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『実録』銀ブラ事件

作者: 根木東洋

 昭和二十七年(1952)。サンフランシスコ講和条約が発効され、敗戦後の米軍による軍事占領下にあった日本の主権が名目上回復された。

 時の首相は吉田茂。闇市が栄え、街では江利チエミのテネシーワルツ、まだ十四歳の美空ひばりによるリンゴ追分。春日八郎の赤いランプの終列車などの流行歌が流れていた。

 ラヂオでは初の国会中継がスタート。手塚治虫による鉄腕アトムの連載も月刊誌で開始された。

 夏はノースリーブのブラウスにフレアーやプリーツスカート。冬にはセーターにトッパーコート。スカートの下にはショーツとナイロンストッキングで歩く女性達は時代の最先端だった。

 焼け野原から一転。自動車やカブなどの二輪車が道路を騒音と排気ガスで賑わせていた。文字通り高度経済成長の足音が聞こえ始め、東京タワーが着工される五年前のこの年。

 学習院高等科三年の三学期の期末試験を終えた御年十八歳の春。

 皇太子殿下(現在の上皇陛下)は「銀座へ行きたい」と、ご学友である橋本明氏にそっと耳打ちをされた。

 橋本氏とは幼少の頃から親しく、殿下の事をチャブ、橋本氏の事をハチ、とニックネームで呼び合う程の仲で、また度々喧嘩をされる程の間柄であった。

 橋本氏は橋本龍太郎元総理の従兄弟にあたり、後の共同通信社の名物記者であり。また現在でもフリージャーナリストで皇室のご意見番としても名を馳せている。しかし女系天皇容認派なので一部の保守勢力からは睨まれている。

 殿下は橋本氏に対して「世襲はつらいね」と、胸の内を明かされる事もあった。

「チャブ、銀座へはいつ行きたい?」

「今日行きたい」

「いいよ、いいけど私だけではちょっと心もとないから誰かもう一人連れて行こう。誰がいい?」

「うん、千家崇彦がいい」

「よし分かった」

 やはりご学友であった千家崇彦氏とは、第十代崇神天皇のお定め以来、代々島根県で出雲大社の祭祀と出雲国造の称号を受け継いだ家柄で、平成二十六年(2014)に高円宮典子女王とご結婚された千家国麿氏とは分家にあたる。

 こうして計画がまとまった。

 橋本氏は当時まだ新任だった東宮職の侍従、濱尾実氏に。

「今宵、殿下を目白の方へご案内をしたい」と騙し、夜七時に寮を抜け出して殿下、千家氏と学習院のある山手線目白駅で待ち合わせをした。

「電車に乗ってみたい」

 と言う殿下のご希望で、目白駅にて二十円の切符三枚を購入し、殿下は自ら切符を手にして改札口を通られた。

 山手線内回りにご乗車されたが、かなり混雑していた為に座れなかった。

 扉付近の銀色の柱を背にした殿下は溢れんばかりの満面の笑みだったという。

 更にそのまま電車に揺られながら新橋駅へと向かった。

 御一行は新橋駅で下車をされ、銀座中央通りを北へと歩かれた。

 途中、中央通りと晴海通りが交差する銀座四丁目辺りで前から歩いて来た四人の慶応ボーイ達に、「殿下、こんばんは」と挨拶をされた。殿下も右手を上げてお応えになられた。微笑ましい光景だった。

 その後、御一行は高級喫茶「花馬車」で橋本氏の彼女とも合流をし、一杯九十九円の珈琲に舌鼓を打たれた。しかし店主に皇太子だと素性が知られる事となり、御一行は花馬車を出られ、再び新橋駅付近の銀座七丁目まで戻られた。

 そこから皇室御用達の洋菓子屋「コロンバン」へとお店を変えられた。そこでアップルパイと紅茶に親しまれ、談笑をされ、優雅でゆったりとした時間が流れた。

 だがこの時、赤坂御用地の東宮御所では殿下が初めて門限を破られた為、東宮職と皇宮警察は皇太子殿下が行方不明だと断定した。仰天した警視庁はすぐに捜査に乗り出した。

 そして多くの目撃情報から御一行の居場所は直ぐに銀座だと特定された。

「今宵、殿下を目白の方へご案内したい…」

 激怒した東宮職、青覚めた警視庁により、銀座中央通りに二十メートルから三十メートル毎に警察官を緊急配備。銀座の街は何が起きたのかと騒然となった。

 橋本氏はさすがにもうこれ以上は無理だと観念をし、ここで殿下御一行による「銀ブラ」は終わりを告げた。

 橋本氏と千家氏は東宮大夫や警視庁から大目玉を食らい、「バカモノ!」などと何度も叱責される事に。

 明治以降の皇室としては前代未聞の出来事となり、これ以来宮内庁の管理が今まで以上に厳格となった。


 それから六十数年の歳月が流れた現代。平成の御世から令和へと時代は移り変わった。


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