巫女と妖刀7
それから数時間後。
「出来たよ」
一仕事終えたアルベルトは疲れた声で、一言そう言った。
そして、ようやく、本来の刀鍛冶に必要な時間工程を大分すっ飛ばして、その刀は出来上がる。
退魔の刀、名を閻円。
刀身は野ばらの葉のように緩やかなギザギザの紋様が黒光りし、沿わした柄部分は神木で作られている。
鍛冶師にも、剣士にも、魔法使いや魔導師のような魔力は宿らないが、その刀には、どうにも薄くではあるが、淀んだ魔力が沈澱しているようにも思えた。
「ふぅ、待たせたね」
っと、遠巻きに見守っていた二人に目線を移したアルベルトは、すぐに驚きの声をあげる。
「って、どしたの、二人とも?」
そこには、疲れ果てたようにくたびれた少女が二人。
「その作業、帰ってからでよかったのではないか?」
巫女装束を身にまとった少女、神琴は疲れからのイラつきが混じる声でそう言う。
「私も少しだけ、ほんの少しだけ甘く見ていましたが、これほどとは」
もう一人の、ミニスカメイドの少女、ベンケイも、疲れたような声。
ダンジョンの真ん中で、数時間も、鍛冶師を守護し続けたのだから、当然のこと。
「二人ともお疲れ様。二人のおかげで最高の刀が出来たよ」
そんな二人の疲れを露知らず、アルベルトは満面の笑み。
彼にとって、刀鍛冶は趣味も同然で。
それをゲームで例えるなら、強力なモンスターを進化させることが出来るようになった状態の手前。
欲しくて欲しくて、手を伸ばしても手に入れたい物が、ようやく手に入る瞬間。
これまで、二種類の刀剣しか作成してこなかったアルベルトにとって、それ以外の刀剣を作るのは、もはや道楽でしかなかったのだ。
子どものように、家まで待ちきれなかったのだろう。
「俺の我儘に付き合わせてごめんね」
感謝と共に謝罪。
最高の仕事を出来たことに、そして、それを守ってくれた二人に。
「よい。元は、拙者の依頼だ。そして、目的の物も出来たのだから」
「そうです。これで、神琴さんのお家を取り返しにいけますね」
「そうか。神琴ちゃん、話したんだね」
閻円の作成に集中していたアルベルトは知らなかった。
刀鍛冶の最中に話していた、彼女らの会話を。
「ああ、話した。ベンケイにも目的を知っていてほしくてな」
「僭越ながら、このベンケイ。神琴さんの力になることを約束しました」
その見返りのこともあるが、そこは口を紡ぐベンケイ。
言ってしまっては不純なような気がしたのだろう。
「だから、お主とはここまでだな、アル」
「なに寝ぼけたこと言ってるの?」
「寝ぼけてなどいない、拙者は真剣だ。お主は最高の鍛冶師だが、戦いの場には連れて行けない。お主のボディガードは引き受けたが、拙者の家のことと、それは別の問題だ!」
「じゃあ、尚更。一緒に行かせてほしい」
神琴の真剣な声に、目線に、アルベルトの真剣な眼差しが交錯する。
「これは、鍛冶師とボディガードって関係には、関係のないことだよ。君のことが心配なんだ」
「なっ!? それは、どういう意味だ」
アルベルトの口にした想いが、神琴を怯ませる。
「守られてばかりの俺が言うのもなんだけど、君を護りたいんだ」
「アル」と、彼のニックネームを呟き、次第に、神琴は頬を赤らめる。
体温の上昇を、確認するように、両手で、両の頬を掴む。
流石の彼女も、恥ずかしさに照れたのだろう。
「そ、そんなこと言われたって、嬉しくなどないぞ!」
誰もそんなことを言っていないのに、必死に取り繕う神琴。言葉とは裏腹に、彼女は、ニヤけそうになるのを必死に堪えながら、顔を背けた。
その二人のやり取りを黙って見守っていたベンケイは、心の中でこう思っていることだろう。わかりやすい、と。
「もしかして、神琴ちゃん、てば。照れてる?」
「う、うるさいぞ、アル! 照れるなど、拙者にはないし、そのニヤニヤするのを今すぐ止めぬと、叩き斬るぞ!」
「あっははは。ツンデレもそこまでいくと、暴力ヒロインだね」
「訳の分からぬ言葉を並べるな。そこに直れ!!」
「やだよ、直らない!」
と言った具合に、ニコニコ顔のアルベルトと、照れ隠しで怒る神琴。
そして、ジト目のベンケイ。
「どうでもいいですが、こんなところでイチャイチャしないで頂けますか?」
「同感ですね」
「って、あなたは誰ですか!?」
いつの間にか現れていた、妖精の少女、シカ。
音もなく現れた彼女を認めて、ベンケイは驚きに飛び退いた。
「お、シカちゃんナイスタイミングだね」
「ちょうどご飯を食べ終えてしまったので、様子を伺いに戻ってきました。お帰りですか?」
理解が出来ていないベンケイと、まだ冷めやらない神琴を無視して、アルベルトは頷く。
「あ、閻円は、とりあえず、ベンケイちゃんが持っててくれる?」
「そうですね、空間雪原がありますから、一時的に預からせていただきます」
了承したベンケイに、アルベルトは出来上がった閻円を預ける。
空間雪原とは、別次元に、刀を収納しておける魔法具のことだろうか。
大量の刀を所持しておかなければならない時に、便利な魔法具となっている。
「それじゃあ、とりあえず、シカちゃんに着いていって、ダンジョンを出る。そこから、神琴ちゃんの家に突撃する! 亡霊退治と行きますか!」
おー!!、と勢いのよい掛け声が三人。
そして、目指すは、神琴の住む神社。
住み着いた亡霊を祓いに、斬りに。
そこで待ち受ける、困難に。