捜査会議1(2024年編集)
~ 警視庁、捜査一課 ~
捜査一課では、二年前と同じ様に、捜査会議が行われようとしている。
九条大河の遺作、『紅の挽歌』を模倣する事件の予告に対して、善後策を練る目的で、佐久間の呼び掛けに、川上真澄と、出版社の責任者である、柴田智大が応じた。佐久間は、捜査会議の冒頭、二人を壇上に招いて、捜査関係者に紹介した。
「捜査会議を始める前に、自己紹介する。今回の捜査には、二人の外部協力者を招き、協力要請を行った。一人目は、この中には、面識もある者も多いが、川上真澄さんだ。今日は、事件のテーマでもある、小説の原作者、つまり、ミステリー作家として、来て貰った。二人目は、小説の発行元、大有出版の責任者、柴田智大さんだ。ちなみに、この二人は、夫婦でもある」
マイクを手渡されると、柴田は、全員の目を見て、挨拶を始める。
「大有出版の柴田と、妻の川上真澄です。二年前は、皆さまに助けて頂き、ありがとうございました。妻は、度々、お世話になっておりますが、自分は、今日まで、何も恩返し出来ず、歯痒く思っておりましたが、お招き頂き、喜び勇んで、参加した次第です。誠意をもって、臨みたいと考えております。どうか、よろしくお願いいたします」
「パチパチ…パチ……パチ」
(あの二人、知っているか?)
(川上真澄は、知っている。何度も、救われたしね)
(今日の会議と、どんな関係があるのかな?)
(さあ、二年前の事件と言われても、ピンと来ないしな)
(お前ら、静かに聞いた方が良い。山川さんに、ビンタされるぞ)
まばらに拍手が起こる。何故、この二人が呼ばれたのか、真意が分からない者も多い。佐久間は、その空気を直ぐに感じ取り、マイクを握った。
「詳細を話す前に、九条大河を知っている者、聞いた事がある者は、挙手してみてくれ。ちなみに、二年前からいる、捜査員は知っているから、対象外だ。それ以外の者のみ、頼む」
(九条大河って、誰だ?)
(お前、知らないの?日本の文豪を?)
(ミステリー作家だよ)
(サスペンス番組、観た事ないのか?)
(二年前、記者発表あっただろう?)
(ああ、あの死亡した、女性作家か)
二十名程、挙手が確認される。
「ありがとう、手を下げてくれ。実は、九条大河は、ここにいる、川上真澄さんだ。今から話すから、まず、聞いてくれ」
(------!)
(------!)
(------!)
「昨年度から配属された者は、知らないと思うので、端的に説明する。二年前、九条大河の遺作、『紅の挽歌』という作品を巡り、大量殺人が行われた。この作品は、七小節からなる詩が、テーマになっていて、その内容に応じて、対象者が殺された。全国規模の捜査だったが、柴田さんの協力もあり、何とか、真犯人、川野隆司を逮捕し、事件解決したという訳だ」
「すみません。九条大河は、生存しているとは、聞いた事がないのですが?」
「川上真澄さんには、双子の妹、伊藤翔子さんがいた。伊藤翔子さんが、肺がんで死去したのだが、色々あって、九条大河が死んだ事にしたんだよ。妹の意向でね。だから、裁判でも、その背景が認められて、世間的には、九条大河は、死んだままとなっている。今は、本名で活躍しているから、口外は禁止だぞ」
「……お恥ずかしい限りです。どれ程、皆さまに、ご迷惑をお掛けしたか…」
柴田智大と川上真澄は、深く頭を下げ、改めて、全員に謝罪した。そんな二人を、佐久間は気遣う。
「終わった事です。あなた方は、十分償いましたし、被害者側でもあります。あの事件から、今日まで、捜査一課の課員も、大勢、川上真澄には、生命を救われたし、お相子です。それに、今回は、川上真澄無くして、この事件は、解決出来ないでしょう。捜査一課も、あなた方に頭を下げて、お願いする立場です」
「警部さん…。ありがとうございます」
「では、皆、捜査会議を開始する。まずは、犯行予告の内容を、精査するぞ。一通目の手紙を、各自読んでくれ。この事件は、『紅の挽歌』の結末に、納得がいかない模倣犯が、独りよがりに計画を立てた事から、始まっている。警視庁のサーバーを、不正接続して、捜査情報を得たり、知能指数は、ある程度高い人間だ。九条大河を崇めている節があり、何が何でも、二年前の事件と類似させようと、企んでいるようだ」
佐久間は、ホワイトボードを使い、要約した内容を書いていく。詩の詳細は、休憩後に行うとして、まずは、事件背景から、整理を始めた。
【 続・紅の挽歌 事件予告について 】
○犯行予告は、北海道から投函された(消印)
○九条大河、九条絢花の作品を好み、愛読者
○紅の挽歌の結末に、否定的な考えを持つ
○紅の挽歌を完成させた佐久間に、恨みをもつ(私怨)
○新たな詩を流用し、大量殺人を予告
○十名程度を殺害予定(不起訴になった者が対象)
○捜査関係者ではないと、宣言している(真偽は不明)
○大有出版の社員を買収し、紅の挽歌を入手した
○捜査記録を読んで、それを上回る計画を練っている
「以上が、要約した内容だ。詩の内容に入る前に、忌憚のない意見を、出して欲しい」
捜査官たちから、それぞれ質問が挙がる。課長の安藤は、静観する事にした。
「消印は、北海道となっていますが、犯行予告は、この場所からで、間違いないんでしょうか?消印から、投函された所管郵便局は、特定出来ますが」
(………)
「良い反応だ。『北海道で書いている』と記載があるが、信用していない。都内で書いたうえで、捜査を撹乱させる為、わざわざ、北海道まで出向いたとも考えられる。鑑識に回し、手紙の成分を調べてくれ。北海道内で販売されている、紙を使ったのか、それ以外の場所で、販売しているのかをだ」
「承知しました」
違う意見も、飛び交う。
「北海道で投函したという事は、素直に考えると、投函直前に、便せんを購入して、書いた事も考えられますね。相手の知能にもよりますが、どちらにしても、真偽を判明させるには、少し時間を要します」
「どのくらい、期間を要する?」
「成分だけなら、二日程度でしょう。ですが、成分から使用する地域を割り出し、工場を特定し、その工場と、取引する店舗まで割り出すには、三週間程掛かると思われます」
「いつ犯行が行われるか、まだ不明だ。二週間で調べてくれ」
「気張ってみます。協力体制を強化して、臨みます」
「正直、北海道の単語が出た時に、『紅の挽歌』でも舞台となった、襟裳岬が頭に浮かんだよ。消印所管郵便局が、北海道幌泉郡えりも町なら、『故意に、この地で投函した』と判断出来る。今のところは、事件に影響しないだろうがね」
一人の捜査官が、挙手する。
「犯人は、九条大河・九条絢花の愛読者とありますが、どのレベルなのか、分かりません。熱狂的な信者だとは思いますが、昨年度の配属なので、作品と、事件の関連性が、中々、掴めません。また、九条絢花の素性すら、知りません」
「これについては、九条大河本人に意見を伺ってはどうだ?…川上真澄さん、率直な意見を」
(………)
川上真澄は、再び壇上に立つと、捜査官全員に対して、語りかけた。
「今からお話するのは、川上真澄ではなく、『紅の挽歌』の原作者、九条大河としての意見です。少し長くなりますが、宜しいですか?」
佐久間は、『どうぞ』と頷いた。
「では、まず、犯人について、私なりに考えてみました。九条大河と九条絢花のファンであり、最期の作品を、出版社の社員を買収してまで、読んでくれた事については、書き手として、身に余る光栄ですが、犯人の詩を読む限り、ミステリー作家の、考えではありませんでした。つまり、思想が素人であり、殺人計画ありきで、近い詩を選んだものであると、実感しました。対象者は、十名程度との事ですが、詩の内容に沿って、実行する為には、単独犯ではなく、複数犯でなければ、行えません」
(自分の考えと一緒だな)
佐久間も、捜査員に交じり、質問する。
「九条大河は、この犯人像を、どう捉えておられますか?」
(………)
「この犯人は、捜査関係者、もしくは、判事、役人、検事などの、行政に携わる者であり、単なる愛読者ではないと、断言しますわ」
(------!)
(------!)
(------!)
課内が、ざわめく。
「やはり、そうですか。…同感です」
「警部!同感とは、警部も、九条大河と、同じ考えなんですか?愉快犯の可能性だって、あると思いますが?」
「それは、ご尤もな意見だ。捜査は、固定した考えは危ないし、色々な角度から、検証する事が定石だ。しかし、殺害の対象条件として、法の目を逃れた者、不起訴になった者が、選ばれている。裏を返せば、その事を知っている人物で、限定的な事から、行政側の人間、更に限定すると、法に携わる者か、法に明るい者だと、考えるべきだ。被害者家族の代弁者だと、ほざく人間だ。相当、正義感ぶる地位か、組織に属する者だろう」
「その通りですわ」
「柴田さんにも、お話を伺います。大有出版で、誰が、犯人と接触して、紅の挽歌を流出させたか、特定出来そうですか?」
川上真澄が席へ戻り、柴田智大が、壇上に上がった。
「私は、佐久間警部に相談してから、独自で、社内調査を行っていました。結論は、困難であります。…お恥ずかしい限りですが、お蔵入りした作品は、厳重に保管するイメージを、皆さんは、お持ちになると思いますが、大有出版では、保管状況、つまり、品質的な劣化を防ぐだけなんです。社員なら誰でも、保管室へ、自由に出入り出来るし、その気になれば、外に持ち出して、複製が出来てしまう。それくらい、ザルで、管理が甘いんです。もちろん、見つかれば、解雇は免れませんが。誰かが、出版社内で、コピーしたとしても、コピー機の本体で、削除処理をすれば、記録なども残りませんし、監視カメラなどもありませんから、セキュリティ的には、出版社は、他業界に比べて、大きく隔たりがあります。その中でも、大有出版は、最下位に位置します」
「という事は、誰が買収されたか、見当もつかない、そう事になりますね」
「仰る通りです。ですが、急に羽振りが良くなった者、不審な動きをする者は、見つけ次第、すみやかに情報提供する事を、お約束します」
「協力、感謝します。では、出版社内については、柴田さんに、引き続き、ご協力をお願いします」
「警部、不正接続の件については、どの程度、被害が出たのか、捜査二課に依頼されますか?」
「無論だ。その為に、捜査二課長にも、この会議に、臨場して貰っている。課長、お話の通り、二年前の事件で、ここ数ヶ月の間に、捜査一課の捜査記録が、何者かに、盗まれています。捜査一課だけなのか、警視庁全体なのかは、まだ不明です。知能犯相当として、サーバー犯罪案件で、捜査二課にも、正式に捜査依頼したいと思います」
捜査二課長の近藤は、捜査一課長の安藤と、目で会話しながら、回答する。
「事の経緯を、取り纏めたうえで、課長名での事務連絡を、庶務課経由で、捜査二課に挙げたまえ。捜査二課としては、セキュリティには、万全を期しているつもりだが、不正接続は、断じて、あってはならん。既に、非公式で、捜査を開始させている。…杓子定規では、捜査は進まんからな」
近藤は、話を終えると、佐久間にウインクした。
(やはり、この方を選んで、正解だった)
佐久間は、安藤や近藤の事を、良く熟知している。特に安藤は、佐久間の行動を予測して、捜査を早く進展させる為、労力を厭わない性格だ。率先して、非公式に暗躍し、他課に根回しをしてくれる。安藤の、これらの行為を、越権行為・出しゃばり・お節介と、揶揄する者がいる事は、把握しているが、佐久間にとっては、感謝しかない。
「…いつも助けて頂き、ありがとうございます」
佐久間は、深々と、両課長に頭を下げると、一旦、会議を締める事にした。
「では、一通目の手紙の検証は、ここまでとする。十分休憩後に、二通目の内容について、会議を再開する。一旦、解散」