巫女と妖刀8
鬱蒼とした山奥。
けもの道の出来た跡を進んでいく、鍛冶師アルベルト、巫女神琴、ミニスカメイドのベンケイの三人。
「もう少しで着きそう? 神琴ちゃん」
「ああ、もう少しだ」
短く区切ると、見えてきた建物を指さす神琴。
古びた景観からは、神秘さすら感じる日本の伝統ある建物。
神社。
三人を待ち構えていたかのように、両の台座には狛犬が見守っている。
「ダンジョンを出て、丸一日くらいか……。食糧がなんとかもってよかったよ」
「すまぬ、アル。前まではこんなことはなかったのだが、最近どうにも、腹が膨れなくて」
「神琴さんの食べっぷりは流石ですが、やはりアルさんの料理が美味しいのもあると思いますよ」
フォローするように、ベンケイは二人の顔を交互に見て、そう言った。
ここにたどり着くまでの道のりで、アルベルトの料理の腕前を認めてのことだった。
メイドであるところの彼女も、料理には自信があったのだろう、そこまで言わせるアルベルトがすごいのだ。
「俺も責めてる訳じゃないさ。美味しいって言って、食べてくれてるんだ。それ以上の嬉しいことはないよ」
プロの料理人として生涯を終えたアルベルトは、料理を極めるのではなく、楽しむことにしていた。
「誰かと食事をするなんてことが、こんなに楽しいなんて知らなくて、それを教えてくれた神琴ちゃんのためなら、いくらでも料理させてほしいんだ」
彼のこれまでの人生は、殆どが一人で。
作る側としても、食べる時は一人で。
転生した世界でも、家族との食事は当たり前で、特別なこと等無くて。
それは、失って、初めて気づけることだった。
「またお主の変な言葉が始まったな」
「本心だし」
神琴はやれやれと言った感じで、アルベルトの言葉を軽く流しているようだが、それは彼女の照れ隠しで、アルベルトもそれをわかっていて、もう慣れているのか、朗らかに笑う。
「悪いな、アル」
しかし、そんなやり取りも茶番とばかりに、神琴の表情が真剣なそれへと戻る。
「わかっているよ、神琴ちゃん」
アルベルトも決意したように、会話を止め、その神社を見据える。
そう、神琴にとっては、今一番大事なことは、アルベルトとの食事でも、朗らかな旅路でもない。
彼女の大事な家族と、生まれた場所を奪った亡霊への復讐、もとい、祓い。
三人はお互いに顔を見合わせ、静かに頷くと、中へと歩みを進めていく。
時刻は既に、夜になっていた。
そう、霊的な者たちが、活発になるとされる時。
しかし、神社の中は、信じられないほどに静かで、常闇に沈んでいた。
本当に、何もいないかのように、静寂が場を支配する。
アルベルトたちも、暗黙の了解かのように、お互いに慎重に歩み進めていく。
音をたてれば、異次元の何かに気づかれるのではないかと錯覚してしまうように。
ギシ、ギシ。
古びた木造建築ならではの、木が軋む音だけが、不気味に響く。
ギシ、ギシ。
バキッ!?
「っ!?」
鋭い音と同時に、アルベルトの舌打ちが暗闇に溶ける。
古くなっていた。老朽化していたのか、木の板を突き破る彼の足は、その足場ごと落下していく。
「アル!? 捕まれ!」
「俺のことはいいから! 神琴ちゃんは先に進んでいてくれ!」
神琴が必死に伸ばした手を拒否して、地下へと続く暗闇へ落ちていくアルベルト。
「神琴さん、どうしますか?」
一部始終を見守るしか出来なかったベンケイは、冷静に問う。
「そんなの決まっている。助けにいく!」
「ですが、アルさんは、先に行けと言っていましたよ?」
「そんな言い分はクソ喰らえだ! 言うことなんか聞いてやるものか」
その言葉に、ベンケイは思わず、小さく、ふっ、と笑ってしまう。
信頼関係の上で、お互いを尊重し合っているからこそ、彼女は自分の正しいことをしたいのだろう。
ぼっ。
そんな会話の最中、一つの灯りが灯る。
それは、酷くデタラメに、ゆらゆらと宙を舞い、やがて連鎖するように、無数の灯りが連続して灯る。
「火の玉だ。下級の霊障たちが集まってきてる!」
アルベルトが落下したのを皮切りに、霊たちが姿を現す。
まるで、そのタイミングを狙っていたかのように。
「ようやく、私の出番のようですね」
ベンケイは、待ってましたと言わんばかりに、空間雪原と呼ばれる魔法具を開き、別次元より一振りの刀を振り抜く。
その刀は、神琴が待ち望んだ、対魔、対霊の刀。
『閻円』
「神琴さんは、道を示唆してください。雑魚は私が斬り棄てます。構いませんか?」
この刀を先に使っても、との確認。
「ベンケイ、恩に着る。構わない。存分に奮ってくれ!」
「御意!」
震える火の玉は、次の瞬間、真っ二つに裂け、散る。
散るは、火玉。
舞うは、ミニスカメイド。
剣の舞は、不揃いで未完成だが、パワフルで、アグレッシブ。
先頭のベンケイが、舞いながら、後ろに続く神琴と共に廊下を駆け抜けていく。