表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

木彫りトナカイと赤服爺さん

作者: りりん

大人向けのファンタジーのつもりで書きました。

 12月24日。

 こんな日だというのに、オレの会社では小さいながらも忘年会があった。まったく、なんでこんな日に予約いれてんだか。幹事のひねくれっぷりが良く分かる。

 オレは少しばかりぼうっとした頭で、駅から自宅のオンボロアパートに向かう。

 駅前はクリスマスのイルミネーションで赤や青の光がにぎやかだ。でも、ひとつ路地を曲がれば、薄暗い街路灯が頼りの住宅街に入る。

「うっ・・・ゲーッホッ」

 自宅のアパート近くまできたら、赤い服のコスプレサンタが電柱に手をついてゲーゲーやっていた。

おいおい・・。

「おい、大丈夫かよ」

 見知らぬサンタの背中をさすってやる。

「あぁ・・・すまんの。気圧変化と横ジーにやられてしまったわぃ。うっ、ゲホッ」

 意味分からん。

 もうずいぶんな爺さんだ。こんな年になっても働かなくちゃ食ってけないなんて、この国と自分の将来が心配だ。

 爺さんはずいぶんと立派な白いヒゲを、自分が戻したもので汚してしまっていた。良く見ると、服も結構汚れている。

「今日はもう、仕事終わり?」

「いや、これからじゃ」

 そいつはキツイ。どんな仕事か知らないが、ケーキを売るにしてもこのままではムリだろう。

「その格好じゃ仕事できないだろうから、うちでちょっと洗っていきなよ」

「ああ・・・すまんの。助かるわぃ」

 爺さんは傍らに置いてあったトナカイに手をついた。

 あれ?こんなものさっきまであったっけ。

 それは手作り感たっぷりの木彫りのトナカイに、マジックで色を塗ったようなものだった。四本の足には木でできたタイヤがついている。

 爺さんがトナカイを手で押すと、木のタイヤが「キーコキーコ」と鳴った。

キーコキーコ・・・、キーコ、キーコ・・・

 アパート1階の、オレの部屋の前についた。

「それは外に置いといてくれよ」

 トナカイを指差してそう言った。

「ん、そうじゃの。・・・ルドルフ、ここで待ってておくれ」

 それ、名前ついてんのか。

 爺さんを家にいれ、そのまま風呂場に通す。

「服はどうする? 洗ってくか?」

 「うむ」と言って爺さんは服を脱いだ。着ているときは分からなかったが、ずいぶん痩せている。まともにメシを食ってるとは思えない痩せっぷりだ。

 赤服を洗濯機に入れ、その上にテキトーに洗剤をまき、スタートボタンを押す。

 風呂場からシャワーの音が聞こえてきた。

 オレはファンヒーターとコタツのスイッチを入れ、茶を飲みながら爺さんを待った。

しばらくして、なんとなく外に置いてある木彫りのルドルフのことを思い出し、玄関に入れてやった。

「キーコ」

 タイヤが鳴る。

 感謝の言葉か? オレは少し、おかしくて笑った。

 みかんをコタツの上に何個か置いて、一つ目を食べていると爺さんが風呂場から出てきた。

「そこらへんにドライヤーあるから、使ってよ」

「すまんのー。なんか、着るものないかの?」

 忘れてた。

 オレはとりあえず、何年も前に買って1度も着ていない真っ赤なトレーナーとTシャツ、なぜか上司がくれた赤いトランクスとモモヒキを、爺さんに渡した。赤ずくしだ。

「その服、あげるから。・・・洗濯終わったら、ファンヒーターで乾かすからさ、ちょっと待っててよ」

 上下真っ赤で頭だけが白い髪とヒゲで覆われている、コメディ映画の囚人みたいになった爺さんに言った。

「うむ。」

 それだけ言ってコタツに入ってきた。

 みかんを食っているオレを爺さんはジーっと見る。なんだ、腹減ってんのか?

「みかん、食う?」

 爺さんが大げさなほど首を上下に振るので、オレはありったけのみかんをコタツの上に置いた。みかんなら、田舎から送ってきたものが腐るほどある。箱から出してみたら、実際に腐っているのもあった。

 それからは爺さんは無言でみかんを食べ続けた。

 その間に洗濯が終わり、赤服をハンガーにかけてファンヒーターの前に吊るし、オレもシャワーを浴びた。

 風呂場から出ると、もう爺さんは自分の赤服を着て出かける準備を整えていた。

「それ、もう乾いたの?」

「うむ! 助かったわぃ。このお礼は必ずするからの。おぬし、何か欲しいものはあるかの?」

 みかんを腹いっぱい食べて元気がでたらしい。さっきまでの弱り方が嘘のようだ。

 それにしても、自分が食べるものにも苦労している老人から、何かをもらうなんて、そいつはムリってもんだろ。オレはしばらく考えて、

「そうだなぁ。・・・じゃぁ、人生に何回かあるっていう、モテ期をくれ」

 イブの夜に見知らぬ爺さんを介抱したのだから、そのくらいほしい、というのが本音だ。

「そいつは難しいのぉ。何か、物ではないかの?」

「あはは、いいっていいって。ほんとに欲しい大事なもんは、目に見えないって言うだろ?」

 爺さんは少し困ったような顔をしたが、すぐに笑顔になった。そして、

「メリークリスマス!」

 そう言って、玄関先まで行ってルドルフにまたがった。

 木彫りのトナカイが「キィ」ときしむ。

 そして、・・・・・・何が起きたのだろう? 急にトナカイが黄色く、爺さんが赤く光だし、

「キュィィィィィーーーーー!」

という音とともに消えた。

 しばらく、呆然とする。

 ああ・・・、きっと悪酔いして変な夢でも見てるんだ。もう一度寝れば、ちゃんと目が覚めるさ。


 翌朝、オレの枕元にプレゼントらしい、きれいな赤い紙に包まれた箱が置いてあった。中を見てみると、紙切れが一枚。そこには、こう書かれていた。

「大事なものは、見えないんじゃろ?」

 あー。

 この箱は、厚紙か。今年最後の紙類のゴミの日はいつだっけ?

そんなことを考えながら、顔を洗いに洗面所に行く。


 ふと視界に入った洗濯機は、ピカピカの新品になっていた。




「木彫りトナカイと赤服爺さん」

 おしまい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] サンタはどうでもいいです。人生に何回かあるモテ期を求めるところが最先端だと思いました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ