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 異世界なのですが、技術とかは現実の近世ぐらいの感じをイメージしております。あと、魔法とかは出ません。完全に普通の人間です。

 それではどうぞ宜しくお願い致します。

 世界が一つだけしかないというのはつまらない。だから私は、旧言語を学び、いろんな世界を知りたいと思った。

 世界の言語が統一化されて、約800年。それより昔は、地球にはたくさんの言葉があって、それぞれの言葉を話す人たちには、それぞれ独特の世界があった。それが当たり前だったんだ。羨ましくてしょうがない。

 私もいつか、誰も知らないような言葉に出会って、想像もつかないような世界に…



「……ット……」

「おい、エ……ト……」

 呼ばれた気がして、ふと私は眼を覚ます。あれ?何してたんだっけ……

「エリン・イット!!」

「はっ、はい! すいません!」

 慌てて前を向くと、不機嫌顔の教授と目が合った。

「よくもまあグループ活動中に眠れるな、旧言語学以外も真面目にやれよ。あんまり酷いとブライユ教授に報告だからな」

「それは勘弁してください……」

「ま、エリンが寝ててもそんなに困らないけどね」

「わかったから。ごめんって」

 からかってきた同学科のミリィにクスリと笑い返すと、私は教授が立ち去ったのを確認し、地理学の資料の下に隠してあった東洋言語の本を取り出した。

「うわ、怒られた直後にそれかー。逆に尊敬するわ」

「それはどうも〜」

 旧言語というものを知った時から、私はずっとそれに魅了され続けている。あんなにもたくさんの言葉があって、それぞれに文化というやつが宿っていたというのだ。どんなに素敵なことだろう。世界が一つだけではないというのは。

 でも、そんな時代はとうの昔に終わってしまった。世界の言語は西洋言語に統一され、それ以外の言語は一方的に切り捨てられた。もちろん抵抗する国や民族も少なからず存在していたけど、時代とともにその熱は冷めてゆき、最終的にはどの国も世界に迎合することとなった。独自の言語を話し続けている民族も、私の知る限りではもう無いようだ。

 こうして、旧言語は単なる教養になってしまった。 それでも、そこから世界を想像することができるのが楽しくて、私は好んで旧言語学を学んでいるのだ。

 東洋言語学の時間。担当は厳しい授業で有名のセナ・ブライユ教授だ。

「中華帝国時代の言語は、この程度ならあらかた解読できるわよね。全員10分以内よ」

 教授の声と同時に、私はスラスラと解読を進めていく。

「ではイット、10行目からはどう訳した」

「はい。『西南諸国では農民の反乱が起き、第三代皇帝の……』」

「よし。いい訳ね」

 旧言語学の授業だけは褒められたことしかない。もはや同期の誰よりも速く、正確に解読できるといっても過言ではない。我ながら。

 ただ、それゆえに、旧言語学は私の中で新鮮さを失いつつあるのも事実だった。退屈だなんて思わないけど、少しだけ、想像の世界に可能性の限界を感じてしまっているのかもしれない。想像は想像でしかない。私は本当の別の世界を見てみたい。私の知らない世界を見せてくれる人々は、まだどこかにいないものだろうか。



 教授にレポートとを提出しに行くと言うミリィに手を振り、大学の南門をくぐり抜けると、肌寒い秋の風が頬を撫でた。家の近くまで続くレンガ造りの街並みを、私は少しうつむき加減に歩いていく。昼食には遅い昼下がりの小さな通りに人の姿はまばらで、老夫婦が花屋に入るのと、金持ちの乗った車がひけらかすように大きな音で通り過ぎるのを1度見た程度だった。

 ふと、私は右手の細い路地に目を留めた。別に理由があったわけではない。ただなんとなく、何があるのか見てみようと思い立って、路地に足を踏み入れた。 薄暗い。冷え切った石の壁が、長らく陽の光を浴びて いないことを物語っている。いくつもの曲がり角があ り、細い道が複雑に入り組んでいるようだ。

 立ち込めるカビ臭さの中、ゆっくりと歩みを進める。来た道を覚えておける程度に三つほど道を曲がってみると、広そうな明るい通りが見えた。特別なこともないまま、一瞬で終わってしまった。何を期待していたわけでもないけど。

 私は少しきょとんとした表情のまま、その方向へ歩いて行き、曲がり角を通り過ぎる。と、その時。視界の隅に映ったのは、ボロボロの服で倒れている少年だった。

 ……一瞬、いや数秒ほど固まった。辺りには私しかいない。何かしなくてはと思い、私は恐る恐る少年に近づき、その顔を覗き込んだ。10歳に満たない程だろうか。ところどころ擦り傷があり、気を失っているようだが、口元を見ると、規則正しく息をしている。一刻を争うような事態ではなさそうだ。私はホッと一つ息をつくと、どうすればよいのか考え始めた。

「ええと、こういうのはまず……病院?いや、警察かな。まさかただ寝てたってわけじゃないよね……」

 非日常的なことは好きな方だけど、いざ直面してみると中々に厄介なものだ。特に今回は楽しめるようなことじゃない。あれこれ考えて、とりあえず私の家で手当てをすることにした。そう決めて少年を背負い前を向くと、私の正面、20メートルほど先に少女らしき人影が立っている。一目見て、私は反射的に声を漏らした。

「綺麗……」

 私の3つほど下であろうその少女は、絹糸のような銀髪を肩の高さまで垂らし、この距離でも分かる透き通った蒼の瞳でこちらをじっと見つめている。人形のようなその容貌は、私を感嘆させ、と同時に、恐れをも抱かせた。人としての何かが欠けているような……。

 次の瞬間。その少女は私の方へ一直線に走り出した!

「なっ……!?」

 訳も分からず、私は少年を背負ったまま反対方向へ駆け始める。曲がり角を転びそうになりながら曲がり、大通りの方へ全速力で走る。振り返ると、少女が迫ってきている。逃げる根拠なんてない。あの少女はこの子の姉か何かかもしれない。でも、こちらをギロリと捉えている彼女の目が、今の状況がそんな平和的なものではないことを物語っている。

 大通りまであと一歩。

 と、足首に鋭い痛みが走り、視界が横向きになる。すぐに、少女が追いつき私を蹴りつけたのだと気付く。私と少年は共に横向きに倒れた。背後の少女はそのまま私から少年を引き剥がそうと歩み寄る。

「あなた一体何者なの!?この子をどうする気!?」

 少女は無表情のまま答えない。話し合おうとするのは無駄のようだ。私は肩に下げていたカバンを思い切り投げつけると、右手の建物に飛び込んだ。遠に人の出入りがなくなったと思われる酒場に、埃が舞い上がる。通りに出られそうな窓を探したが、無情にもどの窓にも板が打ち付けてあった。逃げ込めそうな所は2階しかない。

 今にも崩れそうな階段を駆け上がると同時に、背後でぎしっ、と重苦しい足音がした。2階へ登り切り、周囲を見回す。

「何か……何か武器とか……どうしてなんにも無いの……!?」

 焦っているうちに、少女は私の正面に静かに立ちはだかる。そして、そこで初めて口を開いた。

「……私たちが用あるの、その子どもだけ。大人しくすれば、痛くない。黙って、渡す」

「……いきなり追いかけてきて蹴りつけるような人に渡すわけないでしょ」

 出来るだけゆっくり話しながら、私は目を動かし、部屋を見渡す。少女の真後ろ、ひとつだけ板の打ち付けられていない窓が目についた。

「せめて理由を話すのが道理なんじゃないの?それによっては考えてあげないこともないわ」

「……部外者には、関係ない。渡さないなら、力ずく。容赦する気は、ない」

「……そう。それなら……」

 一か八か。私は大きく深呼吸し、少年を抱きかかえると、

「こっちもそうさせてもらうわ!!」

 少女に向かって全速力で走り出した。虚を衝かれた少女は目を見開き、はっ、と声を漏らして私の体をかわす。そして私はそのまま窓へ直進し、

バリンッ!!

 肩から思い切り飛び込んだ。腐りかけの木枠は音を立てて折れ曲り、レールから外れる。私と少年の体はそのまま大通りの空中へ放り出された。そして少年を抱きかかえたまま、真下にあった小物売りの屋台の屋根に落下した。

 奇跡的に難なく立ち上がることができた。少し足をくじいただけのようだ。

「すいません!!必ず後で謝りに来ます!!」

「は?えっ……後でって、君……」

 目を真ん丸にし口を開けた店主に早口で言い残すと、私は少年を背負い直し家の方へ駆け出した。振り返ると、窓から身を乗り出しこちらを見つめる少女が、建物の中に引っ込むのが見えた。人目の多い大通りに出たのが幸いしたようだ。その後は振り返らずに無我夢中で走った。もう私を追う足音は聞こえなかった。



 大学の大時計を見て門を出てから、既に1時間は経っていた。普段ならとっくに家で寝転がって本でも読んでいるはずなのだけれど、今は忙しく手を動かしている。

「エリン、そろそろ話してもらうわよ。一体なんなのよ、この子」

「うーん、私もよくわかってないんだけど……」

 少女から逃げて自宅へ急いでいた私は、帰り道のミリィを見かけ、手を借りることにしたのだった。軽傷とはいえくじいた足はやっぱり痛むし、何より少年が心配だった。見たところ変わった様子はないけれど、この子を背負ったまま蹴り飛ばされたし、飛び降りた時もこの子を抱きかかえながらだったのだ。どこか大きな怪我をしていても不思議はない。

「よし、終わったわよ。2人とも大した怪我じゃなくて良かったわ」

「ありがとう、すごく助かった。本当にどうなることかと……」

 私はミリィに起こったことを細かく話した。といっても、知らない少年を背負い、知らない少女に追いかけられ、少女の目的さえもわからないのだから、情報量なんてほぼ無いに等しい。

「なるほど、訳がわからん」

「ですよね……」

 ミリィも全く状況が理解できていないようだ。

「とりあえず、あんたはこの子は助けたってことよね」

「うーん、そうなるのかな」

「ならいいじゃん。あんたいいことした!」

「う、うん……」

「じゃ、私なんか作ってくるわ。起きたら何か食べさせてあげなきゃ」

「うん、ありがとう」

 ミリィはキッチンへ歩いて行った。私はもう一度少年を見つめる。

 本当にこれが正しかったのかもわからないけど、今、少年は現に無事でいるのだから、まあよしとしよう。

 それにしても、見れば見るほど不思議な子だ。ボロボロの服を着ているが、よく見ると、金色の糸で見慣れない模様の装飾が施されている。一体どこから来たのだろう。まさかこんな小さな子が1人で生活していた訳ではないだろうから、何かに巻き込まれて1人はぐれてしまったのだろうけど。

 私は軽く少年の頬を撫でた。その時だった。

 少年はうっすらと目を開け、私の顔に目を向けたのだ。深い緑色の瞳だった。

「あ、起きた?もう大丈夫だから。怪我、痛まない?」

 少年はしばらくぼうっと部屋を見回していた。しかし、やがて驚いたような顔をすると、布団をかぶってベッドの隅にうずくまってしまった。そして怯えた目でこちらを見つめた。無理もない。きっと怖い目にあったのだろうから、知らない人がすべて敵に見えてもおかしくないだろう。私自身、5年前に戦争で両親を亡くした時は、しばらくの間真っ暗な孤独と虚無感に苛まれて誰も信用することができなかったのだ。

 私は少しでも安心してもらえるよう、精一杯温かく声を出した。

「……何か怖い目にあったんだよね。でも大丈夫。私がなんとかしてみせるから。私はエリン。ねえ、あなたの名前を教えて?」

 少年は震えていた。しばらく躊躇っていたが、私の目を見て意を決したように口を開いた。

「******!」

 …………?

 何だろう。今、この少年は何と言ったのだろう。うまく聞き取れなかったとか、多分そういうことじゃない。少年は確実に言葉を発したのは分かる。しかし、私の脳はその意味をまったく汲み取らなかった。不思議だ。部屋の中が一瞬でどこか別の場所に飛ばされてしまったような感覚さえ覚える。一体何が起こったのかまったく理解が追いつかない。

「えっ……と……今何て言ったの?」

 少年は何も言わない。困ったような顔をしているだけだ。おそらく私も同じような顔をしているのだろう。

 少年は少しの間をおき、さっきよりも小さくまた声を出す。

「***……******?」

 同じだ。少年が何かを伝えようとしているのは分かるのに、それが何なのか分からない。

 頭の整理に追われ何も言えずに少年を見つめていたところ、お盆にスープのボウルを3つ乗せたミリィが部屋に入ってきた。

「いやー、あんたらの分作ってたら私も食べたくなっちゃって……ってその子気がついたの!?」

 ミリィはスープが溢れそうな勢いでお盆を置くと、少年に駆け寄った。

「******?」

「え……何て?」

 ミリィも怪訝そうな顔をした。私ほど衝撃を受けているわけではなさそうだけど。

「ごめんごめん、よく聞こえなかったわ。もっかい言ってくんない?」

 少年はまた不思議そうな顔をして黙ってしまった。 どうやらこの子も私たちが言っていることがわからないようだ。ミリィはきょとんとして私の方を振り返った。

「ねえ、この子話せるん……だよね?」

「うん、多分ね。でも……内容がわからないっていうか、聞いたことがない言葉ばっかりみたいな……うまく説明できないんだけど」

「……これってもしかしてさ」

 ミリィはチラリと少年の方を見やると、結構すんなりこの言葉を口にした。

「私たちが知らない言語なんじゃないの」

 私たちが、知らない言語。

 再び、全身を雷に打たれたような感覚が走る。

「……そうだよ。きっとそう」

 次の瞬間、心の奥から熱い何かがこみ上げる。私は少年の方へ駆け寄り、しゃがみこんで目線を合わせた。そして自らを指差して、エ、リ、ンと何度かゆっくり言ってみた。少年もその意味を理解してくれたのか、同じように自らを指差した。

「ヒ、ロ、ム、ン」

「ヒロムン?ふふっ、変わった名前ね」

 ミリィは暫しその光景を不思議そうに見つめていたが、やがて同じようにヒロムンの前にしゃがみこんだ。

 色褪せ始めた私の視界に、新しい世界が見え始めた。窓辺には鮮やかな青色の蝶がとまっている。



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