ユニオンに誘われました!
『ミルライヒの砦』攻略の翌日。いつものように広場ではーちゃんと戯れていた私のところへやってきたのは、トキさんたちでした。
「こんにちは、アリスちゃん」
「こんにちはです、みなさん」
「このメス猫はシーシー。まあ覚えなくてもいい」
「ちょっとちょっと! そういうのトッキーだけにしといてよね!」
「え、えと。アリスです、よろしくおねがいします」
「おっはろ~、よろしくね!」
挨拶と同時にフレンド申請が飛んできたので、これを承諾します。
シーシーさんはミルクさんと同じネコミミさんですが、ミルクさんより身長がちょっと高いようです。
「誰だよ、コイツ連れてきたの」
「ミルクさんでしょ。シーはログインしたら大体ミルクさんとこ引っ付いてるし」
「落ち着くんだよねぇ」
「ミルクさん、おモテでらっしゃるんですねぇ」
「お前も言うようになったじゃねーか、アリス」
「あ、す、すみません!」
「ははは」
つい軽口を言ってしまったと気づいて謝るのですが、ミルクさんは大きく笑いながら私の頭を撫でてきます。失言に怒っているようではないので、そこは安心ですが……。
ふと、トキさんが驚愕の表情を浮かべていることに気が付きます。
「トキさん?」
「あ、いや。ミルクさんがこんなに声あげて笑ってるの、初めて見たから」
「はぁ……」
珍しい、ということなのでしょうか。
まだ付き合いの浅い私が言うのもおかしなことですが、たしかにミルクさんが上機嫌になっているのは初めてです。
私たちが戸惑っている間にもミルクさんの撫で回しは続いています。頭を撫でていた手は首筋へ、そして胸元へと伸びようとしていました。
「コラー! スミレちゃんに怒られるよ!」
「ちっ、今日の小姑はテメーか」
シーシーさんがミルクさんを引き剥がしていき、私から遠ざけてお説教を始めます。
当のミルクさんはと言うと、右手の小指を右耳に入れつつ顔をしかめています。その様子は、イタズラを叱られる子供のようで……って、そのまんまですね。ちょっとかわいらしいです。
「あんまり言いたくないけど、ミルクさんがいると話進まないから……シーが来てくれてよかったよ。あと、一応わかってるとは思うけど、あんまりセクハラの度が過ぎるようなら、ちゃんと通報してね」
「はい、大丈夫ですよ。ミルクさんも、私が本当に嫌がることまではしないでしょうし、さっきのだって、本当に触ろうとしていたわけではないんでしょう?」
「……驚いたな」
「え?」
「あぁ、いや、なんでもないよ。それで、今日来たのは……話があったからなんだ」
「はい、なんでしょう?」
「アリスちゃん、うちのユニオンに入らない?」
「ユニオン……て、なんでしたっけ……」
お説教の終わったミルクさんたちが笑っています。
確か前に説明されたような気もしますが、うう、恥ずかしいです。
「ユニオンていうのは……、他のゲームにおけるギルド、チーム、クランとか、名称はいろいろあるけど、中身は大抵一緒でね」
「ネトゲ初めてつってたし、他ゲー例に出しても分からんだろ」
「それもそっか。何ていうかな、プレイヤー同士が集まって共同体になる、みたいな」
「クラブ活動みたいなものですか?」
「結構いい線突いてきたな」
「イメージとしてはそれでもいいかな」
「なるほど。……それで、私を、みなさんのお仲間に、ということでしょうか?」
「うん。どうかな」
トキさんに問われます。その表情はどこか不安げです。
そうですよね、こうやって誘って断られたらと思うと、不安になりますよね。
「断ったら、あとでトキ弄りが捗るわ」
ミルクさんが身も蓋もないことを言います。
トキさんの表情は、からかわれることを危惧してのものだったのでしょうか……。
「うちは特に厳しいルールもノルマもないからラクだし、みんないい人だから楽しいよ~」
「口が悪いやつらばっかだけどな」
「ミルクさんがその筆頭だよ……」
「ふふ」
みなさんの掛け合いが面白くて、つい笑みがこぼれます。
彼らは、『私が断ったら』を考えていますが、その心配をする必要なんて、ないのに。
「嬉しいです。みなさんともっと仲良くなれる、ってことですよね」
「そだよ~。この世界をもっと楽しむための仲間に、一緒になろ!」
「オッケーってことで、いいのかな?」
「はい、もちろんです!」
「よかったぁ」
「まだまだわからないことだらけの初心者ですが……よろしくおねがいしますね」
「改めて、よろしくね!」
「うん、よろしく。それじゃあ勧誘申請を……って、あ」
「トキ、てめー勧誘権限ねーだろ」
「はい……」
「権限?」
>>ユニオン『NightWalker's』から勧誘申請が届きました。
尋ねたところで、システムからの通知です。
これを開くと、『承諾』『拒否』の選択肢が出たので、『承諾』を選択です。
すると、私のキャラクターのネームプレートに、【NW】というタグがつきました。表示は、【NW】アリス・ネージュとなっています。
NWというのは、NightWalker'sの略称のことでしょうか。
メニュー項目の『ユニオン』が選択できるようになっていて、こちらを開くと在籍メンバーの一覧や活動履歴などが見られるようになっているようです。
メンバー一覧には私の名前が載っています。役職は『コモン』。
コモン……顧問? そんなに偉そうなのをもらっちゃっていいのでしょうか?
>ガレット・コア「アリスさん、いらっしゃい~」
>イオナ・セーラム「よろしくー!」
>ノノノ・ヤワラカ「よろしくです~」
>メメメ・サワヤカ「しくよろです~」
>エインズ・ワース「君が噂のご新規さんか」
>エインズ・ワース「トキにたぶらかされちゃって、かわいそうに……」
>オフトン・ザブトン「新人さんを怖がらせるのはよしときましょうね」
>オフトン・ザブトン「ちょっとずつ慣らしてからにしましょう」
>イオナ・セーラム「調教計画が立てられている……」
>オフトン・ザブトン「改めて、ユニオン『ナイトウォーカーず』のサブマスやってるオフトンです。小さなことから大きなことまで、お気軽にご相談ください」
怒涛のチャットが流れていきます。
私が入部したことも通知されるのでしょうか?
在籍されているメンバーの方から、次々とよろしくの挨拶が飛んできます。
「ユニオンチャットだね。タブを切り替えて発言してごらん」
言われるがままにチャットのチャンネルタブを『ユニオン』に切り替えます。
ジューイチのチャットは、音声認識と文字表示のパターンがあります。普通に話すように喋って会話ができますし、発言した内容が文字としてログに表示されるのです。これは、システムメッセージが表示されるログと同じようなウィンドウ表示になっています。
>トキ・セブンノーススター「タブ切り替えたら、音声チャットがユニオンメンバーに聞こえるようになる仕様だよ」
トキさんの発言は私には聞こえますが、周りのプレイヤーには聞こえない……ということでしょう。
もっとも、普段からパーティを組んでの会話をしているので、会話音声はパーティ内で完結しているのですけれど。
>アリス・ネージュ「はじめまして、アリスです。みなさん、よろしくおねがいします!」
>ミルク・ルーネイト「アジト連れてくから、全員集合な」
私の発言が、ユニオンチャットのログに表示されるなり、ミルクさんの提案が入ります。
>アリス・ネージュ「アジト、ですか??」
>トキ・セブンノーススター「テレポートコマンドで、『夜の家』ってのが選択できるようになってるから、そこに飛ぶんだ」
>ミルク・ルーネイト「トキのおごりな」
>トキ・セブンノーススター「別に構わないんだけど、釈然としないなぁ」
テレポートコマンドは、街から街へと一瞬で移動できるワープ技です。設定的には魔法の一つであるようですが、『ターミナル』と呼ばれる触媒となるマーカーを利用する関係から利用料金が必要になるのです。
>>『夜の家』へのテレポート勧誘が来ています。
パーティメンバーがテレポートを行うと、それに相乗りする形で同じ場所へ負担なく移動することができます。実質一人分の費用で移動ができるので、節約術のひとつですね。
テレポート勧誘を承諾すると画面が暗転し、一秒ほどして光が差し込みます。
目の前には赤い屋根のログハウス風の建物。庭付きです!
周りにも同じような家がいっぱいあることから、ここは住宅街なのでしょう。プレイヤーがお金を出して、拠点となる家を買うシステムがあると、前に公式ホームページで見ました。
その家を、ユニオンで購入してアジトとしている……ということですね。
>ミルク・ルーネイト「その門をくぐるが良い。『夜を往くもの』たらんことを望むのならば」
門の向こう側、広がる庭に並んだ何人かのプレイヤーの名前には、【NW】のタグがついています。かれらが今日から私の仲間となった人たちなのでしょう。
ミルクさんが言って、両手を広げます。
いつもの飄然としたミルクさんとはうってかわって真剣な表情。まるで舞台のワンシーンであるかのように、優雅ですらあるその所作に目を奪われます。
言葉に従うように、導かれるように、惹きつけられるように。
一歩、一歩、足を踏み出します。
そして門を越えたところで――
>ミルク・ルーネイト「ようこそニュービー。ナイトウォーカーずへ。ここは『夜の家』。沈まぬ太陽を憂える者が集う場所」
>アリス・ネージュ「夜を往く……? 沈まぬ太陽……?」
>オフトン・ザブトン「『夜を往く者』というのは、ユニオン名である『Night Walker's』のことです。『沈まぬ太陽』というのは……これを説明するのは、ミルクさんのほうが相応しいのでは?」
>ミルク・ルーネイト「はんっ、このこっ恥ずかしい口上やってやってるだけ有難く思えよ」
>オフトン・ザブトン「おや?」
>オフトン・ザブトン「私の記憶が確かなら、正しい口上は『沈まぬ太陽を月が」
>ミルク・ルーネイト「随分と口が軽くなったもんだな?」
>ミルク・ルーネイト「隠してるつもりはねーけどな。知る必要のないことを暴くのは趣味がわりーぞ」
>オフトン・ザブトン「おっと。これは失礼を」
>オフトン・ザブトン「というわけですので、『恒例行事』のひとつ、として捉えてくだされば結構ですよ」
>アリス・ネージュ「は、はい」
ともかくこうして――
私は、ナイトウォーカーずの一員となったのです。