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続・紅の挽歌 ~佐久間警部の鎮魂歌~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
難事件の始まり
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夢の企画(2024年編集)

 ~ 二月十七日、東京都内 某ホテル ~


 警視庁捜査一課に対して、犯行声明を郵送した男たちは、時間を空けて、北海道幌泉郡えりも町のホテルを後にした。捜査の足がつかない様、空路と寝台列車で移動し、東京都内のホテルに、潜伏している。


 便箋の投函は、人の往来が無い、吹雪く真夜中に行い、空港・鉄道駅・投函場所などの監視カメラ位置を、徹底的に調べ上げ、人目を避ける行動には、手下の男も、心底面倒くさいと思った。『何故、これ程までに、執拗な用心をするのか?』と、聞こうとしたが、雇用主には逆らえない。心の底では、『ここまで、石橋を叩くのは、無意味だ』と思いつつ、『これくらいしないと、相手の刑事は勘付くかもしれない、だから、ここまで拘るのだろう』と、自問自答しながら、行動を共にしている。


 夕食を済ませ、室内に戻った二人は、隣壁から漏れる音量を確認すると、自分たちの会話が聞かれない程度に、テレビの音量を調整してから、会話を始めた。


「旦那、警視庁は、捜査を開始しましたかね?」


「いや、被害が出ない限り、まともに動けんさ。だから、それが好都合だ」


 手下の男は、壁に掛かったカレンダーで、日付けを数える。


「二月末まで、今日を入れて、十二日しかありません。この招待状を発送すれば、良いんですね?」


「ああ、今夜中に投函しておけば、十分だ。初めは、胡散臭いなと思っても、対象者は、全員が、喜び勇んで、この企画に参加する。何せ、日本人なら、誰もが知る最高級のホテルで、企画の説明が聞けたうえに、無料で、スイートルームに宿泊出来るし、抽選では、ハズレが無い豪華賞品が、目を引くはずだ」


「相当な出費ですが、ここまでする必要が、あったんでしょうか?」


 手下の男は、思わず、心の声を漏らした。


「お前、ネズミ講は、知っているか?」


「はい、昔から、何度も引っ掛かりました」


「へぇ。今まで、どんな被害に遭ったんだ?」


 手下の男は、バツが悪そうに、指折りしながら、思い出す。


「携帯電話の先取りサービス、永久的に持続する電池、パワーストーン、外国の高額宝クジ、無人島の優先占有権利の投資です。特に無人島は、命名権がついていたので、それはもう、搾り取られました」


(どこまで馬鹿なんだ)


「…安易過ぎるだろう。その時の説明会を、よく思い出してみろ。どの説明会も、豪華なホテルや会場で、執り行われただろう?」


 手下の男は、両手で頭を押さえ、記憶を辿った。過去が鮮明に見えたのであろう、自分の愚かさに、気が付いたようだ。


「良いか?人間ってのはな、強欲で、疑い深い生き物だ。『自分だけは、大丈夫だ』と、自負する程、この罠に嵌まり、深く墜ちていく。精神を操る者は、自尊心を利用するんだ。疑いの目で来る人間を、信用させるには、『初期投資が必要不可欠』だと、肝に銘じておけ。華やかな場所で、過剰な接待をして、まずは、仕掛ける側が、『儲かってます』と宣伝する。金で、脳内麻薬を操るんだよ。企画(イベント)に協力さえすれば、無条件で、多額の金が懐に入り、幸せになる。で、ここが、重要な部分なんだが、『この儲け話は、参加者にだけ教え、期間限定付きで実行する』と、秘匿性を匂わせて、仲間意識を植え付ける。『千載一遇』を思わせる事で、欺す側と欺される側で、固い結束が芽生え、欲望という名の、海底へと誘うんだ」


 詐欺の醍醐味を知った、手下の男は、感嘆の溜息をつく。


「もっと早く、旦那に会いたったです。そうすれば、真っ当な人生を送れたかもしれない。少し話題が逸れますが、宜しいですか?」


「勿論、良いとも」


「スイートルームってのは、甘い部屋なんですか?女がいないと、持て余すのでは?…娼婦でも、当てがいますか?」


(どこまで無知なんだ)


「スイートルームは、そんな意味じゃない。スイートは、甘い(sweet)の意味じゃない。仕切る(suite)という、英単語だ。だから、仕切りのない部屋という意味だぞ。部屋の中を、行き来するのに、ドアや段差が無く、快適で贅沢な空間だから、高額になるんだ。それとな、スイートルームってのは、ホテルの顔となる部屋だから、特別な設定がされている」


「…そうなんですか、初めて知りました」


「まあ、良い。それより、参加者リストは、持参したな?」


「ええ、言われた通りに。発送相手は、この九名で、間違いないですか?」


 男は、手下の男から、参加者リストを受け取ると、ベッドの上で、胡座(あぐら)をかき、取り出した手帳と、氏名・住所を、指でなぞって確認する。手下の男は、緊張した様子で、男の挙動を見守る。


「…良いだろう。強欲の者、業が深い者ばかりを、厳選して選んだ。……予定通り、抜かりなくな」


(旦那の機嫌が良くて、助かった)


「はい、分かりました」



 ~ 二月二十八日、十八時 東京都千代田区 ~


 帝国ホテル『皇きの間』にて、秘境巡り企画の、説明会が始まろうとしている。


 二十八階のフロアでは、琴の音色が、和風テイストの、格式高い空間へと導いている。凜とした空気が、厳かな雰囲気を醸し出す。濃い赤紫色の絨毯が、会場までの動線を案内し、参加者は、ゆっくりと、この雰囲気を味わいながら、誰もが、『特別な場所へ招待された』と、優越感を覚えるのである。


 参加者は、会場の入口で、受付嬢から、ネームプレート、企画資料を渡され、指定された席に案内される。どの者も、期待と戸惑いのなか、互いに周囲を警戒しながら、言葉を発する事なく、企画資料に目を通しながら、静かに、開催の挨拶を待っている。そんな様子を、舞台裏から眺める男は、ほくそ笑んでいる。


(…くっくっく。どいつもこいつも、欲深い面しやがって。金目当てで来ているのに、『自分は、他人とは違います』って、体裁を取り繕ってやがる。こいつらは、私利私欲が強い分、他人(まわり)は敵に見えるから、会話も弾まない。計画通りで嬉しいよ。……そろそろ、頃合いだな。それじゃあ、始めるか)


 男は、舞台裏から、会場後方のシンセサイザーの奏者とスタッフに、合図を送る。スタッフが、部屋の照度を少し落とし、奏者は、その合図で、重低音でゆっくりと、演出を始める。音響は、『ドッドッドッ』と、全身に響くような振動で、ナチスドイツ時代のヒトラーやムッソリーニが、演説をする時に、聴衆の前で、自分を力強く、誇張する為に採用した、やり方と同じ手法である。


『パ-----ン』


 壇上に立つ男に、スポットライトが当てられ、全員が、刮目(かつもく)する。


「お待たせいたしました。それでは、第四回、ミステリー秘境企画の、説明を始めたいと思います。私は、企画会社あすなろ物産の、企画責任者兼ナビゲーターの、芝山と申します。こちらは、スタッフの竹中です。以後、お見知りおきを」


「パチパチパチパチパチパチ」


 会場内で、拍手が起こる。拍手が収まるまでの、約二十数秒、二人は、頭を下げ続けた。拍手が収まった頃合いで、同時に頭を上げると、歓迎された空気に乗って、本題に入る。


「ありがとうございます。本日、この会場にいる皆さまは、約一年掛け、当社規定の厳選な選考により、この企画に対して、ご協力頂けると判断した方々です。詳しくは、お手元の資料にて、説明させて頂きます」


 芝山は、資料パンフレットを、大袈裟に開くと、一人一人に語りかけるように、ゆっくりと話始める。


「厳選者の皆さまには、日本全国の、様々な場所に点在する、秘境に赴いて頂き、各自の斬新な視点で、秘境の素晴らしさを、世論に訴えて頂きたいと、思います。交通費・宿泊費・必要経費は、全て当社で支給いたします。また、当座資金として、全員に百万円を現金で、お渡しするので、予算枠で秘境調査をお願いいたします。ちなみに、先程述べた、交通費などの必要経費と、当座資金は別ものです。ご安心ください」


 一人の男が、挙手をすると、瞬時に、照らし出される。


「あのう、素朴な質問なんですが、毎年、この企画は行われているんですか?失礼ですが、知らなかったので」


 芝山は、ご尤もと、大きく頷く。


「今年で、四年目となります。昨年度から、やっと、テレビ取材を受けられる、知名度になりました。その為、世間一般には、まだ浸透していないんです。面白い企画を出しても、直ぐに、全国波で放映されるものではありません。当社は中堅ですので、テレビの時間枠を取るには、苦労をしております。企画当初など、業界からは、全くと言って良い程、相手にされず苦労しましたが、少しずつ知名度を高め、『やっと今年、放映権取得が出来た』、という訳でございます。つまり、大きく飛躍するのは、これからでございます!」


「美味しすぎる企画なので、何故、自分が選ばれたのか、不思議なんですが?私だけではなく、他の方々も、おそらく同じ気持ちなのかなと。御社とは、今まで接点は無かったはずです」


(そりゃそうだ、お前の直感は、正しいぞ)


 半信半疑で、探りの質問を続ける若者に、芝山は、想定内の質問に対する、回答を丁寧に行う。


「よくぞ、質問して頂きました。毎年、参加者の皆さまは、同じ事を言われますよ。美味しすぎる企画といっても、普通の方は、秘境を楽しまれるだけですが、これは、(れっき)とした商売ございます。各自の選抜理由は、企業秘密につき、多くは語れませんが、各自のご職業・経歴・趣味・嗜好・思想などを、独自調査させて頂きました。そのうえで、皆さまであれば、粘り強く、最後まで仕上げて頂けると期待を込めて、選ばせて頂いたつもりでございます。あすなろ物産も、この企画には、社運を掛けており、皆さまの協力無くして、成功はあり得ません」


「世論に訴えると仰いましたが、レポートのようなものですか?それとも、映像紹介のようなものですか?何か、決まりがあるんでしょうか?」


「ちょっとした、ルールがございます。担当する秘境にて、まずは、レポートを最低十枚、文字数ですと、四千字程になりますが、提出して頂きます。内容的に問題なければ、来年度末、つまり、約一年後のテレビ放映で、紹介されます。昨年度の実績で、やっと放映権を取得出来ましたので、この事項が、必須条件となります。視聴率の数字が取れれば、テレビ局より、広告収入が入りますから、皆さまにも、還元出来るし、WIN・WINの企画です」


(………)

(………)

(………)


 手堅い企画だと分かった途端、貪欲な質問が、挙がり始める。


「WIN・WINと言ったな?報奨金とか、あるのか?」


(…食いついたな。ここで、一気に引き込む)


 芝山が、右手を高く掲げると、シンセサイザー奏者の、奏でる音色が変わった。存在感を際立たせる重低音から、躍動を促す調べに切り替わり、芝山は、音の調べを最大限に利用して、説明を続ける。


「勿論でございます。当座資金以外に、日当で、一律、一日五万円を、保証します。調査期間は、お一人につき、一ヶ月限定とさせて頂きますので、単純に、百五十万円ほど、お約束いたします。テレビ放映が決まった、最優秀の方には、賞金として一億円を、優秀の方には、二千万円を支払います。これは、あすなろ物産(当社)も、十分利益を得たうえでの、還元でございます。更に今回、放映まで至らなくても、優秀なレポートを提出頂いた方は、来年度の企画にも、優先的に選考いたします。つまり、今回ダメでも、頑張り続ければ、永続的に、一億円を手にする機会を得るのです。なお、レポートの判断基準ですが、人数制限はありませんので、九名のうち、一名が最優秀で、他八名が優秀となる可能性もあります。つまり、この企画に参加して、優秀の評価を受ければ、最低でも、毎年二千万円が手に入ります。皆さまには、今後も、長くお付き合いして頂き、鋭意努力して、番組を作っていこうじゃありませんか!」


(------!)

(------!)

(------!)


「一回で、億万長者になれなくても、二千万円を五回で、億万長者になれる」

「うおおお!まじか、人生勝ち組じゃん!」

「毎年、最優秀なら、三回で、生涯年収か。この船に、乗らない奴は馬鹿だ」

「広告業界ってのは、本当に金があるんだな」


 参加者は、揃って歓喜する。


(…よし、上々な、滑り出しだ。では、次のパターンだ)


 芝山は、スクリーンに、テーマとなる秘境を投影させると、シンセサイザー奏者は、手筈通り、躍動を促す調べを、落ち着いて会話を聴けるよう、静かな高原を連想させる調べに、変更した。芝山は、曲の変更と間を、深く読み取り、会場の空気に馴染む、声量で説明を続ける。


「それでは、秘境調査の担当エリアについて、発表いたします。櫻井英信さんと河端健次郎さんは、秋田県鹿角市八幡平に赴いて頂き、九階の滝をレポートしてください。神田裕之さんは、群馬県沼田市利根町に赴いて頂き、吹割の滝をレポートしてください。船平貴明さんは、福井県坂井市三国町で、東尋坊をお願いいたします。鈴木淳一郎さんと熊谷雄一郎さんは、神奈川県横須賀市猿島で、無人島の良さをアピールください。北原朋和さんと佐野徳行さんは、長野県松本市安曇で、上高地特集をお願いいたします。そして、佐藤征吾さんは、栃木県日光市足尾町で、足尾銅山のレポートをお願いいたします。ここで、一点だけ、注意事項があります。取材時期ですが、あすなろ物産(当社)が指定いたしますので、その指示に従うようにしてください。時期が来たら、取材をお願いするので、それまでは、動かないでください」


 芝山は、全員が十分に把握出来る様、丁寧に説明した。秘境場所の選定について、異議を唱える者が出ると、予め想定しているので、発言の間を設けた。


(………)

(………)

(………)


(質問して良いぞ?しないのか?)


「秘境調査の場所ですが、他の方と、交換は可能でしょうか?どのような選定で、こうなったのか、知りたいです」


(ほい、来た。想定通り、ありがとうよ)


「秘境調査と候補者については、適材適所で、考え抜きました。したがって、『変更はない』とお考え頂きたいです。ちなみに、適材適所の件ですが、各自の性格・思想を考慮したもので、一番力を発揮出来る場所に配置したので、必ずや、成果を出せるはずです」


(………)

(………)

(………)


「…性格まで掴んだうえでの配置か、なら、やる前から文句は言えないな。…分かりました、問題ありません」


「そう仰って頂けると、信じておりました。よろしくお願いいたします」


「他に、場所の選定で、質問がある方は、いらっしゃいますか?」


「……異議なし」

「ないです」

「とりあえず、了解」


 質問に対して、毅然な態度で、方針を示した時点で、異論は出ない事を確信した芝山だが、あえて、念押しの質問をする事で、全員の同意を得た。その後、補足説明を終えると、全員の顔色を確認し、感触を探る。


(……良いだろう。では、最後の仕上げだ)


 シンセサイザー奏者は、場の空気を、最大限高揚させる音色を奏でると、芝山が、負けまいと盛り上げる。


「それでは、全体説明は、この辺で、お開きといたします。この後ですが、別室に、豪華な晩餐をご用意しましたので、ぜひ堪能され、楽しい夜をお過ごし頂きながら、個別に、ご案内していきたいと思います。発送状で、お知らせした通り、全員に、スイートルームをご用意しております」


「あのう、本当に、無料で宿泊出来るんですか?」


「勿論でございます。一人寝が寂しい方は、大人向けのオプションも、ご用意しておりますよ。つまり、これらの接待は、あすなろ物産から、皆さまに対する、精一杯の誠意とお考えください。これは、商売であり、皆さまには、投資する価値が、十分にある。それだけの事です。人材は宝、だから、先行投資する。これが、あすなろ物産の社是でもあるので、ご遠慮なく、お申し付け下さりませ」


(------!)

(------!)

(------!)


 全員が、欲望のまま、大人向けのオプションを願い出る。芝山は、満面の笑みを浮かべ、右手を天井に突き上げ、それに答える。その様子に、会場全体が歓喜に包まれ、最高潮となった。


「今宵は、大いに楽しみましょう!」


 こうして、芝山と竹中の、用意周到な説明会は、この上ない成功と、確かな手応えを感じながら、晩餐後も、抜かりなく、一人一人に対して、丁寧に行われていった。


 約束された莫大な報酬と、数刻後に訪れる目先の快楽に、完全に、精神を操作された(マインドコントロール)九名は、この先、自分の身を滅ぼす厄など、知る由が無かった。


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