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放浪


 放浪、〈魔術師ギルド〉を追放された後の俺の生き方を表現するのにこれ以上の単語はないだろ。

 あの日、ギルドマスターである老師の手によって〈魔術師ギルド〉から放逐された夜から早くも一年が経った。

 かつて築いてきた魔術師アルフ・グレイフィールドとしての栄光も地位も全て失った俺は、宛もなく町から町へと移り住む生活を続けていた。

 不幸中の幸いか、魔術師の手を借りたがっている人間は多い。

 特に内戦で治安が悪化の一途を辿っているこの国では、戦いに長けた魔術師への需要は大きい。

 傭兵、用心棒、キャラバンの護衛に野盗の征伐まで仕事は選り取り見取りだ。

 しかし、そんな状況でも俺の心が晴れることはなかった。

 当然だろう。

 かつては、ギルドの仕事を少しこなすだけで報酬が出ていたし、金の心配なんぞしたことすらなかった。

 それが今や日銭を稼ぐために殺し屋まがいのことまでやらされている始末だ。文句の一つも言いたくなる。

 

 「くそったれ」


 吐き捨てるように呟きながら、跨がっている馬の歩みを速めさせて、荒野のど真ん中にひっそりと佇む小さな村へと入っていく。腐りかけた材木と藁で組まれた荒ら家が十数軒ほど建ち並ぶ、さもしい村だった。

 村人は皆あばらが浮き出るほど痩せこけており、虚ろな目で空を見つめながらそこいらに座り込んでいた。

 おまけに死者を埋葬する気力もないのか腐りかけの死体が至る所に転がっており、腐乱臭が漂っている。

 とてもじゃないが長居する気にはなれない場所だ。

 この国で内戦が始まって以来、こんな村は腐るほど見てきたが、中でもこの村は最悪の部類だろう。

 さっさと用事をすませようと、馬の横っ腹を軽く蹴って村の奥にある一軒の家に向かう。

 数日前、俺はこの村の長から村周辺に跋扈する野盗の討伐を依頼されていた。

 村の家畜、穀物、女を好き勝手に奪っていく連中に我慢の限界がきていたのか、村の長は野盗の首にそこそこの額の懸賞金をかけていたのだ。

 件の盗賊は、魔術師である俺にとっては大した相手ではなく、手こずることもなく全員始末した。あとは、依頼主である村の長から報酬を受け取るだけだが……………。

 村の様子から察するに約束通りの額が払われるか心配になってきた。

 金もないくせに魔術師や傭兵を雇って、後々になってから報酬の出し惜しみをする連中がいるなんてのは、よく聞く話だ。

 この村の長は、そうでないことを祈るばかりだった。



***



 「………………全然、足りないな」


 件の依頼を出していた村の長に渡された皮袋の中身を確認した俺は、深いため息と一緒に報酬の額が足りていないことを村の長に告げる。

 目の前に座る青年は、申し訳なさそうな表情を浮かべながらも何も言葉を発しようとはしない。


 「…………あんたが、約束していた報酬は帝国銀貨50枚だった。でも、この袋には銀貨どころか銅貨…………それもレートの低いオーロックス公国銅貨しか入っていない」


 「……………」


 村の長は、相変わらずなにも言おうとはしない。


 「金がないのは分かった。だが、俺もただ働きするつもりはない。…………払われなかった報酬の対価として他のものを貰っていくぞ」


 脅すような口調で告げると、今まで沈黙を貫いていた村の長が掠れるような声音で言葉を返してきた。

 

 「それは構いませんが魔術師の旦那………この家に大した価値のあるものはありませんがね」


 自嘲するような表情で言ってくる村の長に、俺も苛立ちまぎれに舌打ちをする。

 たしかに、このボロ家に金に替えられるような代物なんかありはしない。いくら脅したところで、この男から得られるものがないのは明らかだった。

 腹立たしいことこの上ないが、これ以上ここに留まることに意味はないだろう。そう考えた俺は、なけなしの銅貨が詰まった皮袋をローブの内ポケットに突っ込んで家を後にすべく、村の長に背を向ける。


 「………………時間の無駄だったな」


 「お待ちを、魔術師の旦那」


 足早に立ち去ろうと席を立った瞬間、村の長が少し焦ったように呼び止めてきた。

 なんだと思って振り返る俺に村の長は、こっちの機嫌を伺うように言葉を紡ぐ。


 「うちには、約束していた報酬に見合う金はありません。無論、それに替えられるような品物も。……………ただ、一つだけ魔術師の旦那にお渡しできるものがあります」


 「………なんだ?」


 村の長の言葉を胡散臭く感じて思わず眉をひそめる。そんな俺にお構いなしに、ここで待て、と告げると村の長はボロ家の奥の部屋へと姿を消すのだった。

 数分後、戻ってきた村の長の手にあるものを見て、俺は目を見開く。

 子供ーーそれも赤ん坊が三人、村の長の腕の中で眠っていた。


 「…………なんだ、それは?」


 「娘です。一番上の子は二歳、次女が1歳、末っ子は今年の夏に生まればかりです」


 「まさかと思うが、俺に渡せる報酬ってのはそれか?」


 自らの子供を売り渡そうとする村の長に冷ややかな目を向ける。しかし、村の長は気にすることもなく言葉を続けた。


 「痩せてはいますが、皆健康です。それに………三人とも女の子だ。都の奴隷商にでも相談すれば買い取ってくれるはずです。………それにあんたは、魔術師だ。魔術のことは、よく知りませんが生きた人間を実験に使ったりもするんでしょう?」


 ……………どうやら、本気で自分の子供を手放すようだ。


 「………俺が言うのもなんだが、自分の子供だろ?」


 どこまでも冷め切った声音で言う俺に村の長は、乾いた笑いを返す。


 「ハハッ、魔術師の旦那。見れば分かるでしょう?この家には何もない。………こんな筈じゃなかったんだ。夏の頃は、穀物もちゃんと穫れたし、何もかもうまくいってたんだ」


 「………………」


 「冬に備えて食糧もちゃんと準備していた。そこに突然の内戦だ。そこからは、地獄だった。朝、反乱軍の奴らが村に押し寄せてきて、村の穀物を全部掻払っていきやがった。そして、夕暮れ時になれば今度は帝国軍の兵士たちがやってきて村の家畜と農具を全部持っていかれた。…………そして、最後には野盗の連中が来て女どもを攫っていく」


 突然の村の長の独白を俺は、ただ黙って聞いている。

 相づちすらうたない俺に構うことなく眼前の男は、悲痛な叫びを続ける。


 「その子たちも、どうせ次の冬を越せない。………こんな所にいたって死ぬしかない。だったら、あんたに託すのがせめてもの親心ってもんでしょ?」


 ひとしきり喋ると、今度は椅子に腰掛けてうなだれるように下を向く。テーブルの上に並べられた三人の赤ん坊は、目が覚めてしまったのか一斉に泣きじゃくり始める。


 「魔術師の旦那ぁ………その子たちを引き取ってください。………俺も、もう何日も何も食ってないんだ」


 俯いたまま、低い声音で呟き始める村の長に思わず寒気を感じた。

 

 「娘たちを連れて、早く消えてください。でないと………俺は………自分の子供を捌いて食っちまいそうになる」


 そこまで聞いた俺は、手早くテーブルの上に並べられた三人の赤ん坊を両腕に抱え込む。


 「報酬としてあんたの娘たちを貰う。契約は果たされた。……もう会うこともないだろう」


 「…………魔術師の旦那、良き放浪の旅を」


 その言葉を背に、俺は村長の家を後にした。

 表に繋いでおいた馬の鞍に籠を吊り下げてその中に赤ん坊を入れる。

 赤ん坊を積み終わったのを確認すると、馬に跨がり足早にこの死に逝く村を去るのだった。

 

 


 

 

 


 

 

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