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再起

 帝国領西部、雄大に広がる平原のど真ん中に石造りの城塞がポツンと建っている。

 かつて〈カースル・アッシュ〉と呼ばれていたこの城塞は、この地域一帯を治めていた領主の居城だった。

 しかし、数年前の流行病で領主、および領主の一族郎党全滅して以来所有者がいなくなり、今では廃れた古城となっていた。

 現在は、〈魔術師ギルド〉を追放された流浪の魔術師……………つまり、俺の隠れ家として有効活用されている。

 

 「Sarmor(召喚) Haibas(忌まわしき) Sorn()


 城塞につくと同時に召喚魔術の呪文を唱えて無数の茨の蔦を呼び出す。この茨は、ただの植物ではない。

 召喚魔術によって異世界から連れてきた魔法生物の一種だ。

 召喚された茨は、城塞をぐるっと囲むように覆い茂る。一種の侵入者対策だ。

 城塞は、長年整備されていなかったせいか所々崩れかけてかおり、外壁などはもはや本来の役目を果たせていなかった。

 誰も来るとは思えないが野盗などに忍び込まれたら堪らないので一応、保険として城塞の防御力を上げていた。

 城塞が茨に囲われたのを確認すると、馬を馬小屋に繋いで城塞の内部に入り込む。


 「 Volc()


 普段から常用している大広間に入ると、魔術で暖炉に火を灯して一息つく。

 

 「…………さて、どうしたものか」


 テーブルに並べられた彼女らーー先日訪れた村で野盗討伐の報酬の代わりとして受け取った二人の赤ん坊と一人の幼児を後目に思案を巡らせる。

 先ほどまで泣きじゃくっていた赤ん坊たちは、疲れてしまったのか今は物音一つたてずにスヤスヤと眠りについている。

 都の奴隷商に売り払うか、魔術実験の生け贄に使うか。

 赤ん坊を受け取った時に村の長が口にした言葉を思い返す。確かにこんな赤ん坊、貰った所でそれくらいしか使い道はないだろう。

 赤ん坊に対する憐れみや同情の念が全くないのかと問われれば否と答えるが、何の役にも立たない孤児三人を責任もって育てるほど俺は聖人君子でもない。

 現実的に考えて奴隷商あたりに引き渡すのが最善だろうか。

 などと顎に手を当てて考え込んでいると、今まで静かに眠っていた赤ん坊の一人が唐突に泣き声を上げ始めた。

 たしか、今年で一歳になった次女だ。

 腹でも減ったのか、有らん限りの声で泣き叫ぶ。


 「やかましいな………………Normos(眠れ)


 慣れない赤ん坊の泣き声を煩わしく感じた俺は、眠気を誘発させる簡単な催眠魔術を唱える。

 成人男性でも三秒で夢の世界に誘える呪文だ。これで、赤ん坊も泣きやむことだろう。

 しかし、


 「…………なぜ泣き止まない?」


 赤ん坊は依然として泣き続けている。

 魔術は間違いなく効いたはずだ。本来なら、とっくに眠りについて明日の晩あたりまで目を覚まさないはずだった。

 だが、この赤ん坊が泣き止む様子はない。

 この手の催眠魔術から身を守る方法は三種類しかない。一般的によく使われる対策方法は、防護魔術で身を守るか、呪文を跳ね返す護符(アミュレット)を身に付けるというものだ。

 しかし、目の前の赤ん坊に防護魔術が使えるはずもないし、護符(アミュレット)らしき物も身につけていない。

 となると、考えられるのは三つ目の方法だ。

 これは、方法というより体質に近い。すなわち、先天的に授かった魔術に対する抵抗力で身を守るというものだ。

 これなら説明がつく。

 恐らく目の前の赤ん坊は、生まれ付き魔術に対する強い抵抗力を持っているのだろう。それが親、先祖から受け継いだ血筋に起因するものなのか、この子が発現させた突然変異によるものなのかは、まだ分からないが。

 

 「ふむ…………魔術に対する先天的免疫力か………」


 三姉妹を奴隷商に売り払おうと考えていた俺の思考にストップが掛かる。

 成長期も迎えていないやせ細った孤児三名、奴隷商に売っても大した金にはならないだろう。せいぜい、帝国銀貨十枚から二十枚だ。

 だが、この赤ん坊には魔術に対する抵抗力という希少な付加価値がある。残念ながら魔術師でもない奴隷商にこの事を告げても理解できないだろうし、買取価格を上げてくれるはずもないだろう。

 ならば売るより手元に残しておく方がずっと有益だといえる。

 それに、


 「使えるかもしれない………………」


 脳裏に暗い考えがよぎる。

 魔術に対する抵抗力を持つ人間というのは魔術師にとって天敵のような存在だ。

 そんな存在を味方にできたら、どれほど心強いことだろうか。

 頭に浮かぶのは、一年前に俺を追放した〈魔術師ギルド〉のギルドマスターと彼に付き従う魔術師たちだった。

 俺の研究成果、地位、尊厳、全てを奪った連中には必ず報いを受けさせると誓っていた。

 しかしこの一年間、禄な反撃の手段が思い浮かばず、時間を無駄にしていたのも事実だ。

 

 「この子らに魔術を教え、あいつ等への反撃の手駒にする………」


 魔術を無効化できる魔術師、想像するだけでも震えを覚えるような存在だ。

 英才教育を施すために十数年という月日が掛かるだろうが、十分その価値はある。


 「よし、決めたぞ。……………お前たちを育ててやる、娘としてな。そして、俺の持つ全ての知識を与えて…………お前たちを魔術師にしてやろう」


 興奮で笑みを零しながら俺は言葉を続ける。


 「誰も敵わない、最強の魔術師にな!」


 赤ん坊は泣き続けているが、もはやそれを煩わしいとは思わなかった。


 「っと、育てるなら名前が必要だな」


 ふと思い至った俺は、顎に手を当てて再び思案する。

 この子らは、三人とも女の子だ。それに相応しい名前が必要だろう。

 記憶の中から、女性についていそうな名前を幾つか思い浮かべて選別する。五分ほど考えてから、おもむろに長女の幼児を指差して呟く。


 「ダイアナ」


 続いて泣きじゃくっている次女に指を向ける。


 「ロゼッタ」


 最後に生後間もない三女を指差す。


 「ルーシー」


 三姉妹に名を授けると、俺は満足げにほくそ笑む。

 いずれ彼女たちを率いて〈魔術師ギルド〉に報復を果たす未来を思い描きながら。

 

 

 

 

 

 

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