犯行の足音(2024年編集)
~ 二月十一日、北海道幌泉郡えりも町 某ホテル ~
「コン、コン」
(着いたか?)
男がドアを開けると、手下の男が、男のチェックインから、二時間遅れでやってきた。
「やっぱり、北海道は寒いですね。都内とは、寒さの質が違います。指示通り、便箋を、愛知県で買っておきました」
「余計な挨拶は良い。便箋を渡せ」
「ずっと、聞きたかったですが、どうして、この町で購入しなかったんですか?」
(………)
男は、手袋を装着し、便箋の数を確かめる。
「その前に、俺からも確認だ。便箋を購入する時、まさかとは思うが、馬鹿正直に、店頭で、顔を晒していないだろうな?」
手下の男は、誇らしげに頷く。
「勿論です。通りすがりの人間に、金を渡して、買わせました」
「ほう?どうやって?」
「『あの店で、便箋を買いたいが、店主の奴が、死ぬ程嫌いだから、代わりに買ってくれないか?一万円の釣りは、全部やるから、頼む』と。快く、引き受けてくれましたよ。絶対に、足はつきません」
(それなら、問題ないだろう)
「防犯カメラには、映ってないだろうな?」
「そりゃあ、もう。駅から、死角を確認しながら、店まで行きましたから、バッチリです」
「付着した指紋は、店の者と、購入者だけだな?」
「仰る通りです。自分も、手袋でしか触っていません」
「ちなみに、このホテルのチェックインで、どの住所を書いた?」
「偽造した、免許証の住所です」
(オッケーだ)
答えに満足した男は、気を良くして、答え始めた。
「犯行予告に使う便箋は、捜査を攪乱する為だ。警視庁捜査一課は、便箋の消印から、投函場所と購入地域を割り出して、足取りを掴む為に、聞き込みしたり、防犯カメラの映像分析を行うはずだ。すると、どうなる?」
「…徹底的に、この周辺を調べる……という事ですか?」
「ああ、そうだ。愛知県の便箋を使用するという事は、警視庁は、北海道と愛知県の、二箇所を捜査しなければならん、要するに、時間を稼ぐ事が出来る。犯行予告を完璧に行う為には、時を稼ぎ、かつ、犯人像が見えない事が、重要になるのさ。佐久間との頭脳戦は、もう始まっている。だから、このホテルも、別々に予約して、時間を空けて、チェックインしたんだ。俺たちは、よそ者だ。徒党を組んで行動していたら、直ぐに捜査網に掛かる」
「なるほど、そこまで周到に、考えてらしたとは、恐れ入りました」
猛烈な吹雪が、容赦なく、窓を叩きつける。手下の男は、薄緑色のブラインド越しに、外の様子を確認しながら、事の続きを尋ねた。
「犯行予告は、真夜中に、人通りが少ないのを見計らって、ポストに投函する。変更なしで、良いんですね?」
「ああ、あそこなら、監視カメラも無く、何せ、この吹雪だ。誰もいないし、お前の姿も見つからないだろう。見立て通りなら、二月十四日には、警視庁に届くはずだ」
「中身は知りません、どんな内容なんですか?」
「…二年前の、事件記録を読んだ。佐久間の性格は、十分に把握している。そこで、佐久間の知能を利用して、『続・紅の挽歌』を作ってみた。当然、捜査関係者と協力して、紐解こうとするだろう。だが、そこが狙い目だ。組織ってもんは、厄介だ。無能な意見が多いと、場所の特定にすら、時間を要し、犯行を阻止する事が困難になる。…必ず、罠に掛かる」
手下の男は、うんうんと、相づちを打つも、疑問を呈する。
「その警部は、賢いんですよね?一人で紐解く事は、想定してないんですか?」
「前回の事件では、死者が沢山出たから、今回も、同様になると、警戒するだろう。つまり、複数で、一気に、場所を特定しなければならん。早期解決には、組織力が必要なんだ。私が、佐久間でも、周囲を巻き込んで、場所の特定に、総力を注ぐ」
「…はあ、そんなもんなんですか。組織力って、よく分かりませんが」
(だから、お前は、馬鹿なんだよ)
「……まあ、それは良い。とにかく、『紅の挽歌』と同じ感覚で、『続・紅の挽歌』を解こうとすると、十中八九、俺の作略に嵌る。藻掻く様を、間近で見られないのは残念だが、まずは、佐久間の推理力を、この目で確認しておきたい。こちらの思惑通り、嵌るのか、力技で切り返してくるのか。力量を把握してから、用意した舞台の関係者に、案内状を発送する。……片道キップの、秘境の旅だ」
(………)
(………)
(滅茶苦茶、悪顔だ。快楽殺人者ってのは、質が悪いな)
相手にどう思われているかなど、気にも留めず、男は、不敵な笑みを見せる。
(佐久間、首を洗って待っていろ。…もうすぐ、もうすぐだ。楽しい殺戮の、始まりだ)
(………)
不穏な空気が、動き出す。