巫女と妖刀9
その頃、アルベルトは。
抜け落ちた床ごと、地下の部屋へと落下し、石畳の床に叩きつけられていた。
かのように、見えたが、アルベルトは平然と立ち上がり、辺りを見回す。
「咄嗟に、刀を抜いておいてなんとか助かったな」
アルベルトは、およそ十数メートルはあろう、穴の空いた天井から、一階の天井を見上げる。
しかし、あることに気づく。
天井が見えるのに、周りはどうして見えるのか。
今は夜で、しかもアルベルトがいるのは地下室。
月明かりが入って来ようがない。
ぼっ!
辺り一面、ゆらゆらと火の玉が踊る。
先程、神琴たちの周りに現れた類の下級霊障たちだ。
アルベルトが落ちてくるのを見越して、その場に待ち受けていたのかもしれない。
「火の玉ね。如何にも、お化け屋敷ですよって感じだな」
アルベルトは持ってきていた最後の一振り。
玉鋼を両手で持ち、構える。
次の瞬間、不規則に動いているようだった火の玉たちは、一斉に、アルベルトを取り囲み、押し寄せる。
「はっ!」っと、気合いを乗せた言葉と共に、刀一閃。
アルベルトは、全ての火の玉を、驚異的なスピードで、寸分狂わずに真っ二つにして見せたのだ。
「低級霊なんてこの程度だろうね」
と呟くアルベルト。その言葉の最後に、ただ、と言葉を伏せる。
すると、たちまちに、火の玉たちは、自分の形を元に戻すよう形成されていく。
怨霊と呼ばれる、自分の身体を持たないモンスターは、魂だけで生きている。
死んでいるのに、生きていると言うのは矛盾が生じているが、身体を持たずに活動できるのが霊。
通常のモンスターと違うのは、刀などの物理攻撃では、まともなダメージは望めない。
「加えて、俺の持っている魔法具は、火のハープだけだし、幽霊に食事を出したところで食べてくれるとは到底思えない」
再生した火の玉を、再び真っ二つに斬り捨てながらも、アルベルトは独り言を呟きつつ、作戦を考えている。
彼の持つ武器や魔法具では霊タイプのモンスターは倒せない。
だからこそ、神琴は「閻円」を欲していたのだろうが。
「先に行けと言った手前、神琴ちゃんが来るのをただ待つだけってのもかっこ悪いよなぁ」
万策尽きたわけだし、逃げるのも策の内か、とも考えるアルベルト。
幸い、この相手は速さもない。
彼ならば容易く逃げられるだろう、と思考している最中。
「アルっ!」
と、聞き覚えのある声が地下の一室に響き渡る。
「っ!? 神琴ちゃん?」
部屋の隅から、見覚えのある紅白の巫女装束姿の少女が、慌てた様子で、突如として現れた。
綺麗な黒髪を、ボサボサにしながらも、懸命に走ってきてくれたのだ。そのボサボサになった髪には、髪飾りの一つもついていない。
「無事だったのだな、アル」
「神琴ちゃんこそ。俺なんかの為にわざわざ来てくれたんだね」
「勿論だ。お主は拙者にとって大切な人なんだからな」
「神琴ちゃん」と声を震わせて呟くアルベルト。
そう言われて嬉しくないわけがない。
こんな可愛い女の子に思われている、それとは別に、アルベルトも彼女のことは特別で、かけがえのないものを貰った恩人だから。
そんな彼女にそう言ってもらえることがなによりも、嬉しい。
しかし、一つ、いや二つ違和感を覚えるアルベルト。
彼女の顔をまじまじと確認する。
「ど、どうしたんだ? 拙者の顔に何かついているか?」
アルベルトの不振な眼差しに、可愛らしく首を傾げる神琴。
アルベルトは、その仕草は可愛いと心の中で思いながらも、違和感を覚えたことを口にする。
「そう言えば、ベンケイちゃんは? 一緒にいたはずだよね?」
そう。アルベルトが落ちる前に、確実に一緒にいたはずの、ベンケイの姿が見当たらないのだ。
「ああ、彼女なら」
思い出したように口を開く神琴。
その表情は、人形のように無表情だった。
「はぐれたんだ。途中で、低級の霊障に襲われてな」
「それで?」
「だから、お主の方に先に来たんだ。心配だったからな」
「あはははは」と、冷たく笑う神琴。
確かに筋は通っているし、嘘と言う訳でも無さそうだ。
それが、神琴が話したことでなければ。
「そっか。あ、それと」
アルベルトは目線を、彼女の腰に提げられた刀に移す。
「その刀、俺が預けてた『虎鉄』じゃないよね? どこで拾ったの?」
神琴は、影を落としたように俯く。
アルベルトは、鍛冶師であり、殆どの刀に精通している。
そして、帯刀された常態の刀でも、自分の作った物を見誤らない。
「そんなことはどうでも良いではないか。さあ、早くベンケイを探して、怨霊の本体を除霊しに行こう!」
「それもそうだね」
神琴は特別、焦ってもなく、ただただ機械的に、そう言い、自らが来た方へ向き直る。
アルベルトは合わせるように、相槌を打つと、神琴の後ろに続こうとして、立ち止まり、呼びかける。
「あ、その前に食事にしない? お腹空いてるでしょ」
「いや、今は満腹だ。飯なら、終わった後に好きなだけ食べればいいさ」
神琴は、抑揚のない声で、そう言うと、再び歩き出す。
最後の違和感が、弾けた。
今の一言で、アルベルトの中の疑心は確信に変わる。
「お前は誰だ?」
アルベルトの静かな問いに、神琴はピクっと反応し、静止する。
刹那。
背中を向けていた、神琴のような何かは、振り向きざまに、腰に提げていた刀を抜刀し、居合抜きの要領で、アルベルトに斬りかかる。
その動きに瞬時に対応したアルベルトも、自身の持っている刀で迎え撃つ。
ガキンッ!! と、激しい金属音が響き渡ると、刀同士がぶつかり合い、軋む音が続く。
彼女の手に握られていたのは黒光する、真っ赤な刀。
「名刀、三本の一つ。『村正』か」
「ご明察! だが、拙者はもう、ただの村正ではない!」
神琴のような少女は、一気に体重を前に乗せ、アルベルトの刀を弾くと、後ろへ飛ぶ。
重心を崩されたアルベルトは、すぐさま体制を立て直し、構え直す。
「拙者は、拙者ではなく、オレなんだよ!」
「日本語でおけ」
と、冗談を言いつつも、アルベルトは理解していた。
名刀、三本は、アルベルトの父親が打った刀。
そして、その刀身も見たことがあったが、目の前の、神琴のような少女が持っている刀は、色が違う。
ふっ、と鼻で笑い、全てを理解したアルベルトは、その少女を睨みつけた。
「今は、妖刀『村正』。そして、神琴ちゃんの体を乗っ取っている怨霊はお前か!」
今まで一緒に過ごした神琴は本物で、そうすると目の前の神琴は偽物。
体だけは神琴そのもののままで、中身は、村正に付いた怨霊に乗っ取られているのだ。
不気味な程、口の端を吊り上げた神琴の顔は一言。
「ご明察ぅー」
と、気味の悪い笑顔で、ケタケタと笑うのだった。