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巫女と妖刀5

 程なくして。


「到着ですね、お疲れ様でした」


 背中を向けたまま、妖精の少女はそう告げる。目的地に到着したのだ。


「お帰りの際は、大きな声で私の名前を呼んで戴ければ、ご飯を食べていなければすぐにかけつけますので」


「ありがとうね、シカちゃん」


 ニッコリと微笑み返すアルベルトに、シカは、無表情に、では、と一礼して飛び去っていった。


「……妖精も大変なんだな」


「んー、まあ、彼女らも仕事だからね。人間と妖精の間で契約があるみたいよ」


「なるほどな、さすがにボランティアってだけではないか」


 自分も知識と常識の上では無知なのだと、改めて世界の広さを思い知らされた神琴は深深と関心する。

それもこの旅で少しずつ分かっていくことの一つ。


「さあ、さっさと神木の枝を拾いにいこう」


 目的の物を目の前に早るアルベルト。


「そうだったな。して、その神木の枝とはどうやって拾うのだ?」


 目的の場所は、世界樹の前。

二人の眼前そびえ立っている大きな大きな、大きな樹が、その世界樹だろう。

いくら見上げても、反り返るほどに見上げても世界樹の天辺は見えない。

つまり、枝までの高さも相当高い。


「周辺を歩いてみようか。恐らく何本かは枝が落ちているはずなんだ」


「なんと……これほどの大樹の枝が折れることがあるのか!?」


「まあ、俺も上までは行ったことがないし、見たことがないけど、定期的に枝は揃えられてるみたいだからさ」


 年に二回ほど、世界樹の枝は、切り揃えられることがあるようで、伐採した世界樹の枝は、この1番下の地面まで落とされる。

それを拾って、素材にするのだ。


「親父からはそう聞いてるし、数に限りがあるだろうけど、確実な方法だよ」


 二人は、足並みを揃えては、世界樹の枝を探す。大きさから言えば、落ちていればすぐに分かるだろう。


「……神琴ちゃんってさ、彼氏とかいる?」


「……いるように見えるのか?」


「いーんや、まったく見えない」


「では、なぜそんなことを問う?」


「んー、そりゃあ……一応、男ですから!」


 神琴は苦笑する。

確かに、同い年くらいの男女。

こういったダンジョンでなければ、街に出かけて、カフェで紅茶を飲みながら、優雅に談笑して、交流を深めたいところだろう。


 しかし、その男の違和感に、笑いは失せる。

話している最中でも、神琴を見ようともしないアルベルトを見て、その程を知る。言葉に真実味は欠けらも無い。何故なら、彼には、刀剣のことしか頭にない、鍛冶師なんだ。

そんなことを、出会って間もない神琴でも感じているのだから、筋金入りだろう。


 いや、そんな生易しい言葉では、可哀想か。


「「あっ」」


 声が同時に聞こえた。


ひとつはアルベルトの声だったように思う。

彼は、世界樹の枝を見つけて、駆け寄っている最中、近づいてくる者に気づかず、その枝を取ろうとした矢先に、気づいて出た声。

もう一方の高い声の主は、アルベルトに対するように、その枝に手を伸ばしていた、スカートがかなり短い、メイドさんのようなの格好をしている少女からのようだ。


「貴方方達もこの世界樹の枝を欲しがっているようですが……何故でしょう?」


 その少女は、単純な疑問を尋ねてきた。


「退魔の刀を作る材料に必要なんだよ」


「あら、目的は同じようですね。それは丁度いいです、どちらかが鍛冶師の方なのですか?」


「俺が鍛冶師だよ。こっちの子が依頼主」


「なるほどなるほど、何から何まで都合がいいですね。では、その枝は譲るので、私にその刀を譲っていただけませんか?」


 そのメイド少女の譲渡した条件はあまりにも不躾で、筋の通らないものだった。


「ちょっと待て、その刀の依頼は拙者のものだ。お主などには、簡単には渡せぬぞ」


 その不躾な要望を聞いていた神琴は、当然のように割ってはいる。

さすがに、自分の依頼した刀を、そう簡単に渡す訳にはいかない。


「……それを決めるのは、あなたではないですよね?」


「なんっ?!」


 すると、神琴が驚くより速く、ぐにゃんっと、歪む空間の中に手を入れる少女。

バチバチと、アークを飛ばしながら、空間の歪みを戻していく、と同時に彼女の手に握られていた刀を振り抜き、神琴に斬り掛かる。


 ようやく追いついた神琴は、驚きの声と同時に、反射的にそれを避ける。

次の瞬間、少女の持つ刀が描いた軌跡を導火線に、空気が発火し、ボッと音をたてて燃え上がる。


「あっつ!??」


「炎の刀、名をーー」


「ミルフィーユ!!」


 最後に言葉を出したのはアルベルト。

初めて見る炎刀に心を踊らせるかの如く見入っている。

炎刀を放った少女の手に握られた刀身は、まるでメラメラと燃え盛る炎のごとき赤の目立つ刀。

振れば、周囲を燻り、焦がす。


「受け入れていただけないのであれば、残念ですが、依頼主のあなたを消し炭にするしかないようですね」


 メイド少女は、悪魔のような発案に、そぐわぬほどニッコリと笑ってみせる。

これには流石の神琴もムカッとした表情を見せる。先程、アルベルトから貰って、腰に提げていた虎徹に手をかける。


 一触即発の空気が流れ、その瞬間を待つ。


「行きますよっ!」


 先に動いたのはメイドの少女。

抜いていた炎刀を右から、そして、繰り返し左から、神琴に斬ってかかる少女。


 それに合わせて虎徹を抜いた神琴は、少女の炎の刀を受け止めては、流す。メイドの少女の単調な剣筋を見極めて、受け流しているのだ。


稽古でもしているような、綺麗な流れで移動していく2人。


「ほらほらほらほら!!」


「っ!? あつっ、あっつ!!」


 だが、剣筋は流せても、刀身から燃え出る熱が、神琴に襲いかかる。


(どうするどうするっ!? 斬ってかかりたいが、剣筋がデタラメ過ぎて読めぬ)


 少女は剣を習ってはいないようで、力任せに、文字通り、刀任せに、斬って振っているだけ。

その素人同然の剣筋が、神琴を混乱させていた。何より、炎刀・ミルフィーユの付加能力があるため近づきづらい。


「しょうがないなー、神琴ちゃん、下がっててくれる?」


 と、一言。

脇で見ていた筈のアルベルトが少女らの間に入ってくる。


「なんですか?」


「アル!?」


 言われた通り、神琴は手を止め、一旦下がるが、向かい合う少女は止まらずに、今度はアルベルトに向かって斬り掛かる。

それに対抗するように、彼の手に握られていたのは、何かの肉を刺した神木の枝のようだった。


「邪魔をするなら、あなたも炭にしますよ!」


「まあまあ、そんなカッカすんなって」


 右から左に、左から右に炎刀を力の限り振るう少女。その刀の軌道を読み、十分な間合いを取りながら、アルベルトは少しずつ後退して行く。


「このっ! 逃げるだけですか!」


「いんや、そーでもない。そして、そんなミニスカでブンブンやってたら……見えるぜ!」


 左下から、右上に斬り上げた際に、アルベルトは咄嗟に、少女が斬り上げた方とは逆に飛び、少女を下から見上げる。


「……最低」


 神琴の冷たい視線が刺さる。


「……構いませんよ。ミニスパッツを履いていますから」


「……むしろ、その方が萌える!」


「わかりました。では、燃やしてあげますよ!」


 怒りに任せた炎刀を、今度は縦に大根切り。

先程とは違い、縦に振るうことで、炎が左右に分かれ、燻る。


「よし、上出来!」


「人のスカートの中を見ておいて、あなたはなにを……っ!?」


 少女はようやく理解した、その立ち篭める魅惑の匂いを認めて。

少女はその香りに気づくと、思わず頬を緩ませ、お腹をぐー、と鳴らす。


「くっ、あなた!? まさか私と対峙しながら、料理を!!?」


「そうか、相手の炎を逆手にとって、肉を焼いていたわけだな。……しかし、なんの肉だ?」


「猿の肉だね。さっき拾ったやつを神木の枝に刺して、そのメイドさんの刀の熱で焼いてもらった」


「私は、上手く誘導されていたのですね……」


 少女は、たいそう驚いていた。

二人のやり取りを、アルベルトは黙ってみてなどいなかったのだ。元料理人として、食材を調理するチャンスを。


「君って、ちゃんとした剣道とか習ってないでしょ? 避けるのだけなら簡単なんだよ。ね、神琴ちゃん」


「……あ、ああ」と、言葉を濁す神琴。それは理にかなっていない。むしろ、型がない方が避けにくい。

アルベルトは非戦闘員だと言っていたが、その身体能力に疑問を抱かずにはいられなかった。


「俺が出来ることは二つだからね。刀を作ることと、料理で仲間を増やすこと」


「おかしな鍛冶師ですね。ですが、私を仲間にするつもりなら、残念ですが、なりませんよ」


「まあまあ、少女よ」


 焼きたての猿肉は、香ばしく、神木の葉の匂いも相まって、香りたっている。


 その肉を一瞥する少女。

先程からだらだらとヨダレが垂れているのが見て取れる。


「これを食べてみてからでも、話は遅くないと思うけど……どぉーする?」


「……何かを食べてから来るべきでした。いえ、これは言い訳ですね」


 わかりました、と悔しそうにする少女は一流料理人の前にあっさり落ちたのだった。




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