木彫りトナカイと赤服爺さん
大人向けのファンタジーのつもりで書きました。
12月24日。
こんな日だというのに、オレの会社では小さいながらも忘年会があった。まったく、なんでこんな日に予約いれてんだか。幹事のひねくれっぷりが良く分かる。
オレは少しばかりぼうっとした頭で、駅から自宅のオンボロアパートに向かう。
駅前はクリスマスのイルミネーションで赤や青の光がにぎやかだ。でも、ひとつ路地を曲がれば、薄暗い街路灯が頼りの住宅街に入る。
「うっ・・・ゲーッホッ」
自宅のアパート近くまできたら、赤い服のコスプレサンタが電柱に手をついてゲーゲーやっていた。
おいおい・・。
「おい、大丈夫かよ」
見知らぬサンタの背中をさすってやる。
「あぁ・・・すまんの。気圧変化と横ジーにやられてしまったわぃ。うっ、ゲホッ」
意味分からん。
もうずいぶんな爺さんだ。こんな年になっても働かなくちゃ食ってけないなんて、この国と自分の将来が心配だ。
爺さんはずいぶんと立派な白いヒゲを、自分が戻したもので汚してしまっていた。良く見ると、服も結構汚れている。
「今日はもう、仕事終わり?」
「いや、これからじゃ」
そいつはキツイ。どんな仕事か知らないが、ケーキを売るにしてもこのままではムリだろう。
「その格好じゃ仕事できないだろうから、うちでちょっと洗っていきなよ」
「ああ・・・すまんの。助かるわぃ」
爺さんは傍らに置いてあったトナカイに手をついた。
あれ?こんなものさっきまであったっけ。
それは手作り感たっぷりの木彫りのトナカイに、マジックで色を塗ったようなものだった。四本の足には木でできたタイヤがついている。
爺さんがトナカイを手で押すと、木のタイヤが「キーコキーコ」と鳴った。
キーコキーコ・・・、キーコ、キーコ・・・
アパート1階の、オレの部屋の前についた。
「それは外に置いといてくれよ」
トナカイを指差してそう言った。
「ん、そうじゃの。・・・ルドルフ、ここで待ってておくれ」
それ、名前ついてんのか。
爺さんを家にいれ、そのまま風呂場に通す。
「服はどうする? 洗ってくか?」
「うむ」と言って爺さんは服を脱いだ。着ているときは分からなかったが、ずいぶん痩せている。まともにメシを食ってるとは思えない痩せっぷりだ。
赤服を洗濯機に入れ、その上にテキトーに洗剤をまき、スタートボタンを押す。
風呂場からシャワーの音が聞こえてきた。
オレはファンヒーターとコタツのスイッチを入れ、茶を飲みながら爺さんを待った。
しばらくして、なんとなく外に置いてある木彫りのルドルフのことを思い出し、玄関に入れてやった。
「キーコ」
タイヤが鳴る。
感謝の言葉か? オレは少し、おかしくて笑った。
みかんをコタツの上に何個か置いて、一つ目を食べていると爺さんが風呂場から出てきた。
「そこらへんにドライヤーあるから、使ってよ」
「すまんのー。なんか、着るものないかの?」
忘れてた。
オレはとりあえず、何年も前に買って1度も着ていない真っ赤なトレーナーとTシャツ、なぜか上司がくれた赤いトランクスとモモヒキを、爺さんに渡した。赤ずくしだ。
「その服、あげるから。・・・洗濯終わったら、ファンヒーターで乾かすからさ、ちょっと待っててよ」
上下真っ赤で頭だけが白い髪とヒゲで覆われている、コメディ映画の囚人みたいになった爺さんに言った。
「うむ。」
それだけ言ってコタツに入ってきた。
みかんを食っているオレを爺さんはジーっと見る。なんだ、腹減ってんのか?
「みかん、食う?」
爺さんが大げさなほど首を上下に振るので、オレはありったけのみかんをコタツの上に置いた。みかんなら、田舎から送ってきたものが腐るほどある。箱から出してみたら、実際に腐っているのもあった。
それからは爺さんは無言でみかんを食べ続けた。
その間に洗濯が終わり、赤服をハンガーにかけてファンヒーターの前に吊るし、オレもシャワーを浴びた。
風呂場から出ると、もう爺さんは自分の赤服を着て出かける準備を整えていた。
「それ、もう乾いたの?」
「うむ! 助かったわぃ。このお礼は必ずするからの。おぬし、何か欲しいものはあるかの?」
みかんを腹いっぱい食べて元気がでたらしい。さっきまでの弱り方が嘘のようだ。
それにしても、自分が食べるものにも苦労している老人から、何かをもらうなんて、そいつはムリってもんだろ。オレはしばらく考えて、
「そうだなぁ。・・・じゃぁ、人生に何回かあるっていう、モテ期をくれ」
イブの夜に見知らぬ爺さんを介抱したのだから、そのくらいほしい、というのが本音だ。
「そいつは難しいのぉ。何か、物ではないかの?」
「あはは、いいっていいって。ほんとに欲しい大事なもんは、目に見えないって言うだろ?」
爺さんは少し困ったような顔をしたが、すぐに笑顔になった。そして、
「メリークリスマス!」
そう言って、玄関先まで行ってルドルフにまたがった。
木彫りのトナカイが「キィ」ときしむ。
そして、・・・・・・何が起きたのだろう? 急にトナカイが黄色く、爺さんが赤く光だし、
「キュィィィィィーーーーー!」
という音とともに消えた。
しばらく、呆然とする。
ああ・・・、きっと悪酔いして変な夢でも見てるんだ。もう一度寝れば、ちゃんと目が覚めるさ。
翌朝、オレの枕元にプレゼントらしい、きれいな赤い紙に包まれた箱が置いてあった。中を見てみると、紙切れが一枚。そこには、こう書かれていた。
「大事なものは、見えないんじゃろ?」
あー。
この箱は、厚紙か。今年最後の紙類のゴミの日はいつだっけ?
そんなことを考えながら、顔を洗いに洗面所に行く。
ふと視界に入った洗濯機は、ピカピカの新品になっていた。
「木彫りトナカイと赤服爺さん」
おしまい。