巫女と妖刀4
「この聖域を案内させていただきます。シカ・モルフォーンと申します。良しなに」
子どもほどの身長の少女がそう言って、アルベルトと神琴の前でお辞儀する。
聖域に入った2人を最初に待ち受けていたのは、その少女だった。
彼女は、普通の人間ではないようで、背中には薄い蜻蛉のような羽根、髪は長くて、黄緑色をしている。
なにより、人間の耳とは違い、尖っている。
「シカちゃんね。よろしくー」
「……この者はなんだ? アル」
「あー、神琴ちゃん、聖域は初めてなんだ?」
さも当たり前のように述べるアルベルト。
「いや、普通はダンジョンなんて来ないと思うぞ……いや、拙者が可笑しいのかもしれないが……」
「いえ、赤白のあなたの方が一般的だとは思われますよ」
よかった、と、ほっとする神琴。
シカもそれだけは正したかったのか、ついつい会話に割り込んでしまったようだ。
彼女は、おっと、失礼とばかりに口を噤んだ。
「この聖域だけは、どうにも道が複雑なのよ。そんで、人間に迷われても困る妖精たちが案内してくれるわけ」
「ちなみに私は、木の精ですよー」
「……気の所為?」
「気の所為ではなく、木の精です!」
さっき、はっとなって黙ったのに、もう口を開くのか、と呆れる神琴。
どうやらこの妖精は随分お喋りのようだ。
「それで、今回の目的はどこでしょうか?」
「世界樹の下くらいまでお願いするよ」
かしこまりっ! と元気よく返事をして、先導を始めるシカ。
その小さな背中を追っかけるように、ゆっくり歩き出す二人。
ダンジョン、とは。
およそ人の住処になるような安全な場所ではない。獰猛なモンスターが、何種類も生息し、闊歩していることが多く、そのモンスターの部位を欲したり、今回のアルベルトたちのように、ダンジョンによる様々な副産物を取りに来る場合がほとんどだ。
聖域と呼ばれるここは、かつて、賢者の一人、セフィロトが住んでいた世界樹が中心に聳え立つ。
その周辺には、世界樹の魔力に影響を受けた聖獣たちが暮らしている。
「俺も昔は、親父に連れられて一緒に来たことがあるんよ」
「……お主の父上は強かったのだな」
「……どうだろ、そんなこと考えたこともなかったな。刀鍛冶としての技術と知識しか俺は教わってないし、新鮮なことばかりで楽しかったから、それ以外のことはからきしだな」
昔のことを話すアルベルトは人懐っこい笑みを見せている。
彼にとって、その記憶は、かけがえのないことの1つなんだろう。
「前世は料理のことばかりだったし、こういう新しいことに挑戦するのって、楽しいんだなって、思い出せたことがよかったことだな」
「転生者は語る、だな」
「もちろん、目標は刀剣図鑑のコンプリートだし、まだまだ先は長いからね。セカンドライフを満喫中だぜー」
「……来ました」
アルベルトと神琴の会話を分断するように、道案内の妖精は小さく、透き通る声で呟く。
それはモンスターと遭遇の合図。
「さあて、神琴ちゃん。お手並み拝見だよん」
ガサッと、茂みを揺らして、そのモンスターは姿を現す。
「任されよ」
「侵入者ハ排除スル」
カタコト混じりだが、人間の言葉を話す、黒毛の大猿。身長は約3mほどか。
引き締まった体から伸びる手足は大木のように太い。
「……そういえば、拙者。刀を持っておらなんだ」
「ちょいちょいちょーい!? 今、そんなこと言うの?!」
今になってアルベルトは気づく。そういえば、この巫女は、剣士と階級を名乗ってはいたが、武器を持っている姿はなかった。
慌てふためくアルベルトだが、予備で持ってきていた刀の二振りを取り出す。
「サセルト思ウカ?」
しかし、言うが速いか、大猿はアルベルトの方に飛びつく。猿なだけに、その巨大な身体からは考えられないほどの身のこなし。
一気にアルベルトとの間合いを詰める。
「一振りで充分だ。こちらの刀を借りるぞ」
お互いの言葉は、流されながら混じり合い、そして、視線がぶつかる。
大猿はアルベルトに飛びつき、神琴は体制を崩さぬまま、アルベルトの待っている刀を一振り抜き取る。
刹那。
向かってきていたはずの大猿の向こう側へ、切り抜けている神琴が見える。
「あはは、はえー……見えなかった」
アルベルトは唖然として、開いた口が塞がらない状態だった。
大猿は真っ二つに切断され、アルベルトの両側にそれぞれの分断された身体が飛び散っている。
それも一瞬のことで。
「気に入った。この刀、素晴らしく使いやすい気がする」
「そ、その刀は基本の鉄から出来る刀、名を『虎鉄』だ」
神琴は、アルベルトからもらった刀、虎鉄を一空振り。
血のついた雫が、地面にこぼれ落ちる。
彼女がその猿を両断したのだ。
「ふふん。どうだった、アル」
「いや、普通にすげーと思ったよ。ありがとう、神琴ちゃんは強いよ、ボディガードとして申し分ない」
アルベルトはそういうと何度も頷く。
大猿を両断した時の剣筋がまったく見えなかったのがその証拠。
自分の父もモンスターと戦っていたからわかる。彼女はかなりの鍛錬を積んでいることを。
「しかし、黒毛猿の素材も手に入るとはラッキー」
そう言いながら、先程倒した猿の、二つになった身体漁り出すアルベルト。この辺も鍛冶師としての本職なのだろうか。
「そ、そんなもの何に使うのだ?」
「えー、普通に、猿の刀、真打とかに使えるけど?」
「……わからぬよ、鍛冶屋と言うのは知識も豊富なのだな」
「神琴ちゃんだって、閻円のこと知ってたじゃない」
「それは、拙者が退魔の家系だからだ! お主、本当に世間のことがわかっておらぬのだな」
呆れ果てて言葉を失う神琴。お構い無しに素材を剥ぎ取るアルベルト。
「まあ、いいじゃない。刀さえ作れればなんでもさ」
ふっ、と笑って見せたアルベルトの笑みは、どうにも怖気を覚えるものだった。