よろしくね、はーちゃん!
「別れて三十分も経たずに呼び出されるのは、ちょっと予想外だったかな」
トキさんの開口一番はこんなセリフだった。
「トキ、一時間に賭けてたもんな」
「すみません、ほんとすみません……」
となれば謝り倒す他ない。
申し訳無さと恥ずかしさで、顔から火が出そうです……。
「いやいや、いいよ。確かにわかりにくいもんね」
「初見殺しだよな」
「しょけんごろし?」
ミルクさんの発言にオウムがえしをした私を、二人はどこか生暖かい目を向けます。
「初見殺し。このゲームの名物さ」
「○○を探せ系のクエスト、マップ頼りで探すとドツボにはまっちゃうんだ。だから、初見殺し」
「あぁ、なるほど……」
マップの『!』を目印にシンボル看板を探しにきた私ですが、当の看板が見当たらないのです。『!』の周囲に赤いもやもやがあるので、この辺りのどこかだとは思うのですが……。
どうにも範囲が絞りきれないと困っていたところ、近くのお団子屋さんで一服していたお二人を見かけたので声をかけた次第。なんだか、見計らったかのようにそこにいたように見えたのは、気のせいだとは思いますが……。
「ちなみに、用事がある時はフレンドリストからウィスパーっての選べば、個人チャット送れるから」
「業者がよく使うやつな」
「業者さん……用務員さんみたいなのですか?」
「一般プレイヤーも普通に使うよ。あと、用務員さんはちょっと違うね」
「アリスってもしかして学生?」
「はい、そうです。中学二年生で……」
「ストーーーーーーップ!!!!」
「えっ!?」
ミルクさんの質問に答えようとすると、トキさんからストップがかかりました。なぜ??
「おいどうすんだよ、ド新規だぞこれ」
「ド新規?? えと、たしかに新規ですけど……」
「アリスちゃん、ジューイチがネトゲ初めてでしょ」
「そうです、どうしてわかったんですか?」
ジューイチ……『冒険者たち11』のことでしょう。
私はオンラインゲームはこの作品が初めてですから、頷きます。
それにしても、ミルクさんの口調が随分と変わった気がします。これが素なのかな?
さっき会ったときの『歳上のお姉さん』な感じがステキだったのですが、今は随分とイメージが変わって、『親戚のおにーさん』って感じです。
「あのね、ネトゲに関わらず、ネット上に個人情報流すのはよくないってことはわかる?」
「はい。あっ、それで……」
「ミルクさんみたいに誘導尋問引っ掛ける人が悪いのは当然なんだけど……、出会ったばかりの人に素直に年齢バラすのも危険だよ」
「なるほど……」
迂闊でした。トキさんのストップには、そういう意味があったのですね。
「気をつけます」
「まあ自己申告なんざ信用しねーけどな」
「それもどうかと思うけどね……」
「『ののの』だって『ポポメス』だけど中身オッサンだろ」
「『ののの』? 『ポポメス』?」
「『ののの』さんはうちらのメンバーの一人で、『ポポメス』はポポタンの女性キャラのことね。それとミルクさん、のののさんは女性だよ……」
「はっ、俺は信じねーぞ」
「ミルクさんだって、人のこと言えないでしょ」
「俺がマジでネカマやると爆釣すぎて収拾つかねーからな」
「ネカマ……ネットで女性を演じる男性のことですね! わかります!」
「覚えなくてもいい用語なんだけどなぁ……」
何やらトキさんが頭を抱えていますが、つまりミルクさんのプレイヤーは男性ということでしょうか。
キャラクターとプレイヤーの性別が一致しない、ということもあるのですね。
「それで、なんだっけ」
「チュートリアルクエストの看板探しだろ」
「そうです、初見殺しです!」
「施設案内もやっちゃおう」
「お手数をおかけします……」
「いいのいいの、さっきも言ったけど僕ら暇してたし」
クエストをいきなり人任せにするのも気が引けてしまいますが、お言葉に甘えようと思います。
「まあ攻略サイト見りゃ一発なんだけどな」
「身も蓋もないなぁ」
**
「――で、ここがマーケットね」
「お店がいっぱいです!」
「店売り装備は性能クソだし無駄に高いから、売り専にしておくように」
「は、はい。あっ、あそこの人の頭の上に、ビックリマークがあります」
「あぁ、クエストだね」
と、お店の脇に立っているおばあさんを指差します。
「あとで受けに来るの面倒だし、受けとくといいよ」
「クエストって、ギルドで受けるんじゃないんですか?」
「あぁ、ギルドで受けるのってストーリークエストだから。一般クエストは一般NPCから直接受けるんだよ」
「そうなんですね……。わかりました、受注って、話しかければいいんですか?」
「そそ。『どうしたんですか?』とか、『何かお困りですか?』とか、適当に声かけたらいいよ」
「人見知りお断りゲーだよな」
「確かに、大変そうですね……」
「まあそれ言ったら、大半のRPGのコマンドがそういうやつじゃん」
VRゲームのAIってすごいんですねぇ……。
ともかく、おばあさんに話しかけることにします。
そう思って近寄ってみると、おばあさんがこちらへ視線を向けています。見ているというか……凝視されているというのが正しいでしょうか。
試しに横に動いてみると、おばあさんの視線も横に動きます。
すごく……見られています……。
「あの……」
「おお、冒険者さんかい!? ちょっと聞いておくれよ!!」
おばあさんがまくし立てるように話し始めます。
遠くでトキさんとミルクさんが口元に手を当て、笑いをこらえているのが見えました。
やられた……!
「港にカールスター号という船が止まっていてね、そこに私の孫が乗っているんだが……お弁当を持っていくのを忘れてしまったんだ、届けてほしいんだよ」
そう言っておばあさんは懐からお弁当を取り出して、私にそれを押し付けてきます。
>>クエストを受注しました。
受取拒否できなかったんですけど……!
「港にはこのあと行くから、ちょうどよかったね」
「こんな感じで街中でクエスト受けながら街を練り歩くのが、チュートリアルクエストだ」
「そういう仕組なんですか」
「まあ受けなくてもいいっちゃいいけど、報酬あるしね、損はないよ」
ということのようです。
**
かくして看板を探しつつクエストをこなしていきます。
発生しているクエストはマーケットで受けたお届けクエストの他にモンスター討伐系のものもありましたが、これは後でやるのでとりあえず受けておいた、という位置づけです。
いくつか受けたクエストで共通しているモンスターの名前があり、これらはカウントも共通しているようです。
「そういや、初期職は道士?」
「はい、そうです。ペット召喚に惹かれて」
「あぁ、ペットな……」
「??」
「いや、なんでもない。とりあえず、組合も行っとくか」
「組合、ですか?」
「そそ。職業に応じた組合があって、そこでもクエスト受けれるんだ」
「レベルが上がるごとにクエストが発生して、それクリアするとスキルが覚えられる仕組みな」
先導する二人を追いかけ向かった先は、青い屋根の建物。看板には『道士組合』と書かれています。
マップでは、建物の中に『!』があります。看板を示す『!』は赤ですが、こちらは黄色となっています。ストーリークエストとその他のクエストで分別をつけているのでしょうか。
ミルクさんが組合の扉を蹴破って中に入っていくので、それに着いていきます。
中で本を読んでいる眼鏡をかけた白衣の男性の頭の上に『!』があるので、彼に話しかければ良いのでしょう。
「すみません、何かお困りですか?」
「おや? 君は道士を目指す者かな?」
「会話が噛み合ってねぇ」
「テンプレ会話の万能性すごいね」
クエストを受注する時は、こう言えば良いって言ってたのに……!
こほん。気を取り直しまして。
「はい、私はアリスです。レベルは2です」
「レベル申告要る?」
街でクエストをこなした報酬経験値で、戦わずしてレベルが上がっていたのです。
「ここは道士組合。道士について研究する機関だと思ってもらってかまわないよ。道士を目指す者に道士の力の使い方を教える場でもある」
「よろしくお願いします」
「まずは、これを渡そう」
と差し出されたのは、一冊の本でした。
>スタンダード・マギブックを手に入れました。
>スタンダード・マギブックを装備しました。
武器を持っていなかったからでしょうか、受け取ると同時にアナウンスが流れ、装備状態になったようです。
「道士の武器は、この魔導書だ。これを装備することで、使役獣を呼び出せるよ」
使役獣!
つまり……ペットですね!
「まずは指定するモンスターを、道士の力で倒してきてくれ」
>>クエストを受注しました。
「わかりました!」
私たちは連れ立って外へ出ます。
「これでペットが呼び出せるようになるんですね」
「そそ。コマンドは『サモニング・ハースール』ね」
「『サモニング・ハースール』!」
私がコマンドを実行すると、装備した魔導書が開き、書かれている呪文が光り輝きます。
時間にして二秒ほど。光とともに小さな幻獣が現れました。
ハースールです!
キツネとネコを足してニで割ってモフモフ成分を少なめにしたような見た目で、色は白です。
「よろしくね、はーちゃん!」
「ハースールをはーちゃんって呼んでるやつ見たの、これで十六人目」
「『むーたん』よりはストレートでいいんじゃないの。てか、数えてたんだ」
むーたん??
なんでしょう? よくわかりませんが、かわいい響きですねぇ。
**
「――看板のある場所は以上です」
「よし、完璧だな。クエストクリアだ!」
「やったぁ!」
ほとんど手伝ってもらってのクリアですが、達成感に喜びます。
「さて、クエストだが……、これを西部トーヌのトーヌ農場へと届けてほしい」
>>クエストを受注しました。
>>キリルの手紙を手に入れました。
渡されたのは巻物ですが、アナウンスに従えば手紙のようです。
トーヌというのは、このグラスハートのある島の名前なので、西部はそのフィールドエリアを指しているのでしょう。
「と、まあこんな感じでクエストを進めていけばいいよ」
「わかりました。何から何まで……本当に、ありがとうございます」
「いいよいいよ、いつでも呼んでって言ったし」
「ストーリークエストを受注しましたけど、とりあえず、今受注しているクエストをやってから進めようと思います」
「うん、それでいいと思うよ」
「報酬でレベルも上がるし装備ももらえるしな」
「はい!」
またね、と手を振る二人を見送ります。
色々と助けていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
さぁ。
ゲームはまだはじまったばかりです。
がんばろうね、はーちゃんっ!