方にじんわりほっこりしてもらえたら嬉しいので、
丁寧に、ゆったりと物語を紡いでいきたいです。
お手柔らかに、お心もどうぞ柔らかに。
「次は、終点、山上団地、山上団地です。次、止まります。バスが完全に止まるまで、座ったままでお待ちください。」
イヤホンの音楽の隙間から聴こえてくるアナウンスに、三上杏理は少し安心を覚えた。バスの乗客は3人。皆スマホどころか交通系ICカードも持っているか怪しい世代の老人。自分のことなんか、知ってる人はきっといない。
―1時間前
「ねぇ、昨日のアンリの投稿見た?フラキャスやめるってマジ?」
「見た見た!もう超びっくり!泣いたー!」
「てかさ、高校もやめたらしいよ?」
「えっやばくない?」
同じ車両に本人が座ってるなんてこと知らずに、大声で女子高生が世間話を始める。都内の電車、通勤通学の時間帯、わざとらしく咳払いをするサラリーマンもいた。杏理はパーカーのフードを深く被り直し、音楽の音量を上げた。アンリというのは、文章から動画までなんでも気軽に投稿するSNSアプリ、フランクキャストのフォロワー数100万人を超えるJKフラキャスターのことだ。彼女の投稿は世界中の女子高生に支持され、拡散されていく。彼女が使った商品は翌日には品切れになる。マスコミも彼女を放っておかず、テレビに出たり雑紙に載ることも多々あった。そんなインフルエンサーである彼女は、突然、昨日いっぱいでフランクキャストを辞めると投稿したのだ。その投稿には理由や経緯は何も記されていなかった。
「間もなく、終点、山上団地、山上団地です。お忘れ物のないようご注意ください。」
運転手の口からアナウンスが流れる。降り遅れないよういそいそと立ち上がると、乗客の老人に声をかけられた。
「ちょっと!危ないよ!ちゃんと止まってから立たないと。」
幼い頃の記憶にしかない、古ぼけた畳とお線香の香りがした。
「…すみません」
杏理が座席に座り直したすぐ後で、バスは停車した。
「そんなに急がないでもね、バスはしばらく止まってるんだから。ね。」
柔らかい手が杏理の肩をトン、とたたいた。直接触れたわけでもないのに、暖かな体温が伝わってきた気がした。