追放
つたない文章となっておりますが、よろしくお願いいたします。
本作の主人公は、道徳心、倫理観に欠ける行動、言動をとる人物となっています。ご留意ください。
追放。
その言葉を告げられたら途端、俺の頭の中は真っ白になった。
目の前に佇むのは、暗い色のローブに身を包んだ老若男女およそ数十名。彼らは、かつて俺と同じ目標を掲げ、同じ理想を志した同志達だった。
俺と同じ、〈魔術師ギルド〉の同胞だったのだ。
しかし今彼らが俺に向けている視線は、どこまでも冷え切ったものであった。ギルドマスターである老師の告げた追放の言葉に誰一人として反論する事はなく、もはや俺は彼らにとって仲間でも何でもないという現実を如実に突きつけてくる。
「老師よ…………なぜ、このような仕打ちを?」
かつての仲間から向けられる冷ややかな視線を全身で浴びながら、俺は掠れた声で眼前に佇む老師に問い掛ける。
「分からぬか?己の犯した罪に、まだ気付かぬのか?」
「…………………………」
俺の問に答えた老師の冷め切った声音に思わず押し黙る。
「お前は、ギルドにおける鉄の掟を破った。……………これは、単に組織の秩序を乱した云々の話ではない。お前は、生命を冒涜し、魔術の価値を貶めたのだ」
この世の神秘、魔術、あくなき知識の探求こそ絶対なる正義だと掲げる〈魔術師ギルド〉にも尊守しなければならない掟が存在する。
それが許されざる魔術の使用と研究だった。〈魔術師ギルド〉において、存在そのものが禁忌とされている魔術は三種類だ。
一つは、〈死霊術・降霊術〉。死者の肉体と魂を弄び、私欲のために操ることは人の道に反するとして今のギルドマスターが使うことを全面的に禁じていた。
一つは、〈錬金術による生命の創造〉。錬金術を用いてホムンクルスやキメラなどの人工生命体を創造することは、死霊術と同様に人の領分を逸脱しているとして禁じられている。
一つは、〈召喚魔術〉。特別な儀式により、異界の住人である悪魔や妖霊を呼び出す魔術は古くから多くの魔術師によって執り行われてきた。しかし百年前、とある三流魔術師が誤って異界から凶悪な邪神の軍勢を呼び出してしまったという事件以来、世界全体の危機に繋がりかねないという理由で召喚魔術は禁じられた魔法に認定されていた。
これら三つの魔術のうち、どれか一つでも使ってしまえばギルドマスターにより厳罰が下されるというのがギルドの掟だった。
そして、あろう事か俺は上記の禁術三種類すべてを使用し、研究していた。
「お前は、許されざる魔術に手を染めた。魔術師として、人として越えてはならぬ、倫理の一線を越えてしまった。……………よって、わたしに授けられた権威によって与えられる罰の中で最も重い罰を課す」
鬼のように表情を歪めた老師が改めて俺に宣告する。
「お前は、破門だ。〈魔術師ギルド〉より追放する」
その言葉を最後に、静寂が場を支配する。
誰も俺を擁護せず、誰も老師の言葉を非難しない。つまり、皆同じ考えを抱いているのだろう。
やがて、沈黙に耐えられなくなった俺は、声を荒げて叫ぶ。
「ふざけるな!俺は間違ってなんかいない!」
豹変した俺の様子に老師は、目を見開く。だが、俺は構わず言葉を続ける。
「生命を冒涜?笑わせるな!俺達は、魔術を、あくなき神秘の知識を探求する冒険者だろ!?知識の探求に畏怖の念など必要ない!技術の発展には必ず犠牲が伴う!」
俺は、老師に対してではなく今まで傍観の姿勢を貫いていた他の魔術師たちに向かって声を張り上げた。
「かつて、俺達〈魔術師ギルド〉は多くの偉業を成し遂げてきた!恐れを知らず、己が望むままに力と知恵を求め、貪っていたからだ!それが、今ではどうだ!?」
俺の演説に若い魔術師達は困惑したように顔を見合わせ、ベテランの老魔術師達は不快そうに眉をひそめる。
「今世紀に入ってからは、新たな発見もなく、ただ惰性に先人達の造り上げた魔術を模倣して悦に浸っているだけじゃないか!俺達には、新たな見識が必要なんだ!今まで手付かずだった禁じられた魔術こそが俺達の限界を破壊してくれる!禁じられた魔術こそが俺達を一つ上の存在へと導いてくれるんだ!なのに、たった一人の老害の価値観で魔術の発展を停滞させてもいいのか!?」
先ほど、俺に〈魔術師ギルド〉からの追放を宣言した老師を指差し、罵声を浴びせる。
「お前は、魔術師達の才能の芽を潰したんだ!くだらない正義感を満たすために俺の研究を壊し、これから現れるはずだった才能溢れる魔術師達の未来を奪ったんだ!」
胸の奥から込み上げる憎しみと憤怒を込めて、有らん限りの声で叫ぶ。
「この偽善者め!」
ひとしきり怒鳴り散らした俺は、焼け付くように痛たむ喉を片手で抑えながら荒い息をつく。呼吸を忘れて叫んだせいか、酸欠で頭がズキズキと痛む。
老師の後ろにたむろする〈魔術師ギルド〉のメンバー達は、相も変わらず声を挙げようとはしない。皆、ひそひそと近くにいるものと囁き合うだけだ。
そして、皆の先頭に立つ老師は憐れみと侮蔑と怒り、様々な感情が入り混じった複雑な眼差しを俺に向け、ゆっくりと口を開く。
「……………………そこまで堕ちたか」
ただ一言、そういうと老師は右手の平を俺に向けて厳かな声音で言葉を紡ぐ。
「Vansia Transper Erudra」
とっさに全身の筋肉が強張る。老師が唱えているのは、強制空間転移の呪文だ。
防護魔術で身を守ろうとするが、すでに遅かった。
「アルフ・グレイフィールド、お前を追放する。……………二度と戻ってくるな」
老師のその言葉を最後に、俺ーーアルフ・グレイフィールドは、〈魔術師ギルド〉の隠れ家を追放され、遠い遙か彼方の地へと転送されたのだった。