巫女と妖刀11
その頃、本物の神代神琴と、ベンケイは。
「ここだ。この扉が地下に続いている」
「だいぶ、霊障の数も減らせましたね」
「すまぬ、ベンケイ」
いや、ありがとう、と神琴は、小さくはっきりとした声で言う。
感謝と後ろめたさがあるのだろう。
「とんでもないです。ええ、この程度のこと気にするまでもないですから、それに」
それに、と、続く言葉を前に、目の前の扉が勢いよく開く。
バゴンッ!!
扉を蹴破り、現れたのは、神代神琴の身体。
その身体を乗っ取った妖刀、『村正』だ。
「おやおや、宿主様ぁ!」
「えっ? えっ!? 神琴さんが二人!!?」
「ベンケイ! コイツだ。拙者の家族を葬った悪霊!」
村正は、咄嗟に二人の自分への脅威度を判断し、自身である、妖刀で、神琴よりも先にベンケイに斬りにかかる。
ベンケイは出会い頭のことで、二人の神琴の存在に、混乱していたが、本物の神琴の声に、冷静さを取り戻すと共に、それに対応するよう、既に、手に持っていた『閻円』で応戦する。
キィィィンッ!!
響く金属音は、ベンケイの持っていた『閻円』が弾き飛ばされた音。
村正は、最初から、その刀が『閻円』ということも知っていたのだろうか、ベンケイが防御に回った所をすかさず、弾いたのだ。
「それがなにか?」
しかし、ベンケイは冷静に、自身の持つ魔道具に手を入れる。
空間雪原より、また新たに刀を振り抜く。
炎の刀、名を、『ミルフィーユ』。
「あっはぁ。計算通りなんだなぁ!」
「負け惜しみですか?」
ベンケイは、ミルフィーユを振る。
すると、周りの空気が、燻り、焦げる。
刀の通り道が燃えていく。
「あっついねぇぇえ!」
炎を受けながら、村正は後退し、距離を十分にとった。
ベンケイの炎刀を警戒してのことだろう。
そんな二人の攻防の最中。
神代神琴は、弾き飛ばされた『閻円』の元へ歩み寄る。
ニヤリと、口元を吊り上げる村正。
そして、地下から地上へと、到着したアルベルトは叫ぶ。
「神琴ちゃん! 触ったらダメだ!!」
「あぐっ!??」
アルベルトの叫ぶ届かず。
すでに、神琴は念願の『閻円』を手に握り、その瞬間苦痛の声をあげる。
「ぐっあああっ!!?」
「どうして、閻円の力で神琴さんが苦しんでいるのですか?!」
「余所見とは余裕だねー」
「ぐっ!!」
苦しむ神琴に、疑問を投げかけるベンケイだが、それを邪魔するように、村正が斬りかかる。
それを炎の刀で受け止めるベンケイ。
「神琴ちゃんは、今、生霊の状態なんだ。身体はそこにいる村正に取られている、だから、早く閻円を手から離さないとヤバい!」
ベンケイに説明すると同時に、神琴に駆け寄るアルベルト。
彼女の手にある刀、『閻円』はアルベルトの作品だ。
「もっと俺が早く気づいていれば……。閻円も鍛刀しなければ、神琴ちゃんは!」
必死に刀を引き離そうとするが、彼女の手は固く鎖されている。
苦しみのあまり、神琴は既に気絶していた。
「アルさん! 今はそんなことを言ってる場合ではないですよ」
「お喋りが過ぎるぜ。メイドのねえーちゃん!」
「あなた程度、喋りながらでも余裕ですよ?」
「なんだと!」と、村正は怒る。が、その一瞬の隙をつく、ベンケイは炎の刀で一突き。
村正は、よろめきながら、自身の刀で、どうにか防御するも、ベンケイのけたぐりに転ばされる。
まんまと、ベンケイの煽りに乗せられたのだ。そんなことはお構い無しに、彼女は続ける。
「神琴さんは、アルさんに大変感謝していましたよ。誰も味方がいなくなった世界で、不安と戦いながらも、その閻円を作ってくれる鍛冶師をずっと探していた」
「舐めやがってぇぇぇ!」
くるりと、後転し、立ち上がる村正は、更に激昴する。
しかし、怒りに任された妖刀は、右に、左に力いっぱいに振るわれるも、簡単に避けられ、さらにベンケイは僅かな隙間を炎の刀で薙ぐ。
「あっついってば!?」
「そんな時、あなたに出逢ったと」
熱さを嫌う村正は、一歩後退。
ベンケイは、それに合わせるように前に飛び、炎の刀を無茶苦茶に振るう。
それと、一緒に言葉を紡ぐ。
「こんな得体も知れない自分の話を聞いてくれた。美味しいご飯を作ってくれた。好意の形として贈り物をくれた」
アルベルトは、ハッとなる。
偽物の神琴にあった違和感。その一つが、髪飾りの有無だったのを思い出す。
サジタリウスで、神琴に買ってあげたアマリリーの髪飾り。
その日から、ずっと、付けていてくれた。
「神琴ちゃん」
髪飾りの付いた、綺麗な黒髪を撫でる。
「神琴さんだけではありません。それに。それに、私も、あなた方を好いてますから。ですから、早く、神琴さんを」
「お喋りはそこまでだぁぁぁ!」
怒りが頂点に達した村正も、無茶苦茶に斬り掛かる。
「さっきから直接来ないのは、この女の体を傷つけたくないからかぁーい? 仲間想いのいい子ちゃんがよぉ!!」
「五月蝿い」
村正と、ベンケイの戦闘を他所に。
アルベルトは、小さく「ありがとう」と呟いた。
「閻円を引き剥がすには、この方法しかないね」
アルベルトは、腰に提げた鍛冶道具を手に取る。
炎の魔法具、ハープと共に。
これより、鍛刀を始めるのだ。
「閻円を素材にすることで、出来る刀が一本ある。素材は、神獣の羽衣、清めの御札と、それに」
取り出したるは、蓄えていた神獣『黒猿』の毛皮。買っておいた御札。そして。
「神琴ちゃん、ごめんね」
アルベルトは、神琴の髪に飾られた、綺麗な花の髪飾りを外す。
アマリリーの花飾り。それが最後の素材。
魔法の炎は、一瞬で燃え盛り、閻円の刀身を赤くする。
同時に、黒猿の毛皮と新品の御札を燃やし、清める。
真っ赤な炎が、真っ青な冷たい炎に変化し、刀全体を包むと、すかさず、アマリリーの花飾りを、金槌で砕き、刀身と共に叩いていく。
「神琴ちゃん」小さく呟く。
「神琴ちゃん」
その行為は、アルベルトが普段から行っていた鍛刀とはまるで違う。
祈りを込めて、一発一発を、金槌に乗せ、叩く。
神琴を失いたくない。
アルベルトも、神琴と同じように、彼女が来るまで一人だった。
救われていたのはお互い様で。
料理人としての、現世の自分も、彼女が美味しいと、料理を食べてくれることで、思い出せていたんだ。
前世の自分は幸せだったんだと。
誰かと食べる食事はいつぶりか。それが楽しいことも、思い出させてくれたのは全部、神琴だったんだから。
「アル?」
全ての工程が終わると、神琴は静かに目を覚ました。
「神琴ちゃん!? よかった!」
閻円の退魔の力が消えたのは、新たな刀に生まれ変わったから。
それと、同時に、苦しみから解放された神琴が目を覚まし、アルベルトをじっと見つめる。
「……よかった。無事だったのだな」
「っ!?」
アルベルトは、彼女が目を覚まし、放った最初の一言が、自分への心配事だったのに、心底感服していた。
「こんな所まで連れてきて、危険なことに巻き込んですまないと思っていた。お主が無事で、本当に」
よかった。と言い終わる前に、神琴は意識を失う。
いや、ただ、疲れたのだろう。深い眠りに落ち、すぅすぅと、気持ちよさそうな寝息をたてている。
そんな彼女を、アルベルトは愛しく思うと、優しく。
シャボン玉を壊さぬように、優しく、優しく抱きしめる。
苦しみ、絶望の果てに、自分の仇を目の前にしてもなお、アルベルトの心配をしていてくれたのだ。
ただ、何かが滾るのをアルベルトは感じていた。




