ミルライヒの砦にて
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>>ミルライヒの砦 攻略戦を開始します。
>>制限時間 00:90:00
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>>――ENGAGE!――
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はやいもので、私がジューイチを始めてから一週間が経ちました。
レベルも十五となり、ストーリークエストを進めることで初めてのダンジョンが開放されたのです。
その名も、『ミルライヒの砦』。
盗賊団『ミルライヒ』が根城にする砦を攻略することが目的です。
オフラインのゲームであれば、パーティを編成してダンジョンを攻略することになるわけですが、ことオンラインゲームとなれば、他のプレイヤーに声をかけてこれをやらなければなりません。
ジューイチではこういった場合、目的とするダンジョンへのアクセスキューを入れ、同じタイミングでキューを入れているプレイヤーをランダムにマッチングする、ファインダーシステムを採用しています。
パーティ募集掲示板もあるので、そちらで募集をしたり募集に乗っかったりするのも手段の一つではあると思うのですが、まだまだ初心者の私です。どうにも敷居が高く感じてしまいました。
ファインダーシステムは、そういうプレイヤー向けのシステムと言えるでしょう。
「よろしくお願いします!」
「よろしく~」
「よろろ」
「よろしくー」
マッチングされたパーティメンバーがダンジョンの入り口に転送されました。みんなが口々に挨拶を交わし、攻略を開始します。
パーティメンバーは剣士さん、槍士さん、僧侶さんと私の四人です。初めてのパーティプレイに、少しどきどき。緊張します。
敵を倒しながら、ダンジョンを進んでいきます。
そして、マップも中盤に差し掛かったところ。
二番目のボスとの戦闘が終わった後に、事件は起きたのです……。
**
「はぁ……」
「ん、アリスちゃんどったの、ため息なんてついちゃって」
グラスハート広場のベンチでたそがれる私の前に、三人のプレイヤーが居ます。
トキさん。ミルクさん。それと……誰でしょうか。
初めて見るプレイヤーさんは、種族人間っぽいのの女性で、強そうなローブと魔法使いの帽子が印象的な方です。少し色の組み合わせがちぐはぐな感じもしますが……。きれいな方です。
ミルクさんの服装が水着なのも目を引きます。青い水着にパーカーで、夏らしい感じが出ててカワイイです!
「おー、君がアリスちゃん! はじめましてだね、私はスミレ。コイツらの保護者だよ~」
「ユニオンのマスターね」
「そうともいうね」
「そうとしか言わねーよ」
「は、はじめまして! 私、アリスです。えっと……」
「年齢とかは言わなくていいぞ」
「そ、そうでした」
危ないところでした。けれど、他に何を紹介すればいいのでしょう?
「そんで、どしたの?」
「それが……、さっき、ダンジョンに行ってきたんです」
「おお、レベル十五だ。てことは、『ミルライヒの砦』?」
「はい。そこで……」
「ペットがジャッキー追いかけて、モブ引き連れて戻ってきたんだろ」
「!! どうしてわかったんですか!?」
私が説明をしようとしたところで、ミルクさんがまるで見てきたかのように言い当てました。
ジャッキーというのはミルライヒの砦の中ボスなのですが、体力が少なくなると逃げ出すタイプのボスです。
ペットのはーちゃんが逃げるジャッキーを追いかけて行ったあと、しばらくしてからモンスターを山ほど連れて帰ってきてパーティが壊滅してしまった……。
それが、先程あった事件の概要です。
「そりゃ、ミルライヒに初見突撃した道士は、行って帰って落ち込むまでがワンセットだからな」
「言い過ぎ……でもないね。まあ通過儀礼みたいなものだとは思うけど」
これにはトキさんも納得する事案であったようで、ふと見てみればスミレさんも頷いています。
「ペットってのは、行動指示AIが積んであるんだけどな。それを『フリー』状態にしてたら、一度タゲった敵を追いかける習性があるわけだ」
「いわゆる、『放し飼い』だね」
「行動指示、ですか……」
そういう設定をした覚えがありません。つまり初期状態の『フリー』のままであったということでしょう。
「全滅した後に、槍士さんが抜けてしまって……それで解散になってしまったんです。僧侶さんは、気にしないでいいって、言ってくれたんですけど……」
「気にするべきことなんだけどねぇ……」
「まぁまぁ。新規さんなんでしょう? 無理ないわよ」
「でも、解散しちゃったのは、はーちゃんの……ううん、私のせいなんだろうな、って」
「途中抜けしたのが槍士ってのが笑える」
「ミルクちゃん!」
「将来有望じゃねーか」
「もう……!」
槍士さんになにかあるのでしょうか。
毒舌を吐くミルクさんですが、スミレさんに窘められると大人しくなっています。保護者っていうのも、なるほど納得です。
「確かに、行動指示できるようになるのが一番だけどね、そういうのは徐々に覚えていけばいいと思うよ」
「そうそう。始めたばかりの子にそんな要求しないわよ」
「そう言っていただけると有り難いです」
「落ち込まないでね」
「……はい!」
こうして励ましてもらえると、相談できてよかったと思います。
原因についても分かりましたし、これから覚えることが明確になったのですから。
「そういえば……、解散になったってことは、未クリアのままってこと?」
「はい。少し時間を置いてから、またチャレンジしようかなと思ってました」
「ちょうど四人居るし、私達で行っちゃう?」
「うん、手伝うよ」
「俺タンク出すわ」
「みなさん……! ありがとうございます!」
ミルライヒの砦……!
リベンジです!
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「よろしくお願いします!」
「よろしくー」
「よろしくね」
「【よろしくおねがいします】」
「!?」
妙に機械的な音声が聞こえました。
声の元はミルクさんです。今のはなんでしょう??
「あぁ、悪い。ダンジョン開始で定型文出すの、癖になってんだ」
「定型文……」
「予め決められたメッセージ、かな。海外のプレイヤー相手だと、母国語で聞こえるらしいよ」
「へえぇ、すごいですねぇ!」
「ほら、てめーらついてきやがれ。俺の華麗な背中に惚れんじゃねーぞ」
「タンクの背中、戦闘中は見れないんだけどね」
「敵に隠れて、正面だって見えないわよ。ミルクちゃん、ちっちゃいし」
モンスターとの位置関係で言えば、
ミルクさん→ ←モンスター ←私達
となります。ミルクさんがタンク職の騎士です。パーティプレイの基本的な位置関係だそうです。
パーティ構成は、ミルクさんが騎士、トキさんが魔道士、スミレさんが聖術士です。みなさん上位職ですが、ダンジョンの適正レベルが十五から十七で、それに調整されたレベルになっています。
タンク職が敵を引きつけ、アタッカーがモンスターの背中からタコ殴り! こうして考えてみるとシンプルなのですが、いざ実践となると立ち位置なども考えなければならないようで、難しいですが……。
わざわざ私に付き合って、こうして一緒に来てくださったのですから、一生懸命がんばります!
と気合を入れてみたのですが、
「ペットはフリーでいいよ」
「え、でも」
「DOTの秒数管理しながら基礎魔法打ちつつ指示出せるなら別にマニュアルでもいいぞ」
「……フリーでおねがいします」
さよなら、私の決意……。
まだまだ覚えることがいっぱいですから、一つずつやれるようになるしかない! のかな?
さて、道士は役割としてはアタッカーになります。
回復魔法も一応あるのですが、それも気休め程度。基礎攻撃魔法とDOTというスリップダメージで攻撃をします。
DOTの残り時間を見てこれを更新しつつ、基礎攻撃魔法を打つ……というのが行動パターンなのです。
これが大いに難しいのですが、
「アリス! DOT切れるぞ!」
「はい!」
ミルクさんがこうして声をかけてくれたところで、新しくDOT攻撃の上書きを行います。それを繰り返していると、そろそろかな? というタイミングがつかめるようになったのでしょうか、ミルクさんに言われる前にDOTの更新ができるようになりました。
といっても、まだ完全に、ではないですが、最初の頃に比べると、見違えるくらいじゃないでしょうか。自画自賛です!
みなさんベテランということもあるのでしょう。
私というお荷物を抱えながらではありますが、ダンジョンの攻略は順調そのものでした。
そして、肝心のジャッキー……!
「フリーでいい」
「でもそれじゃあ、敵を連れてきちゃうんじゃ……」
「タンクが良いって言ってるんだし、良いのよ」
「そうそう。まあ、大丈夫だよ」
>>ジャッキー「く……ここは一時撤退だ!」
体力を二割ほど残したジャッキーが、捨て台詞を残して走り去っていきます。
そしてその後ろを追いかけるはーちゃん。
やがて……。
ジャッキーを見失ったはーちゃんが戻ってきます。さらにその後ろからは、十匹を超えるモンスターがいます。
「【インサイト】」
ミルクさんがスキルを発動し、モンスターが押し寄せます。モンスターと言っても盗賊なのですが。
スキルの効果なのでしょう、モンスターは一目散にミルクさんに向かっていきます。
「! ミルクさん!」
「大丈夫だ! トキ! やれ!」
大丈夫、とミルクさんは言いましたが、パーティーメンバーリストのミルクさんの表示、その体力を示すゲージはぐんぐんと減っていきます。
ミルクさんがやられてしまう!
これじゃあ、さっきの剣士さんと一緒――
「【解放:メテオスウォーム】!」
そう、私が諦めかけていたときでした。
トキさんが宣言が響き、大きな隕石が降ってきます。
これは――『冒険者たち』シリーズ伝統の隕石魔法です!
隕石はミルクさんを中心に落ちて、群がるように集まっていた敵を一掃しました。
「すごい……!」
「各個撃破よりまとめてやったほうがはえー」
「だねぇ」
今のは、ダンジョン攻略中に増えていく『解放ゲージ』が溜まったときに使える奥義のようなもの、らしいです。
ゲージが共通なのとダンジョン攻略中で貯まるのがせいぜい一回くらいだから、使い所が大事。
トキさんがこっそり説明してくれたところによると、こんな感じの大技だそうです。
「さー、あとはミルライヒぶっころするだけだな」
「はい!」
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「みなさん、今日はありがとうございました!」
「どういたしまして。あそこ行ったの久しぶりだったし、こっちも楽しかったわ」
「暴れ足りねえなぁ」
「そりゃあ、タンクさんはそうでしょうねえ」
正直、私はついていくのが精一杯でしたが……。
たのしかったです!
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>>ミルライヒの砦 攻略戦を終了します。
>>00:21:47
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>>――CLEARED!――
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>>お疲れ様でした。
>>あなたに、オーブの祝福を。
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