キャラクターメイキングです!
『冒険者たち11』。待望の国民的RPGの最新作がオンライン対応、それもVRMMORPGで発売されることになると聞いて、私はひどく落胆した。VR機器……高いんですけど!
シリーズのファンとして、やらない選択肢はない。オンラインRPGというのはちょっと不安ではあるけれど、公式ホームページを見て私はもう、その世界に一目惚れをしたと言っても過言ではない。システムとか用語とか、覚えることがたくさんあるのが大変だけど、面白そうだなと、やってみたいなと、素直にそう思ったのだ。
VR機器の購入は、お小遣いを貯めて賄うしかない。それに加えてゲーム本体もだから……プレイできるようになるのは、サービス開始から一年後だろうか。
思わずため息が漏れる。けれど、やるしかないのだ。
それからと言うもの、おやつも服も、友達との交際さえも犠牲にしてお金を貯めた。アルバイトができれば……と何度も思ったが、中学生でも働けるようなのは新聞配達くらいしかない。その新聞配達のアルバイトをするにも、必要な書類がいくつもいるというので諦めた。親の同意書が要るなら、最初から買ってもらってるもん……!
幸いだったのは、ソフト本体がだいぶ安くなっていたことだろうか。新品が半額以下で買えるなんて、もしかして運がいいのかな?
そして待望のログイン!
真っ黒い中に光の点がいくつも浮かんでいる。宇宙を模した空間の中で、頭の中に声が響く。
>>キャラクターメイキングを行ってください。
なるほど、そういうシステムですか……!
はじめに、キャラクターの外見を作成するようです。
まずは種族から。種族は全部で五種類ある。
人間っぽいの、ネコミミっぽいの、エルフっぽいの、ちっこいの、でっかいの、の五つ。
むむむ、迷うなぁ。種族による有利不利はさしてないようなので、自分の好みで選べばいいみたい。
好みと言われたら……。
私はポポタンという、ちっこい種族を選択した。公式ホームページを見たときから気になっていたのです。
性別はもちろん女性。髪型はおかっぱっぽいの。ここはリアルの私に合わせるけれど、色は銀にした。ゲームなのだから、リアルでできない色にする。瞳の色は青系。外人っていったら、青い目でしょう!
名前は『アリス・ネージュ』。あとの細かい設定をこまごまとして、外見設定は完了!
>>初期職業を選択してください。
>>選択された初期職業によって、スタート地点が異なります。
職業は全部で八種類選べる。これは、私は決めているものがあった。『道士』という職で、なんとペットを呼び出せるのだ!
呼び出せるペットはハースールという幻獣で、あまりモフモフとしていないのがネックではあるが、とにかくかわいいのです。小さな幻獣と世界を走り回る。VRならではだろう。
>>キャラクターメイキングを完了します。
>>よろしいですか?
YESを選択し、画面が暗転する。
わずかにビクッとするが、すぐにムービーが始まった。オープニングだ。
『冒険者たち』はシリーズものではあるものの、各ナンバリングでストーリーに連続性はない。『オーブ』と呼ばれる宝玉が大体のシリーズで登場し、オーブが持つ強大な力に振り回されながらも奪い合う、そういうストーリーが多い。
ここ数作はオーブが登場しないこともあったけれど、評判がよくなかったらしく原点回帰と銘打ってオーブを主軸においたストーリーが展開されることになった模様。今作ではオーブの意思を感じ取ることのできる主人公が世界を救うために冒険者として活動する……という物語であるらしい。
このあたりは公式ホームページで確認済みではあるものの、力のはいったムービーの迫力には圧倒です。
>>チュートリアルを開始します。
ムービーが終わり、私の操る『アリス』が都市の入り口に立っています。チュートリアルが始まり、目的地を指し示す赤い矢印が現れました。この先へと進めばいいのかな?
VRゲームは初めてですが、基本的な操作は思考誘導みたいな感じのようです。マウスもコントローラーもないのでどうするのだろうと思いましたが、イメージというか、感覚というか、リアルの体を動かすように考えるとキャラクターも動いてくれます。ううむ、不思議な感じ。
矢印に沿って歩いていくと、そこには男の人が立っていました。鎧を着込んだ、いかにも門番といったような人です。
「おや? 見ない顔だね? この街は初めてかな?」
などと考えていると、声をかけられました。他に人が見当たりませんから、彼が話しかけている相手は私で間違いなさそうです。
「は、はい」
「ようこそ、海洋都市グラスハートへ!」
海洋都市グラスハート。初期職業に道士を選択したプレイヤーの初期拠点となる都市です。
グラスハートは大陸アルカルドの南西に位置する島にあります。周りを見渡せば、透き通るような青い海と潮風。燦々と照りつける太陽さえもどこか気持ち良い、活気にあふれる街です。
「お嬢ちゃんは『冒険者』かい?」
「えと……これからなる? のかな?」
「そうかい、それなら、この道をまっすぐいった先にある、赤い屋根の建物がギルドだよ。ギルドと言っても、酒場なんだが……そこのマスターのキリルという男に話を聞くといい」
「わかりました。ありがとうございます」
「最近は冒険者も増えたから、このあたりも随分と住みよくなったんだ」
「が、がんばります」
多分モンスターの討伐とかがクエストで依頼されたりするんでしょう。
門番のおじさんに別れを告げ、次なる目的地を指す赤い矢印を追います。矢印はおじさんの言っていた赤い屋根の建物――冒険者ギルドへとつながっていました。
西武映画であるような両開きの扉(名前は知らない)を開け、中に入ります。
「あの、冒険者ギルドはここでしょうか」
中の雰囲気は酒場そのもので、住人の方々がお酒を煽っていたので思わず不安になります。
昼間からお酒なんか飲んじゃって! と、ゲームの設定に文句をつけても仕様がありません。
「いらっしゃい。そうだよ、ここが冒険者ギルドグラスハート支部、『ファフニールの呼び声』だよ。お嬢ちゃん、冒険者志望かな?」
「はい。アリス・ネージュといいます」
「アリス、ね。俺はここのマスターをやってる、キリルだ。早速だがアリス、ギルドと冒険者について、説明をしよう」
「お願いします」
その説明について要約すると、ギルドに所属する冒険者は、クエスト――依頼を受注しそれをこなしていくのが役割であるようです。クエストの内容も、素材採取にモンスター討伐、ネコ探しやら荷物運びまで多岐に渡るとのこと。
「手始めにこのクエストをやってみてくれ」
と、手渡されたのは一枚のカードでした。タロットカードのようにも見えますが、書かれている文字は地球上のそれではありません。だというのに、文字が読めて内容が頭にはいってきます。
>>チュートリアルクエスト:『グラスハートを探索しよう』を受注しました。
「アリスはグラスハートに来たばかりだろう。グラスハートには、都市シンボルが描かれた看板が七つある。その場所を探しだして、場所を報告してくれ」
シンボルを探して街を歩き回る。なるほど、チュートリアルクエストっぽいです。
「わかりました」
>>ヘルプ:マップについて
ファフニールの呼び声を出ると、ヘルプウィンドウが現れました。マップをイメージすると半透過ウィンドウが出てきて、フィールドと現在地が表示される、と。マップには目的地の看板と思しき場所に『!』が赤文字となって表示されているので、これを目指して街を回っていけばいいようです。
と、ここで周りの様子が変わっていることに気が付きました。
さっきまでは見えなかった人が大勢見えるようになったのです。
鎧の人、ローブの人、ドレスの人、スーツの人……。姿格好はばらばらですが、彼らがプレイヤーであるらしいことは一目瞭然でした。名前が表示されていたからです。
「これがオンラインゲーム、なんだぁ……」
思わずつぶやきます。と同時に、恥ずかしい独り言が誰かに聞かれてしまってはいないだろうかと辺りを見渡してみます。幸い、私に注意を向けている人はいないようでした。
どの人たちも、強そうな装備を身にまとっています。私もいつかあんな風にかっこよくなりたいな。
でもまずは、クエストです!
マップの『!』に向かって赤い矢印が向いています。
右向き。
「あれっ!?」
矢印へ視線を向けると、矢印の向きが変わりました。左向きです。
左を向くと、今度は右で、右を向くと今度は後ろ向きへ。これは一体……。
マップを見れば目的地は分かるわけですから、矢印に従う必要もないのだろうか……。
うーん、と考えながら、あちこちを向いたり、なんとなく飛び跳ねてみたりします。
そんなことをしていると、ネコミミの女性が私の足元にしゃがみこんでいました。これは……パンツを覗いている!?
「!?」
私の選んだポポタンという種族の初期装備のスカートは、結構ミニです。ちょっと角度をつければあっさりパンツが見えてしまうような代物ではありますが、ここまで堂々と覗き込まれるのは予想外と言えました。
私はスカートを両手で抑え、ネコミミさんへ視線を向けます。
「あの……?」
「やあ、初心者かな? いや、なんだか動きが怪しかったから」
ネコミミさんはやけにフランクに、そんなことを言いました。
「あやっ!? えと、はい、今日からはじめました。アリスといいます。VRのゲームって初めてで……動きを色々試してたんです」
矢印を追っかけていた、とは言えませんでした。
半分くらいはほんとのことですし。
「なるほどねぇ。あ、はじめまして。私はミルク。大丈夫、不審者ではないよ」
「えっ、あの……はい、私はアリスっていいます」
「チョット前から見てたんだ。なんだか困ってるのかな、って。それで声かけたんだ」
ネコミミさんの名前は、ミルクさんと言うそうです。
名前のとおりにミルク色の髪に、金と銀のオッドアイ。服装は黒のスーツにブラウス。メガネをかけて、さながら大人の男性向けの映像作品に出てくる女教師みたいな印象です。
キャラメイク、がんばったらこんなにキレイにできるのかぁ。思わずため息が漏れました。
「うちのメンバーが突然ごめんね。あ、僕はトキ。よろしくね」
広場の植え込みの茂みがガサっと音を立てたかと思うと、男の人が現れました。トキさんと名乗ったその人の出現に驚き、ビクッとなりました。ミルクさんも予想外だったのか、私と同じようなリアクションです。
トキさんは……エルフ? みたいな種族のようで、白くて長い髪が印象的です。優しそうな目で私を見ています。
「メンバー……?」
「あぁ、ユニオンって言ってね……他のゲームだと、ギルドとかチームとか、まあそういうやつ」
「はぁ……」
聞き慣れない単語に返ってきた答えについて考えます。プレイヤー同士で徒党を組むみたいな……そういうやつかな?
「まあはっきり言っちゃうと、暇なんだよね、僕ら。それで初心者さんってのが珍しくて」
「あぁ、なるほど、そうなんですね」
私のような新規プレイヤーって、珍しいのでしょうか。
突然話しかけられて驚きはありますが、私と同じプレイヤーである二人と会話をしていると、オンラインゲームをやってる! という感じがします。なんだかドキドキするなぁ。
「そうだ、フレンド登録しようよ」
「あ、はい! えっと……どうやるんですか?」
「メニューを開いて、ブラックリストって項目があるから、そこにトキって名前をぶっこめばいいよ」
「ちょっ!」
「!?」
「あぁ間違えた、フレンドリストってとこだった」
「……はい、ありました」
「っと、きたきた。承諾っと。困ったことがあったらなんでもいってよ」
「ありがとうございます! あの……ミルクさんも、いいですか?」
「ああごめん、私、基本的にフレンド登録拒否してるんだ」
「えっ」
「このゲームのフレンドって、別名ストーキングリストっていってね……」
「新規さんにそういう嘘吹き込むのやめなさいって!」
ミルクさんが何やら不穏なことを言って、それをトキさんが止めます。何が本当で何が嘘なのかわかりませんが……、とりあえずトキさんとフレンド登録はできました。開いたフレンドリストに、『トキ・セブンノーススター』という名前が刻まれます。
セブンノーススター……北斗七星のことかな。セプテントリオンじゃなくて?
「あの……」
「ま、まあそういうことで……そろそろ僕ら行くね。また今度あそぼ」
「は、はい! ありがとうございました!」
「いえいえ。じゃあね~」
私が戸惑っていると、二人が手を振りながら去っていきました。
なんというか、怒涛の展開で理解が追いつかない部分もありますが、悪い人ではなさそうなので安心しました。
「よし!」
気分を入れ替えて、というわけではないですが、クエストを進めることにします。
せっかくお友達になれたわけですから、はやく彼らといっしょに遊べるように、がんばらないと!