異例の報道と室内の論争(2024年編集)
~ 十二月二日 ~
どの局も、十一時から、堰を切った様に、連続殺人事件を、大々的に報じ始めた。
「特集です。先日、警視庁が、緊急記者会見を開き、四月頃から、全国各地で発生している不審死が、一連の連続殺人事件であったと、発表しました。また、警視庁は、主犯格の男を芝﨑直人、四十一歳であると断定し、全国に指名手配しました」
アナウンサーは、指定された原稿を、読み上げる。
「警視庁は、十二月二十四日に、最後の事件が発生するものとして、芝﨑直人容疑者の身柄確保を行うと、声明を出しました。犯行舞台も、既に特定が済んでいるとの事で、十二月二十日から十二月二十五日まで、万全の体制で、犯人確保に総力を挙げる旨を、追加で発表しました」
番組毎に、ワイドショーによる特集枠が組まれ、有識者たちが、この事件について、言及をする場面が映し出されると、ネット上では、波紋が広がった。
凶悪事件では、捜査が適切だったのかを、問う意見が飛び交うが、今回に限っては、一切出ないからである。
『警察の捜査が、不適切だった』と、意見する者は皆無で、一人の犯人を名指しで挙げ、声明を出す事自体が、事件の深刻さを現すと、有識者たちの意見が一致するのも珍しく、はじめは、捜査の是非を騒いでいたネット民も、『是非を問う事自体が、次元が違う』、『是非自体、小事で、警察はよくやっている』と、犯行を止める必要性の方が重要であると、理解する意見が、多数を占めた。
報道機関の攻撃は、留まる事を知らない。芝﨑直人の犯行予告を、完全否定したうえで、警視庁が公式に、犯人を逮捕する宣言をした事に対して、『全報道局は、静かに動向を見守る』と、異例中の異例である、声明を出したのである。
詳細な場所の、言及は避けるものの、警視庁は、場所を特定していると、アナウンスする事で、芝﨑直人に対して、出頭を促す字幕映像を、本人の顔写真付きで、配信した。
警視庁で、各報道局の放送を、チェックした佐久間は、この後に起こりうる状況を、頭の中で整理していく。
(これで、世論は大丈夫だ。問題は、法務省が、あの手この手で、妨害をしてくる事。…取り消せと、圧力が掛かるだろう。それは、取るに足らない小事だ。そんな事より、芝﨑直人が、どの時点で、報道を知るのかが、気にかかる。ここまであからさまに、捜査日程を公表すれば、芝﨑の性格なら、回避よりも、強行する策を講じるはず。……次の一手を、打っておこう)
佐久間は、捜査二課に出向いた。
「不正アクセスの件、進捗はどうだ?」
「お疲れさまです。最近は、模倣犯からの、不正接続は確認されていません。監視体制を上げていますので、間違いないです」
(ふむ、さじ加減が必要だな)
「助かるよ。では、全体の監視体制は、維持したまま、捜査一課だけ変更したい。捜査一課の捜査状況が、模倣犯側が取得出来るレベルまで、故意に下げてくれ。偽の捜査状況を流したいんだ」
「偽情報ですか?…面白いですね、分かりました。後で、詳しく教えてください。捜査二課長にも、事前に、了承を得ておきます」
「よろしく頼む」
捜査二課から戻ると、山川が、落ち着かない様子で、出迎える。
(ん?山さん、どうしたのだろう?)
「警部、課長がお呼びです。八階の応接室へ、至急来る様にと」
(………)
(想定よりも、早いな。この様子だと、法務省と検察庁が一緒だろう)
~ 警視庁八階、第三応接室 ~
入室すると、法務省と検察庁の人間が、顰め面で、座っている。カメラマンが同席し、三脚に設置されたカメラで、録画配信をする様にも見える。
(法務省の者は、初めて見るな。検察庁は、…確か、元上司の佐倉と言ったかな?カメラマンの所作を見るに、この話合いを、法務省と検察庁の誰もが、リアルタイムで見られる様に、手を打ってきたと、考えるべきだ。そして、自分たちの、都合の良い部分だけを抜き取って、報道機関に送りつけたいのだろう。まあ、警視庁も、応接室のカメラで撮影しているから、お互い様か)
「お待たせしました。捜査一課の佐久間です。ご用件は、大体、察しますが。…その前に、課長、宜しいのですか?」
「問題ない。映像を流す事は、警視総監からも了承を得ている。警視庁として、毅然とした態度で接するだけだ」
「承知しました」
佐久間は座るなり、二人からは、激しく異を唱えられる。
「あの報道は、常軌を逸している。法務省の組織内は、大騒ぎです。千葉刑務所の、担当刑務官に確認しましたが、芝﨑直人は、間違いなく死亡している。法務省の矯正局刑務官の臨場結果を、警視庁は信用しない。こう宣言していると、解釈します。失礼にも、程があるのでは?」
(………)
安藤は、黙っている。
「東京高等検察庁も、完全な、とばっちりだ。芝﨑直人は、元職員だ。今更、マスコミなんぞに、重箱の隅を突かれたら、困るんだよ。この間、アポイントメント無しで来たかと思えば、今度は、ありもしない情報を流し、しかも、犯人として、断定したと言う。非見識も甚だしい。安藤さん、あなた、部下の教育をしていないのか?」
(課長、宜しいですか?)
(ああ、忖度は不要。かまして構わん、好きに振る舞え)
佐久間は、想定問答で考えていた通り、二つの組織に対して、切り返す事にした。
「まず、法務省にお尋ねします。芝﨑直人の死亡確認は、DNA鑑定されましたか?」
「DNA?する訳がない。刑務官が、臨場確認したのだ、必要ない」
「それは、おかしいですね。強行犯を、牢獄ではなく、警察病院で治療する場合は、逃亡や、替え玉等があるかもしれないから、その危険を回避する為、厳重な監視を行う様、規則があるはずです。警察病院では、刑務官による、二十四時間体制が機能していましたか?」
「当たり前だ。そんな事、警察組織に言われなくても分かる。法務省は、法の番人だぞ?」
佐久間は、カメラに向かって、ほくそ笑んだ。
「警察病院に赴き、裏を取りましたが、警察病院の看護師の話では、一時間に一回は、刑務官が席を外して、喫煙所に行った事を、目視確認しています。これだけでは、裏付けの証拠としては、不十分であると、仰る事を想定し、防犯カメラ映像の記録を入手しています。記録媒体は、私の胸元にありますが、ご覧になりますか?それとも、お渡ししましょうか?警視庁は、東京高等検察庁の様に、開示請求されなくとも、捜査に協力する姿勢を見せます。もう一度、警視庁から、法務省に確認します。二十四時間体制が機能され、見張りをされていましたか?していませんでしたか?大きな声で、はっきりと、お答えください。カメラ映像を通して、全国のお仲間も、見てらっしゃいますよ?」
(………)
(………)
「この件は、持ち帰る事とする。臨場確認した刑務官にも、再確認する必要がある」
「東京高等検察庁としても、同意見だ。看護師に、証言を依頼したかもしれないし、映像だって、本物かどうか分からない。そもそも、防犯カメラ映像の記録媒体として、正式なものであると、証明していないから、無効だ、そんなもの」
佐久間は、再度、カメラに向かって、ほくそ笑んだ。
「そう言われると思って、防犯カメラ自体の機械更正記録、日時取得、保存した媒体の更正記録など、裁判にも使用出来るレベルで、準備していますので、ご心配には及びません。何なら、報道機関に渡しましょうか?その方が、国民の理解も得られるでしょう。透明性の確保は、重要ですから」
(------!)
(------!)
二人とも、無口になり、重たい空気が流れる。佐久間は、トドメを刺すことにした。
「芝﨑直人は、替え玉を利用して脱獄したと、警視庁は、改めて断定します」
(------!)
(------!)
「もし、違う場合は?」
「違いませんよ。まあ、違ったら、『ごめんなさい』でしょうか?」
「それで済むと、思っているのか?」
「思っていますが、何か?」
(------!)
(------!)
「警視庁は、模倣犯を、逮捕寸前まで追い詰めている。法務省は、余計な茶々を入れない様に、お願いします。それとも、警視庁から、法務省の落ち度を公表した方が、宜しいですか?」
(------!)
(------!)
「それは、困るよ」
「なら、法務省は、この件は『済み』で、宜しいですね?」
(………)
(………)
「では、次に、東京高等検察庁にお尋ねします。芝﨑直人は、元職員ですが、重箱の隅を突かれる事はあっても、別に、佐倉が、解雇される訳ではない。警視庁にどうしろと?」
「警視庁から、報道機関に、余計な詮索をせぬ様、話を通して頂きたい」
(………)
「お断りします。ご自分の組織が可愛ければ、検察庁で、論じれば良い。他組織の人物評価を、警視庁が口を挟む、筋合いはありません。警視庁捜査一課は、芝﨑直人、個人を追っているのであって、東京高等検察庁の芝﨑直人を、追っている訳ではない」
「行政の組織同士、互いに、仁義は切らねば、おかしくないかね?『互いに、干渉しない』が、暗黙のルール、一方的に破るのが、警視庁の考えかね?それなら、東京高等検察庁としても、今後の対応を考えさせて貰うがね?」
「その発言は、どの様な解釈をすれば良いか、困りますな?ねえ、課長?」
「そうだな、解釈の仕方を誤れば、脅迫にも聞こえるな」
「それは、警視庁の捉え方であって、東京高等検察庁としては、お答えしかねますな。まあ、警視庁から送致された者の、考察時間が遅れる事は、多々あるでしょうがね」
「まあ、それは良しとして、お答えしましょう。仁義と仰いましたが、仁義を云々言う前に、警視庁捜査一課の捜査を、妨害しないで頂きたい。これ以上、妨害するのであれば、元ではなく、東京高等検察庁の職員として、以前の事件に対して、再捜査しても良いのですよ?そうなれば、芝﨑直人に関する、全ての資料を開示請求する事になります。まあ、先日、佐倉から言われた通り、全面黒塗りでは、確認は厳しいとは、思いますがね」
(………)
(………)
「そもそも論ですが、警視庁が、どれだけ、法務省と東京高等検察庁に対して、配慮をしたうえで、公表したのか、分かっていない様なので、お答えしましょう。報道機関のニュース番組で、元東京高等検察庁だとか、死亡した事にして脱獄を企てたと、発言している局はありますか?」
(言われてみれば)
(しまった、一言も発言していない)
「芝﨑直人は、確かに、元公務員で、替え玉を使い脱獄した。その事実は、報道機関は全て知っています。警視庁は、事件を公にする会見で、『前回の事件で、逮捕前に辞職した時点で、公務員ではなく、一般人であると、告げたうえで理解を得ており、報道機関も、警視庁の考えに賛同して、事件解決に協力してくれています。そんな配慮も知らず、自分たちの、上辺だけの面子の為に、お二人は、組織の代表として、乗り込んできた。仁義を言う前に、自分たちの足元を見直してから、喧嘩するべきなのでは?』
法務省と東京高等検察庁は、ぐうの音も出ない。同時に、二人の携帯が鳴った。
「はい、東雲です」
「佐倉ですが」
(------!)
(------!)
「はっ、申し訳ありません。直ちに、撤収いたします。いや、大丈夫です。処罰は、甘んじて受けます」
「すっ、すみません。まさか、この様な状況になるとは?えっ、待ってください。何とか、それだけは」
(課長、あの慌てよう、上層部が動きましたね)
(ああ、おそらく、法務大臣、自ら動いたんだ。それと、検察庁長官がな)
東雲と、佐倉の表情が強張り、顔面蒼白で、脂汗までかいている。
(佐久間警部、お仕置きは、この辺で。おそらく、警視総監だけでなく、警察庁長官も見ているし、政府高官も見ているかもしれん。勝ちすぎても、後々、面倒な事になる)
(そうですね。引き際を誤ると、我々も危ない。逃げ道を作らせましょう)
佐久間は、これ以上の議論は不要だと、場を締める。
「お二方も、異論はないようですので、どうかお引き取りを。報道機関を利用された事は、法務省として、また、東京高等検察庁として、面白くないとは思いますが、事件解決まで、時間がない。そうせざるを得ない状況だと、ご理解ください。警視庁としては、同じ、司法の番人である機関に、喧嘩を売る事はしていないし、強制捜査に踏み切る訳でもない。ましてや、芝﨑直人、個人の問題であって、組織は関係ありません。では、捜査に戻りますので、これで失礼します」
佐久間が退席すると、安藤が、静かに頭を下げる。
「今回の件は、これで、終いという事で。逆の場合は、協力を惜しみませんので」
(………)
(………)
二人は、何も言い返せず、黙って引き下がるしかなかった。
~ 佐久間が退室した二分後 ~
佐久間が、捜査一課に戻っていると、胸元の携帯電話が振動する。
(ん?警視総監からだ)
「はい、佐久間です」
「この暴れん坊め、やり過ぎだ。大臣から電話がきたぞ」
「申し訳ありません、ご迷惑をお掛けしました」
「まあ、良い。今回の事は、やつらが悪い。警視庁は、やるべき事をやった。公に出ない様、芝﨑の詳細を、報道機関が自制する対策もした。それを知らず、自分の立ち位置だけを守る為に、勝手に暴走して、勝手に自滅しただけだ」
(自滅?)
「総監、あの二人は?」
「来週中に、降格処分だろう。良くて、左遷だな。仕方あるまい、警視庁を叩きのめすつもりで、議論の様子を、全職員に対して、放送したのだろうからな。身内からの叱責もあるし、異動になった方が、二人とも、気が休まるだろう」
「そうですか。私も組織を守る為に、闘いましたが、何だか空しいですね」
「正義を司る機関が、互いに、足を引っ張る。佐久間警部は、同じ轍を踏むなよ」
「承知しました、肝に銘じます」
この日、全国の検察庁職員の間で、新たな表現が、情報共有された。
『警視庁捜査一課の佐久間には、絶対に逆らうな』である。




