続・紅の挽歌(2024年編集)
~ 千代田区 爛々亭 ~
一通目を読み終えた佐久間は、食事を、先に済ます事にした。
疲れを取る為の休憩も、模倣犯のせいで、台無しである。日替わり定食の生姜焼きも、いつもより、塩っぱく感じる。
先に食べ終えた山川は、冷えたおしぼりで、口を拭いながら、問いかけた。
「警部、内容を、どう予想されますか?」
(………)
「ちょっと待ってくれ、山さん。最後の一口くらい、味わいたいな」
(------!)
山川は、しまったと、慌てて謝罪する。
「すみません、自分の事しか考えず。黙ります」
(………)
佐久間は、残りの生姜焼きを頬張り、グラスの水を飲み干した。数秒、目を閉じて、気持ちをリセットしてから、山川の問いに答えた。
「…模倣犯のことだ。一通目の手紙でも、分かったように、九条大河の、書き方を真似している。となれば、二通目の内容も、『紅の挽歌』で使用した詩を、真似ていると思う。容易に、予想がつくよ」
「十名程度といったら、大量殺人です。なんとしても、初動捜査で止めないと」
(………)
「まあまあ、山さん。そう、力まないでくれ。申し訳ないが、コーヒーのお代わりを、頼んでくれないか?飲みながら、二通目の内容を確認しよう」
「そうですね。では、直接、貰ってきます」
山川は、直ぐに、カウンターに向かった。佐久間は、その間、二通目をテーブルの前に置き、頭の中を整理する。
(…山さんの意気込みは買うが、気負いすぎだ。前回の失敗は、学んだ。今回に活かせれば、御の字なのだが、模倣犯は、それを見越していると、考えた方が良いかもしれないな)
山川が、コーヒーを運んでくる。ゆっくり飲み終えたところで、二通目の手紙に、目を通した。
【 続・紅の挽歌 】
『 紅の夕陽が、再び昇るとき、君は、全てを掴むだろう 』
『 神田川から繋がる海へ、船で出て、大海原へと消えるころ
桜を愛でる釣り人も、遠くの岸辺で、朽ち果てる 』
『 黄金色に光り輝くヴァルハラで、相反するしがらみが
無情に、荒野で果てるだろう 』
『 鎮魂歌の奏でる続唱が、二つの罪を、鎮め給う 』
『九条絢花の名のもとに、大河を、再び乱すだろう
元凶となる、ワザワイは、悲運の選手となるだろう 』
『 紅の挽歌が、再び響くとき、最後の一人が、笑うだろう 』
(………)
(………)
「山さん、第一印象は、どう思った?」
「はあ、何というか、モヤモヤします。警部は、どうですか?」
佐久間は、深い溜息をついた。
「…正直、拍子抜けというか、ガッカリ感が強いかな。模倣犯は、本当に、ただの殺人鬼なのだと、改めて分かったよ。この詩には、何の思想も、センスも感じない。前作に準じて、無理やり、犯行計画を詩にしただけだし、前回とは、性質そのものが、全く違うと、考えた方が良い。九条大河の詩には、それぞれ、深い意味があり、ミステリーとして成立していた。今回は、それが微塵もないが、犯行は止めなければならないから、とりあえず、川上真澄に、相談してみようじゃないか」
(------!)
「川上真澄…ですか?…警部には、申し訳ありませんが、私は反対です。何度か、捜査協力をして貰っているのは、事実ですが、捜査情報が漏れたり、万が一、この事件を、川上真澄が企てているのであれば、捜査一課は、沈む泥船に、乗る事になります。警部は、何故、川上真澄を、そこまで信用出来るのですか?」
(………)
(山さん程の男が、この程度も、分からないのか?)
佐久間は、やんわりと、解説がてら、諭す事にした。
「山さん、言いたい事はよく分かるが、『紅の挽歌』は、誰の作品だ?」
「九条大河です」
「そうだね。では、今回の事件は、どうだ?」
「今回は、『紅の挽歌』を、改変した内容となっています」
「その通りだよ。原作者として、この作品について、評価したり、意見を言えるのは、九条大河だけだ。だから、率直な意見を聞くんだよ。それに、警察組織は、この手紙に出て来る、九条絢花の事は、全く知らないんだ。この詩を紐解くにあたり、九条絢花の作品に詳しい、九条大河の協力は、必要不可欠だ。幸い、犯人は、九条大河が、死んだと思っている。川上真澄として、捜査協力するなど、夢にも思わないはずだ。それだけが、現段階で、警察組織が、優位に立てる点だ。作品を探す時間も、最短で可能だろうしね」
(………)
「それと、山さんには、この際、ちゃんと話しておく必要がある。山さんは、何故、信用出来るのか?と聞いたね。その問いに、答えよう。川上真澄は、二年前の事件で、九条大河とは、しっかりと決別し、本名にて、執筆活動を再開した。復活を遂げた川上真澄は、その後、獅子奮迅の働きで、捜査一課が窮する時、何度も、自分の立場を省みず、捜査に尽力してくれた。乳飲み子の、側にいたい時でも、困った時には、駆け付けてくれた。川上真澄の、プロファイリングで、何名、捜査一課の課員が、生命を救われた?そんな女性が、今更、犯罪を企てると、本気で思うのなら、それは、間違っているし、考えを改めるべきだ。川上真澄を、贔屓したり、特別視はしていない。山さんと同じように、同等の同僚として、接しているつもりだ。だから、山さんも、同じ釜の飯を食う、仲間だと認識して、認めてやって欲しい」
(------!)
この回答に、山川は、思慮の無さに、気が付いた。また、自分が川上真澄に対して、嫉妬しているだけだと、悟った。
(…このモヤモヤは、嫉妬だったのか。昔は、四六時中、警部と一緒だった。二年前の事件から、警部は、川上真澄の意見を聞いたり、相談する事が増えたし、川上真澄と捜査する事も増えた。自分だけが、置いてかれる感じがしたのは、『自分が、もう必要ない』と、思われるのが、怖かったんだ)
「…確かに、仰る通りですな。正論すぎて、反論出来ません。私的感情は抜きにして、協力を仰ぐべきだと、分かりました。この歳になって、みっともない感情が、出てしまいました。申し訳ありません」
「良いんだよ。山さんとは、昔から、何度も腹を割って、話をした仲じゃないか。今日だって、一緒だよ。私だって、山さんの協力無くして、捜査出来ないからね。捜査一課に戻ったら、川上真澄に、来庁して貰える様、依頼しよう。模倣犯に対してなのだが、正直言って、九条大河の作品を、馬鹿にされてる気がして、胸くそ悪い」
「川上真澄も、さぞ、怒るでしょうな」
「二年前の事件に、関わった者、柴田智大、川上真澄、和尚夫婦、亡くなった伊藤翔子、そして、『紅の挽歌』で、犠牲となった者、全てが馬鹿にされたと、感じるだろう。私でさえ、ここまで気分が悪いんだ。川上真澄にしてみたら、さぞ、ご立腹だろう」
「そうですね。作家にとって、作品は子供。それを馬鹿にされたら、誰でも怒ります。しかし、怒れば、怒るほど、模倣犯の、思惑に嵌まります。でも、犯行は、止めなければなりません。ここは、グッと堪えて、私怨は捨てる事にしましょう。私は、とりあえず、そう思って、頑張ってみます」
佐久間は、静かに頷いた。
「今回は、山さんの方が、冷静に、大人の対応が出来るのかもしれないね。私だって、人間だ。私が、暴走した時は、山さんが、今みたいに諌めてくれ。それは、山さんだけしか、出来ない」
山川の表情が、思わず緩む。
「そんな、自分だけだって、とんでもない。我々は、二人で一人ですよ。さあ、捜査開始です!」