巫女と妖刀
田舎の鍛冶屋に生まれた男、名を、アルベルト。
彼は年端も満たない時、父親にこんな話をされた。
「いいかい、アル。これはこの世界のありとあらゆる剣や刀を記された刀剣図鑑だ。我々鍛冶屋は、この図鑑を見て、刀剣を生成するわけだが……」
アルベルトの父親は、嘆いた。
こんな田舎にいたのでは、鉄や、鋼で作る簡単な刀剣しか作れなかった、と。
アルベルトの父親も、その父親から図鑑を授かってからは、毎晩眺めて、自分で全てを作ってみたいと考えていた。
しかし、その歳になるまで、未だ2種類。
『虎鉄』と、『玉鋼』しか図鑑を埋められていなかった。
「もうすぐお前も15歳になる。一人前の鍛冶屋となり、父の念願である、この図鑑のページ全てを作ってみてほしい。それだけが、父の願いだ。頼んだよ」
そう言って、アルベルトの父親は旅に出た。
15歳になる息子を残して。
「あれから3年になるか……」
そう懐かしむ彼は、空を見上げては一息つく。
日課の農作業が一段落ついたのだ。
「親父から農作業も鍛冶師としての技術も叩き込まれてたから、今までやってこれてたけど……このまま、田舎の鍛冶屋で終わっていいのかねー」
前世では、料理人で成功していたアルベルト。その記憶もあってか、今の商売に少しだけ疑問を覚えていた。
父親は失踪し、母親は彼が幼い頃に他界している。大切な人もいない世界で一人、ぼんやりと暮らしていく。
何もしないでいいものか、と。
「まあ、なるようになるだろうな。さ、早いけど昼飯でも作りますか」
「そこの者……頼みがあるのだが……」
急に話しかけられたことに対し、驚き、振り返るアルベルト。
そこにいたのは、1本の棒に体の体重を預け、気だるそうにしている女の子。
洋装は、彼の馴染みがある懐かしい衣装。紅袴。
「和服だと!? なんでこんな異世界に巫女さんが着るような紅袴があんだよ?!」
「そ、そんなことより……お腹……お腹が空いている……」
アルベルトの驚きを他所に、彼女は自分の空腹状態を訴える。よく見れば、その巫女服もどこか薄汚れているようにも見える。
はあー、と1つ溜息はアルベルト。
長い旅をしてきたのだろう。しかし、見知らぬ人だろうが、なんだろうが、お腹を空かせている人がいるなら、と。久しぶりに本気で料理をしてみようと思ったのだろう。
腕を捲ると、今朝取れた野菜を抱えて家の中へ。
「入りなよ、あんた。話は食事後で聞かせてもらうからな」
「すまない。恩にきる」
うきうきと、アルベルトは家の中へ、少女を迎え入れる。
1人きりじゃない食事が、彼にはたまらなく嬉しく思えたのかもしれない。