1 影
ある日、
僕はその日も壁を見ていた。白い壁には僕が退屈しのぎのために貼った様々なポストカードが貼ってある。
長時間のバイトで疲れた僕は何をする気力もなく、ただ座椅子に腰を下ろしてそれをぼうっと眺めていた。
ふと、視界の隅で何かが揺らいだ気がした。カーテンかと思い顔を向けたが、カーテンはぴくりとも揺れていない。そもそも、隙間風もないこの部屋で、窓を閉め切っているのにカーテンが揺れるはずもない。
目も疲れているのだろう。きっとそのせいだ。
見間違いかと思い、視線を外したその時、壁の端から何か黒いものが這い出てきた。
ぬらり、と出てきて壁に張り付いたその影は猫ぐらいの大きさで、頭があるように見える。
僕は異常な光景に固まった。
壁には亀裂や穴などない。光を通さず、黒く揺らめくこの物体はなんなのか。
影は、ぬらぬらと這い出て、僕の正面まで来た。そうして出てきた全体像を見て僕は確信した。
(こいつはトカゲか何かの爬虫類だ。)
ひし形の頭部に腹、尻尾、両側に広がって壁に張り付く4本の手足。
そこまで分かってもなお、僕は目を軽く見開いて口を半開きにしたまま動かなかった。
目の前に現れたそれが明らかに異常だと気付いてはいたが、仕事で疲れていた僕の頭は全く動いていなかった。ただ「こいつをどこかで見たことがある、よく知っている」とだけ頭に浮かんだ。だが、それがなんなのかどうしても思い出せない。
そんな馬鹿みたいに無意味な思考を巡らせているうちに、くい、と影が頭をもたげた。
おそらくこちらをじっと見ている。
そして、こう呟いた。
「おまえ、死にたいのか?」
僕は突然聞こえた声に目を見開いた。
まだ若い男の声だった。
僕が何も答えずにいると、影はすっと頭を戻して、またぬらぬらと体をくねらせ、反対側の壁の端に消えた。
僕はしばらくの放心状態の後、ははっ、と笑った。
「…余計なお世話だ。」
思い出した。
あの動き、形。
あれは、子供の頃実家で良く見ていたーーーー、
「家守だ」