英雄願望
1.
おかしい。
どーにも、おかしい。
何がおかしいかというと、視線、だ。
何かこう、「誰かに見られている」という感じがビンビンにする。
ぶっちゃけ俺は「平凡な男」だ。
イケメンではないが、かと言って不細工というほどでもない。
中肉中背で身長もクラスのド真ん中。
成績も中くらいで、スポーツもたいして出来ない。
大きな欠点もないが、際立った長所や特技もない。
人当たりも悪くなくクラスメイトともそこそこ話すが、親友と呼べる程の相手はいない。
恋人? 当然居ない。けど、女子に嫌われたりキモがられてるワケでもない。
良い方でも悪い方でも目立つところのない、まさに絵に描いたよーな「THE・HEI-BON」。
ただ、「周りの気配や視線にやや敏感」というところだけは人より優るけど、日常生活でそう役に立つわけでもないし、人に話しても良い反応はない。
で、その「どうも視線を感じる」のアンテナが、今朝起きてから、もうビンビンに感じている。
そう、かつて無いほどビンビンに、だ。
ベッドて起床。観られてる……。
通学路。観られてる……。
授業中。観られてる……。
帰宅中。観られてる……。
日常全てでとにかく視線を感じる。
「まーた言ってンの? 自意識過剰だろ」
「霊だよ、霊。霊に取り憑かれてんだよ」
なんてなのがたいていのリアクション。なので今更誰かに言ったりはしないけど、今回のはいつもよりもより強くその視線を感じている。
で、そんなこんなの翌日朝の通学途中のこと。
「───そこだ!!」
華麗なる振り返りとステップバックで、今し方曲がった曲がり角の向こうへと手を伸ばす。
「ひゃっ!?」
その手が、何か柔らかいものに触れた。
触れたが───いや、ちょっと待て何だこれは……!?
触れて、掴んだ所から、肌色のモノが空間に現れている。
いや肌色の……というか、そのものズバリそれは人の肌だ。
なんというか服の前の合わせを引っ張って、めくれた───胸の谷間のような肌だ。
「うそ、何で!?」
「ヤバいじゃん、これ!」
「でも───あー、これは、マズい……」
聞こえてくるのは数人の女子の声。そう、女子の声だ。
俺はやや……あー、嘘。完全に混乱しつつ、再びその空間に現れた肌へと手を這わし、その柔らかな感触を実感して───痛ェッ!!?? 殴られた!?
「ちょっ、それもっとアカンやつ!
バレただけでもヤバいのに、こっちから接触なんて完全にアウト!!」
「だってコイツ、胸……!!」
「うっさい! もっと小さくしとけ!」
明らかな口喧嘩、口論、言い合い罵り合い……人の気配は確実ながら、今見えているのは相変わらず空間に揺れる谷間のみ……あ、いや、元に戻って……それを慌てて追いかけようとした俺は───転んだ。
目に見えない柔らかい身体の上に。
2.
光学迷彩、というモノがある。らしい。詳しくは知らない。漫画とかゲームとかに出てきたりしたのはまあ何となく知っている。確か周りの光とかを反射するんだか何だかで、見る者にはそこに存在するのに存在しないように錯覚をさせるハイテクノロジーか何かだ。
彼女たちが身に付けているのはそれのさらにハイテク版。
いわゆる身体全体をすっぽり覆うような全身スーツで、頭の部分までは完全に覆ってはいないが、帽子の部分と首についた装置とで、その頭部まで含めた全体をかなり高度な光学迷彩同様のテクノロジーで「見えなく」させる。
それでいて、本来ならばごく自然に「接触を避ける」ように周りが動くハズなのだ───という。
彼女らの居る場所に自然と誰も近付かなくなる事で、アクシデント的な接触が起きないことになる「ハズ」なのだと。
まあつまり、ぶっちゃければ透明人間になれる服を着ているのと同じ事のだ。
すげーーーー!!
で、その彼女らは一体ナニモノか? というと……、
「未来から、過去の歴史的イベントを、直に見学する為に、タイムマシンで過去にきた、観光客───」
「ま、分かり易く言うならそんなとこ」
分かり易くねえ! 全然分かり易くねえ!
彼女らは見た感じはほぼ俺と同年代、つまりだいたい中、高生くらいに見える。
髪型はツインテールだったり、ショートだったり、前髪ぱっつんなロングだったり。しかも色も赤やら水色やらピンクやら。
その3人が目の前で悪びれもせずにやにや、へらへらしながら話すその内容は、全く馬鹿げた漫画がアニメ。
ラン、ミキ、スーと名乗ったけど、絶対ウソだろ。確か大昔のアイドルか何かの名前じゃん。親父というか、爺さんぐらいの世代の。
とにかく話の内容のみならず、格好からして荒唐無稽で嘘臭い。
だが───それがむしろ、ある種の説得力にもなっている。
ピチピチのボディースーツみたいな服装は、今は光学迷彩による透明化ではなく、幾何学的とも言えるカラフルな柄や、あの、アレだ。なんとかマッピングで映像を投影されたみたいな感じでスパッツやTシャツを着ているような絵が浮き出ていて形も変わっている。曰わく「この年代のファッションを研究して来た」らしいけど、その資料もどっかのアニメとかを元にしてそうだ。
ドッキリやイカレた妄想カルト集団? ともそりゃ思えるけど、それにしちゃテクノロジー的には手が込みすぎてるし、お話としちゃあ逆に雑すぎる。
「じゃあ、その、さ」
頭を掻きつつ俺が切り出す。
「これから起こる“歴史的イベント”って、何なんだよ?」
俺はかなり堂々と言えるレベルに「平凡中の平凡」男だ。
正直、俺がそんな“歴史的イベント”に関わる……しかも近日中に、なんてのはとても信じられない。それは「未来からタイムマシンで」以上に、だ。
そう聞くと今度は何やらもじもじとしながら、
「いやー……、さすがにそれは、ちょっとォ~……」
「なぁ?」
「知ると、未来が変わる可能性がある」
と。うん、まあ、そうか。そらそうだな。
「本当はこうして話すのもマジヤバイんだけどさー」
「えーと……チョベリバヤバい? みたいなみたいなー?」
「何だよそれ」
「え? この時代のスラングでしょ?」
「色々混じってんよ」
「ホンマかいな!?」
「何で関西弁……」
「え、これも何か違ってるん? めちゃ勉強してきたんやけど!?」
服装にしろ言葉にしろ、色々間違えてる感はハンパないが、まあ言ってること自体は分からんでもない。
アレだ。
「タイムパラドックスとかって言うやつか……」
「そうそう、それ」
「ホンマはずっと気付かれずに数日、その“歴史的イベント”が起きるまでコッソリと観察続けるつもりやってんけどなァ。
バレてもーたんは仕方ないわ」
「記憶は弄れる。けど今は影響が出るかもしれないのでまずい……」
「弄るんかよ!?」
さらりと怖い事言うな!?
「……あ、あー、まあ今のところ君の未来に影響与えるよーなことにはならないから安心して。
それやったら私ら懲役500年くらい喰らっちゃうもんね」
「チョベリバヤバい、みたいなみたいなー?」
だから何だよその言い回し。
「とにかく、君はいつも通りの自然な振る舞いで生活を続けてくれてれば問題ない。
私達はそれを……ね?」
「そそ。コーッソリと、見続けさせて貰えれば良いし?」
「何にしてもあと数日……今日か明日あたりにでも? 君はその“歴史的イベント”の当事者になるんよ」
「ごく自然に……ね?」
彼女らの言い分をまとめるとこうなる。
俺は数日中に、ごく自然な生活の中で“歴史的イベント”の当事者になる。
それを目撃するためのツアーとして、彼女らは未来からやって来た。
彼女らがそのイベント内容を俺に知らせるのは歴史改変の可能性があるから出来ない。
ただ俺が「いつも通り」に生活さえしてれば、確定された未来へと突き進むのみ……と。
そんで、彼女らがこの見学ツアーを終えた後には、これらの記憶はきれいさっぱり消し去られてしまうのだろう……。
「何だかとんでもない話だな」
「まあまあ、良いじゃん。別に君には損することも何もないんだしさ」
「大ありだ! プライバシーはどうなる!?」
「プライ……?」
「あ、アレやん、アレ。この時代の人間の……」
「あー、アレね、アレ」
何だよ、未来にはプライバシーもないのかよ?
「えーと、そうねー。その、“歴史的イベント”は、君が外にいるときに起きるの。
だから、家で1人の時とかには、ナニやってても別に見たりとかしないからさ」
「1人で部屋の中でナニをしようと自由」
「アレをナニしてソレしたり、好きにしてええねんでー」
ナニの話だよ!? いやまあそれもそうだけどさ!?
馬鹿げた話と言いつつも、なんだか納得してしまう部分もある。
そして何よりもこんな話をうだうだとしていた小一時間ほど、実は全く時間が経っておらず、学校に遅刻することなく着くことが出来たのが決定的だ。それもこれも、「俺の人生に変な影響を与えないように」との理由から一時的に亜時空的空間を作り出したとかなんとか言っていたがまあよく分からない。
少なくともこれでドッキリだとしたらとんでもなく規模がデカい。最低でも学校ぐるみの仕掛けってなるからな。
3.
で、授業を受けながらも考える。
一体俺が当事者となる“歴史的イベント”とは一体何なのか?
例えば世界的発見、発明。
例えば国際的問題の解決。
例えば何らかの英雄的行為……。
いやいやいや。どれもこれも全然しっくりこない。
だってこの俺だぜ? 平凡を絵に描いて額縁に飾ったかのごときこの俺が、そんな偉業をいきなり果たすとか、マジあり得んわ。
けど……、だ。
「……つまり、意図的じゃなくて、偶然の行為で?」
そう、そのパターン。
いつも通り過ごしてくれれば良い。
偶然人助け。偶然何かを大発見。偶然の閃きが世界を救う……。
これもこれでバカバカしいけど、まだあり得ると言えばあり得る。
何にしても偶発的な何かぐらいしか大平凡人の俺が“歴史的イベント”の当事者になることは考えられない。しかも今日明日中に、だもんな。
そう考えると、けっこうワクワクしてきた。
何せ平凡人代表とも言える俺が、歴史に名を残すレベルの“歴史的イベント”の当事者になるワケだしな。
しかも未来からその決定的瞬間を観るためにやってくる程の、だ。
もしかしたらちょっとした英雄レベルの事をやらかしちゃうんじゃないの? 俺ってばさ?
その日一日は授業なんて上の空。ニヤニヤ笑いがどうにも零れて仕方ない有り様だった。
帰宅して夕飯食って風呂に入ってテレビを見ながらニヤニヤしていると、歴史的瞬間を扱った教養バラエティーが放映されていた。
何この絶妙なタイミング? いやー、俺もこの中に入っちゃう系? みたいな?
で、取り上げられているのはサラエボ事件……えーと、一つの暗殺事件がキッカケで第一次世界大戦が勃発……。
ヒトラーの美大入試失敗……元々画家を目指していたアドルフ・ヒトラーは絵描きとしての才能が無くその夢を経たれて以降政治運動にハマって、弁舌の才能を発揮してたちまちナチス党の総裁になり……。
……待て待て待て待て、ちょっと待てよってば!?
いや、そうだな、うん。そうか、そうだよな。
歴史的イベントって、そっちのパターンもあるわな!? 確かに!?
俺の普段通りにやらかした何かがキッカケで、世界中にとんでもない災いを齎す……みたいな可能性も、そりゃ、無くはないよな!?
ウカれてニヤついてる場合じゃねえじゃん!?
「……あ、そこ、気付いてもーたん……!?」
「気付いたよ!? 気付いてもーたよ!?」
わざとらしく目を逸らしつつ答えるラン、ミキ、スーを名乗った未来人の三人娘。
「思ってたより知恵回るのね」
「ハァ……面倒……」
「聞こえてますー! 聞こえてちゃってますけどー!?」
いやまあ、昨日たまたまテレビ観てなきゃ気付いてなかったけどさ!
「あー……ホンマはこれ以上情報与えたったらアカンねんけどなー……」
「今、記憶消去処置使うと、それこそ副作用で数日ボンヤリする可能性ある……」
「それでおかしことになられてももっと困るしねェ~」
「そんなヤバそうな処置行うつもりだったんかよ!?」
相変わらず怖いことさらりと言うなあ、未来人!
どーする? みたいな相談をゴニョゴニョしてから、彼女らの1人が代表してかこう伝えてくる。
「あんなー、一つだけ、な? 一つだけ言うとくけど、君のある行動で、多くの人が救われる事になるんよ。
つまり、君の考えとるよーな、歴知的災厄の引き金になる……みたいなことはあらへんから、全然心配せんでええんよ」
と、かなんとか。
うーんむ、と腕組み思案。
「……それ、ある陣営には利益があるけど、別の陣営には大損害を与える……みたいなのじゃない……よね?」
例えば戦争なんかはそういうもんだしなあ。
「それもない。全人類にとっての救いにつながるから」
マジで!?
「え、それ。何つーのそれ、まさに英雄……みてーなもんじゃねえの?」
やや興奮気味にそうまくし立てると、ちょっとの間があり、
「ある意味……まぁ」
「……これ以上はノーコメント」
おおっと、つまりつまり、これはまず間違いなく───。
さあて、しかし再びニヤつき過ごすのか、というと、うーん、それもちょっと違うよな。
いや、偶然とは言え英雄的な事をして歴史に名を残すことになる以上、その現場で的確な行動に移れるよう少しは緊張感持った方が良いかもしれん。
決定的瞬間を写真に撮られたりなんかしてるかもしれない。となれば……キリッと引き締まった顔で写りたい。
休み時間にトイレの洗面台で身だしなみチェック。
鼻毛とか出てない? 寝癖は? あー、髪も切っておけば良かったかな? いやいや、あまり不自然なのも良くない。アレだ、無造作なようでシュッとこう、いい感じの……ヘアジェルとか誰かに借りるかな?
少しばかり念入りに肌の手入れもするかな。
スマホで検索したところ、普通に石鹸で洗うより、泡立てた石鹸の泡を暫く顔につけておいて、そこから皮脂汚れを取るのが良いらしい。
休み時間じゃちょっと足りないな。放課後少しやっておこう。
とは言え……あまり時間はかけられない。
彼女らが言うには、俺は「いつも通り、ごく自然に生活しているとき」に歴史的イベントを起こすらしい。
つまり今日で言うなら塾の日だ。いつも通りに、いつものバスに乗って塾まで行かないとならないだろう。
俺は別に取り立てて律儀な訳じゃないけど、今までは病欠と特別な用事以外では塾も学校も無遅刻無欠席なのだ。
泡泡できれいさっぱり肌を洗い、それからミントガムで息を整える。
さてまだ時間にはいつも通りに余裕がある。
つまり、ここからいつものルートでいつものように徒歩移動。
いつものコンビニ、いつもの歩道、いつもの公園前、いつもの駅前。
いつもの時間のいつもの景色だが、なんというか今この時この全てが、俺の歴史的イベントを祝福しているかに感じられる。
そうだな、このいつもの通りでありながら、いつもとは違う今この瞬間を、ちょっと写真に収めておくのも良いかもしれない。
なんてなことをつい思いつき、俺はポケットからスマホを取り出しカメラモードへと操作をする。
自撮りにするかな? うん、それが良い。機能選択しながらカメラ切り替え。
そして差し掛かるのはいつもの交差点で、そこで俺は何かにつまづいて足を取られる。
何だ? 何にぶつかったんだ? そう思う暇もなく───。
4.
「───と、これが歴史の分かれ目であったのだ、と後世に語られる瞬間とされています」
レポートの出来はまあ上々。何せ時間移動での現場記録まで使っているのだから、その手間暇労力たるや半端じゃあない。
時間移動の許可を取るのだってかなり面倒だ。まして、少しでも歴史に影響を与える行為があればとんでもない刑罰もある。
影響を与えたとしても実際には別のパラレルワールドが出来るだけで、現在の我々が住むこの時間軸には影響が無いことが証明されているので、そこまで深刻になる必要もないのだが。
過去の彼にはラン、ミキ、スーと名乗った彼女たち三人は、夏休みの宿題としてのレポート発表を終えて一息をつく。
数ある課題の中から選んだこの歴史的イベント、「無事故自動車の生みの親」の女性がその道を志すきっかけとなった事件について。
無事故自動車の生みの親であるその女性は、様々なインタビューやまた自伝の中でも、「幼い頃に誤って車道に飛び出しトラックに轢かれそうになったとき、その自分を突き飛ばして救いながら、本人はそのまま事故死してしまった恩人が居た」ことを話し、その恩人の命に報いるために研究をしたのだと述べている。
それにより交通事故が激減し、多くの失われたかもしれない人命が救われた。
歴史書には名も残っていないその英雄の真実───、と、こう書くと大袈裟だが、彼女らがこのテーマを選んだのは、単にレポートの題材として不人気で、他にこのテーマをやりたがる者が居なかったからに過ぎない。
そして実際やってみて、まあ不人気なのも頷ける、面白味のない「歴史的イベント」ではあった。
「けどさー、アレ、ちょっとヤバかったよね?」
「ほんまや、めっちゃ焦ったわー」
学園の食堂で三人揃ってボヤくように言う。
「あいつがニヤけながら自撮りしようとしてたの、やっぱアタシ等との接触のせい……だよねえ?」
起きたこと、その結果は一切変わらない。
彼は幼い頃の「無事故自動車の生みの親」である少女をトラック事故から救い、自らは帰らぬ人となった。
それが、意識して目の前の少女を救おうとしてこうなったのか、或いは歩きスマホをして誤って小さな女の子を蹴飛ばしてしまい、結果的にその命を救うことになったのか───。
そこもまた、歴史書には書かれることのない真実の一つだ。
「結果は同じ、問題ない」
「そやなー」
いずれにしても彼女らはレポート発表を無事に終え、今期の必要課題は全てクリアすることになるハズなのだから───特に問題はないのだ。
─了─
その後彼は異世界にスマホ転生します。
→笑ゥ転生神~異世界スマホはチートでござる、の巻~