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巫女と妖刀12

 神琴が窮地を脱したのと同じ程に、別の戦いも終わりかけていた。


「うぐっ!」


 悲痛な声を漏らし、ベンケイは壁に打ち付けられる。

ドガッと鈍い音が響くと、続いて、床にドサッと伏す。


「ベンケイちゃん! 大丈夫?!」


 ボロボロになった彼女に駆け寄るアルベルト。

神琴のことに集中していて気づかなかったが、ベンケイは二人の為に、必死に耐えていたのだろう。


「アルさんっ、神琴さんは大丈夫でしたか?」


「ベンケイちゃんのおかげでもう大丈夫だよ。それより、ベンケイちゃんが!」


「そうですか。それは、よかったですが、すみません」深呼吸するように一呼吸置く。

「私も、少しだけ休ませていただきますね」


 彼女の体の至る所に痣と傷があり、痛々しい。呼吸をするのも辛そうだ。

しかし、最後の力を振り絞り、自分の持つ、炎の刀『ミルフィーユ』をアルベルトに手渡す。


「この刀を、あなたに託すので、後はよろし」


 く、と続ける前に、神琴と同様に気を失った。


「残ったのはお前だけだねぇ。色男ぉ!」


 村正が、血のついた自身の刀を一振し、アルベルトを見据える。


 しかし、それを無視しながら、アルベルトはベンケイを神琴の隣に移動させ、寝かせる。


「二人とも、後は俺に任せな」


 ぐっ、とベンケイから託された刀を強く握り、敵に向き直る。


「神琴ちゃんに閻円のことを吹き込んだのは、お前だな?」


 ご明察ぅー、と、口元が裂けるほどに、イヤらしい笑みを浮かべた神琴の顔で、村正は続ける。


「コイツが閻円のことを知っているのは、オレが記憶を操作したからだ。そうすれば、いつかコイツの手に閻円が渡る。そして、こいつの魂は、その閻円の力で消滅する。そうなれば、はれてこの体は、オレのモノとなる!」


 神琴が、退魔の刀である『閻円』のことを知っていたのは、村正の仕組んだ罠だったのだ。

しかし、皮肉にも、その結果、アルベルトは、神琴と、それにベンケイとも出逢うことになった。


 アルベルトは、村正の言葉を冷静に受け止め、一つの疑問にいたる。


「一つ聞いておきたい。お前がそこまでして、神琴ちゃんの体を欲しがる理由はなんだ?」


「オレはただ、主人の元に帰りたいだけさ。その為に、身体を貰うなら誰でもよかった」


「お前っ!」


 村正は、悲運にも引き離された、主人である、アルベルトの父親である、アルフレッドにもう一度会いたいだけだった。


 その一途な気持ちが、ただの刀を妖刀にし、邪悪な気持ちは、子どものような純粋さで、降り注いだ。


 ただ、それが、神代神琴と、その両親に対してだっただけのこと。


 誰でもよかった。


 それだけのことで、神琴は一人ぼっちにされた。


「ふざけるなよっ!」


 アルベルトは怒りを露わにし、声を荒らげた。


「確かにお前は、お前のやろうとしてることは、分かるよ。出来るなら、お前を主人の元に返してやりたい」


 だけど。


「それで、そのためだけに。神琴ちゃんの今までを台無しにするなよ!」


 右手には、愛用の金槌。左手には、ベンケイから預かった炎の刀『ミルフィーユ』を強く握りしめ、アルベルトは始める。


 神琴の身体を取り戻す。


「何を言われようと、オレはオレの為だけに戦う! お前も、この女の身体に攻撃は出来ないはず!」


「ああ、だから、さっきから、お前を狙っていたのだが、気づかなかったか?」


 そう、馬鹿にしたように投げかけると、アルベルトが村正の視界から抜け落ちた。

お喋りの最中だったが、村正は油断などしていたつもりはなかった。


 なのに、また、アルベルトを一目で見失う。


 本気の彼のスピードに、神琴の身体では、対応出来ないでいる。


「さっきと同じで、更に火力は上だ」


 アルベルトは、下から斬り上げ、村正本体である刀を弾く。


「ぐっ!?」


「ミルフィーユは、振れば振るほど火力が増す」


 刀自身を、刀で叩きつけるが如く、何度も何度も、村正は、あらゆる方面から弾かれる。


「手放せないよな? 自分は」


「何なんだ? 何なんだよ!? お前は!!?」


「ただの鍛冶師だよ」


 パリンっ、と。

嫌な音が響き、妖刀村正は、宙を舞う。

その色は真っ赤な刀身が、溶け落ちて、銀色に光っている。


「ちっ、くしょ」


 う、と言い残して、神琴の身体は力無く崩れる。

村正が、神琴の身体から、魂ごと、抜けて出ていったのだと思われる。


 アルベルトは、神琴の身体が完全に倒れる前に、彼女の身体を支える。

雪のように白く、冷たい肌だが、程なくして熱が戻るだろう。


 それと、忘れないように、ミルフィーユを提げていた鞘に納刀すると、降ってきた名刀『村正』を捕まえる。


 鍛刀したのは、父、アルフレッドになるが、妖刀から改良したのはアルベルト。


 名刀の一本に携われたことを、少しだけ感動しているようにも見える。


「村正。必ず、親父に会いに行かせてやるからな」


 理由はどうあれ、そうありたいと願う刀の声があるなら、出来るだけ叶えてやりたいと思うのも、鍛冶師なのかもしれない。


 神琴には悪いと思う反面、今回の騒動の根源。

村正自身の想いも、アルベルトは汲んでやりたかった。


 ごめん。と小さく呟く。

彼女は眠っていて聞いているはずもないのに。


「良い、アルがそうしたいなら」


「神琴ちゃん! 戻れたんだね」


「ああ、まだ思うように体は動かせないが、どうにも」


 言葉の途中で、気の抜けるような、ぐー、と腹の虫が鳴く。


 それを聞き終えた神琴は、顔を真っ赤にして俯く。

自分のお腹が空いているのを認めたのだ。


「あはは。全部終わったんだし、ゆっくりご飯でも食べようか? ベンケイちゃんと合わせて三人でさ」


 ああ、と返事を返し。


「ようやく何もかもから解放されて、お腹いっぱい、お主のご飯が食べられるのだな」


 神琴は、はにかむ。


「楽しみだ」


 親を奪われ、住む場所を奪われ、闇の中に取り残された少女の呪縛は解き放たれ。


 ただ、目の前にある幸せに、神琴は固かった表情を和らげ、嬉しさに、口元を綻ばせるのだった。

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