お金をどう使うか、それが問題です
レベル三十になりました!
道士がレベル三十になると、ヒーラー職である学士とアタッカー召喚士を選択できるようになります。
学士は『サモニング・コール』で妖精さんを呼べるようになります。対して召喚士は、ハースールの他に様々な、強力な使役獣を呼べるのです。
どちらにするか悩むところでありますが……、レベルも共通で切り替えができるとのことなので、特に気にせず、召喚士で進めていこうと思います。
「ステ振りも共通だからな。アタッカー職の道士でやってるやつは大抵INT振りだろ」
「回復魔法、参照パラMNDだもんね」
INTは知力、MNDは精神を示しています。
レベルが上がることで自由に振れるパラメータ値ですが、道士の間はたしかにINT振りでした。
つまり、ここで学士を選んでもMNDが低くて回復量が劣るわけですね。
「振り直しチケットが用意されてるあたり、運営の優しさを感じるよな」
「サービス当初は課金アイテムだったんだよねぇ……」
「ものの見事に、一ヶ月足らずで交換アイテムになったけどな」
このゲームにおいて、課金はあまりパワーバランスへの影響がありません。
課金ガチャでレア装備。装備を鍛えるための保護アイテム。そういったものが一切排除されているため、リアルマネーをつぎ込んで強くなることは出来ないようです。
その分、月額料金が必要になるわけですが、その料金も高くないですから良心的な運営と言えるでしょう。
では、課金アイテムは一体どのようなものがあるのでしょうか?
そう思ってラインナップを見てみることにします。
『ビークル:ホワイトホース』
『エモーション:盆踊り』
『ウェディングプラン:プレミアム』
『移し身の薬』
『ビークル』はフィールドを移動するための乗り物です。
そう言うと便利そうに思えますが、ストーリークエストの進行によって入手できますから、どうしても必要なものではありません。
『エモーション』はコミュニケーションツールです。なくても体を動かせばできることですが、システムアシストが入るので動作がラクになるようです。
『移し身の薬』はキャラクターメイキングのやり直し、です。キャラクターデリートをせずに外見を変えるには、このアイテムを買う必要があります。
さて。『ウェディングプラン』です。
このゲームは、プレイヤー間で結婚することができるのです!
課金が必須というわけではなく、無料のプランも用意されているのですが……。
紹介されているプレミアムなプランを見るに、結婚式で他のプレイヤーへ配る引き出物ですとか、新郎新婦の着る衣装ですとか……。
ゲームの方向性というか、力の入れ具合に驚きを隠せません。
「ノノメメは結婚してるぞ」
「ミルクさんだってしてるでしょ」
「えっ!?」
ノノノさんとメメメさんについては納得です。
プレイヤーさんは女性同士だそうですが、キャラクターは男女でお似合いだと思います!
お二人とも仲が良いですし、なるほどと思いました。
ですが……!
ミルクさんが!
ミルクさんが結婚というシステムに迎合してしまっているのが、意外と言う他なかったのです!
「指輪とドレスが欲しくてな。まあ、ドレスの方は使い道なくてタンスの肥やしになってるけど」
さすがのオシャレさんらしい回答でした。
とはいえ、気になることが残っています。
「お相手はどなたなのですか?」
「スミレさんだよ」
「おおぉ~」
一気に大人の関係感が出てきました。
ミルクさんは衣装欲しさだったと言い切りましたが、相手がスミレさんとなれば話は別です。
お二人が一緒にいるときの雰囲気……!
見た目は女性同士ですが、まさに恋人同士のそれではありませんか!
「プロポーズはどちらから!?」
「トキ、てめーが余計なこと言いやがったから暴走してんぞ」
「はは、申し訳ない」
むふーと鼻息荒く詰め寄る私の額を手で押さえつけて、ミルクさんが不機嫌そうな顔になります。
「形だけだっつーの。アイテムは手に入れたし、さっさと離婚しちまってもいい」
「それ、スミレさんには絶対言っちゃだめだよ」
「ですです!」
「面倒くせえ……」
**
ハッピーハロウィーン!
今、ジューイチではハロウィンイベントを開催中です。
季節イベントは結構マメにあるようで、クエストをこなすことで衣装や家具、お菓子などがもらえるのです!
もらえるお菓子はクッキーやチョコレート、キャンディなどなど。有名ブランドとのコラボもしているらしく、味覚もバッチリです。
VRならいくら食べてもリアル体重への影響もありませんからね!
今日はスミレさん、ノノメメさん、それからイオナさんやエレノアさんといった女性陣とご一緒しています。
「甘味は正義!」
みなさんの目が輝いています。
ゲームとは思えないようなクォリティです。お菓子に囲まれる……幸せです!
「例のアレ、なかなか買えないからね~」
「毎日チェックしてるんだけど、すぐ売り切れてるみたい」
「出品も少ないし、争奪戦やばいです~」
「アレってなんです?」
「アリスちゃん、知らない? ミルクさんが作ったお菓子、人気なんだ~」
「えっ、そうなんですか!?」
「プレイヤーメイドのアイテムは、プレイヤーによって品質が変わるんだけど……」
「食べ物にまで影響あるのよねぇ」
「ミルクさんの作ったお菓子、美味しいですよー」
「ちょっと納得いかないけどねw」
「でもそれなら、直接お願いして作っていただいたらどうです?」
同じユニオンのメンバーなのですから、と付け加えます。
「うーん……」
「代価に何要求されるわからない!」
「依頼するとかえって鼻で笑われる!」
「想像できますね……」
悲しいかな、ミルクさんに対する評価は仕方がないと思われます。
金策ではなく、単なる趣味で作っているようなので……。現状維持が大事なようです。
そんなに美味しいのかぁ、食べてみたいなぁ。
「アリスちゃんは、お料理とか得意?」
「得意ではないですね」
「おおっとー? それって、『ちょっとくらいはできますよ』ってアピールかなー?」
スミレさんの質問に答えたところで、エレノアさんが私のほっぺをつついてきます。
「人並みですよ、人並み。ただ、お母さんからは台所への進入禁止令が出てるので、最近はあまり」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
なにかおかしかったでしょうか?
「あ、あのNPCじゃない?」
イオナさんが指さしたところで、調理服を着た種族ネコミミさんのNPCを発見しました。
彼女がこのハロウィンイベントのクエストNPCと思われます。頭の上に、緑色の『!』があるのですから。
私たちは連れ立って、彼女のもとへ進みました。
「あなた達が、最近ウワサの冒険者さんたち?」
「誰がどんなウワサしてるか知らないけど、私たちは冒険者だよ」
「ちょうどよかった。依頼があるんだ。受けてくれるね?」
>>クエストを受注しました。
イオナさんはNPCと自然に会話を始めたことで、パーティメンバーである私も同時にクエスト受注をしたことになったようです。
詳しい内容を聞くことにしましょう。
「私はこの街で、『ハロウィン』なる奇祭が行われていると聞いてやってきた、旅の調理師なんだが」
「一昔まえのアニメみたい、旅の調理師w」
「特級料理人みたいなアレですかー?」
「おや、君は私のことを知っているの?」
「いるんだw 特級料理人w」
「三年前に、聖都ミズガールで料理バトルを制したことで、特級料理人に任命されたんだ」
「ここでミズガールw」
「神秘的なイメージだったのにw」
聖都ミズガールは、ストーリー中に名前だけ出ていて、まだ訪れることのできない都市です。
帝国からの侵略、邪神の眷属からの侵攻。それらから都市を守るために、都市に結界を張って外界との交流を完全に遮断している――という設定になっているのです。
学術都市でもあり、古代文明の痕跡が色濃く残るという……ちょっと詰め込んでいるような感も否めませんが、アップデートでいずれ行けるようになるのでは? とされています。
驚いたことに、目の前の特級料理人の彼女がその都市の出身だというのです。
「でもそんな情報あった?」
「隠し設定だったのかも」
NPCのAIは、会話に柔軟に対応できます。そのためか、特定のキーワードに反応することでこのように隠し設定についての情報が得られるのです。
今回のこれは、皆さん予想外でした。
「旅に出てすぐ聖法結界が張られてね、戻れなくなってしまったけど」
「とりあえず依頼の内容教えてもらえますか」
「アリスちゃん、そういうブレないところ、誰に影響うけたの」
私達がここに着たのはハロウィンのお菓子のためなのです。
ミズガールについては、クエストが終わってから話を聞けば良いのではないかと思っただけなのですが……。
「ああ、すまないね。依頼の内容は――この奇祭で使うお菓子を一緒に作って欲しいんだ」
「えっ」
「えっ」
「腕が鳴りますねぇ!」
**
>>クエストをクリアしました!
「こういうさあ、お菓子作りはバレンタインでやるもんじゃないの??」
「クッキー作りの小麦採取からするなんて、どうかしてますー」
「調理場、阿鼻叫喚だったね……」
心なしか、みなさんぐったりしてます。
まさかの納品クエストでした……!
「とりあえずアリスちゃんは、台所進入禁止だね」
「異議なしですー」
「です~」
「たまたま失敗しただけじゃないですか!」
「他のプレイヤーの鍋まで焦がすのは、たまたまとはいわないよw」
偶然なのですけれど……。
と、そこへニンジンさんが特級料理人さんのもとへ向かうのが遠目に見えました。
「ニンジンくんもこの苦労を……あれ?」
「どこ行くんだろ」
ニンジンさんは、クエストを受注すると同時に調理場とは別のほうへ走っていきました。
どうしたんでしょう??
>>イオナ・セーラム「ニンジンさん、クッキー作んないの?」
>>ニンジン・ナガサキ「作りませんよw作れませんよw」
>>ニンジン・ナガサキ「オクボで買って済ませます」
オクボというのは、オークションボードのことです。
私たちは、言葉を失い立ち尽くしていました。
納品系のクエストは――
お金で解決するのだと――
知っていたのに、忘れてたのですから――