ゆかりの地1(2024年編集)
~ 東京都 警視庁捜査一課 ~
東京高等検察庁の結果を踏まえ、佐久間は、安藤と意見を交わしている。
中山明美の事情聴取で判明した事や、芝﨑直人の事で、捜査方針の変更を、余儀なくされたからだ。
「事情は分かった。佐久間警部の予想が、珍しく外れたな。で、どうするつもりだ?」
「現時点では、支障はありません。芝山が、芝﨑直人であろうと、なかろうと、知能犯に変わりはありませんので、当面は、鹿井健一の身柄確保を優先します。次の犯行は、おそらくクリスマス・イヴあたりでしょう。鹿井健一の現住所を洗っていますので、まだ間に合います」
「上高地の事件から、模倣犯の犯行が、粗雑になってきた感がある。もう、『紅の挽歌』に、準じてない気がするんだが?」
「はい、自分も同意見です。事件当初に話しましたが、今回の事件は、九条大河の様に、華が無いんです。中途半端に、犯行を詩に見立てただけで、直ぐにメッキが剥がれる。模倣犯は、決して、推理小説作家にはなれません」
日下が、猿島の捜査結果を報告しに、やって来た。
「警部、お疲れ様です。被害者の身元、経歴が判明しました」
「お疲れさん。待っていたぞ、さあ、聞かせてくれ」
「では、発見された順に報告します。まずは、鈴木淳一郎、四十一歳。職業は、推理小説作家です。この男は、業界内では、盗作疑惑が多く、敬遠されていた様です。次に、熊谷雄一郎、四十歳。職業は、日本小説評論家です。辛口意見で、定評がありますが、裏では、新人女性作家を、喰いものにしている噂が、後を絶ちません。最後に、真田ひかり、三十七歳。職業は、民宿経営者。未亡人女将として、数年前から、民宿経営を継いでいたようです。鈴木は絞殺ですが、熊谷と真田は、重なる様に、射殺されていました」
「重なる様にか。…確か、玄関付近だったよな?」
「はい、報告では、玄関から出る際に、強襲を受けた模様です」
(………)
「ふむ、佐久間警部、この二人をどう思う?」
「中山明美の事情聴取で、芝山と竹中から、『コテージに宿泊する鈴木に対して、身の回りをする様に、金を積まれた』と聞きましたから、真田ひかりも、同じなのでしょう。女将として、かつ、娼婦として、熊谷に接した。二人とも、玄関だという事は、おそらく、女将が芝山を裏切り、熊谷を逃がそうとしたのかもしれません。中山明美は、芝山の指示で、指定場所まで、鈴木を誘導した事から、殺されなかった。真田ひかりも、中山明美の様に、指定場所に誘導するのであれば、熊谷は、指定場所で殺されたでしょう。そうならなかった事から、民宿内に盗聴器が設置され、会話を聞かれたうえで、殺されたと考えられます」
「なるほどな、それなら合点がいく。日下、そう言えば、犯罪履歴の報告が無かったが、二人とも、どうなんだ?今までの被害者は、全員、不起訴処分者だったはずだ」
「それなんですが、履歴照会からは、該当しませんでした。その為、報告が遅れました」
(…違和感を覚えるな。粛清対象者に変更があったのか?)
「鹿井健一の所在は、掴めたか?」
「すみません、まだ、報告以上の確認は、取れていません」
(………)
(………)
「鹿井健一は、関東圏内にいるはずだ。関東圏内の警察本部に連絡して、居場所を特定する様、協力要請してくれ。進展があったら、何時でも良いから、電話連絡を頼む」
「はい、分かりました」
(………)
安藤は、ホワイトボードに貼られた、被害者たちの顔写真を眺め、検察への恨み節を漏らした。
「司法判断を仰ぎたいから、懸命に送検するのに、自分たち都合で、不起訴にするから、こんな事件が起こるんだ。勝率がどうだの、警視庁には関係ない。量刑を与え、罪を償わせておけば、死ぬ事もなかっただろうに。…このままでは、鹿井は、模倣犯の餌食になる。『警察本部への要請』には、安藤の名前で行え。早急に対処しろ」
「了解です。他の捜査官にも、伝達します」
(………)
佐久間は、日下に、指示を追加する。
「日下、その作業が終わり次第、手分けして良いから、被害者全員の、検察記録を調べてくれ。誰が担当検察官だったのか、急ぎで頼む」
(………?)
「分かりました」
安藤が、苦笑いする。
「十中八九、芝﨑直人だと思うぞ。だが、芝﨑直人は死んだ。それでも、可能性を探るのか?」
「私には、真犯人は、芝﨑直人であるとしか、思えないんです」
「何故、そこまで、芝﨑直人に固執するんだ?」
(………)
「芝﨑直人は、頭が切れる男で、稀に見る、有能な検察官でした。犯罪者の中では、類を見ない、特級のSランクでしょう。千葉刑務所の刑務官は、『病死』と言いました。病死なら、獄中ではなく、警察病院で死亡したはずです。私が、芝﨑直人なら、監視が緩い警察病院で、替え玉を使って、入れ替わるでしょう。芝﨑直人の能力なら、容易いはずです。双子の可能性も否めませんが、高等検察庁の話振りから、兄弟はいない様なので、替え玉を疑います」
(替え玉か。それは、頭になかったな)
「そこまで考えているなら、何も言うまい。任せたぞ」
「ありがとうございます。今後についてなのですが、明日から、愛知県豊田市に行きたいと、考えているるのですが、宜しいですか?」
「豊田市に?」
「詩の中に、『九条絢花の名のもとに、九条大河を乱す』とあります。九条絢花は、晩年、愛知県豊田市で生涯を閉じたのを、思い出しました。念の為、大樹寺の和尚に、会って来ようと思います」
「和尚、…佐藤敬吾か。…久しぶりに聞く名だ。被害に遭うと、思うんだな?」
「詩の内容に準ずると、『思い過ごしなら』と、悠長な事を言ってられません。不安要素は、払拭しておきます」
「許可しよう、よろしく伝えてくれ」
「承知しました、ありがとうございます」
こうして佐久間は、翌日の便で、愛知県に向かう予定を組んだ。
~ 同日の二十一時、東京都内 佐久間の自宅 ~
佐久間は、風呂で疲れを取ってから、夫婦水入らずで、遅めの夕食を取っている。
「千春、明日なんだが、和尚に会ってくるよ」
「まあ、大樹寺に?珍しいわね」
「うん、この事件も、あと少しだ。鹿井健一という男がいるんだが、その男を匿った時、模倣犯が、どのような動きを見せるか、分からないからね」
(………?)
「話が見えないわね?その人を救う事と、和尚に、何の関係があるの?」
「この事件は、『紅の挽歌』に関するもので、犯行計画を邪魔された腹いせに、九条大河の身内を、襲う可能性があるんだ。大樹寺に何かあったら、九条大河が悲しむからね」
「…そうね。真澄さん、やっと、自由な身で、幸せに暮らしているんだもの。守ってあげてね」
「愛する妻の友人は、大事にするさ」
(プル・プル・プル・プル)
(------!)
(日下か、やっと来たか)
「お疲れさん、待っていたぞ」
「夜分すみません、大丈夫ですか?ご自宅ですよね?」
「全く問題ない、それで?」
「鹿井健一の居場所が、判明しました」
「どこだ!」
「千葉県成田市北須賀にいると、千葉県警察本部から、情報提供がありました。警視庁捜査一課よりも、先に依頼していた者がいたと」
(………?)
「思いつかんな。誰が、鹿井の行方捜索を、依頼したんだ?」
「…山川刑事です」
(------!)
(……謹慎してるとはいえ、根っからの刑事だな)
「日下、課長は、側にいるのか?」
「はい、おります」
「代わってくれないか?」
安藤の顔が、目に浮かぶ。
「安藤だ、何かね?」
「課長、身勝手を申します」
(………)
「山川を、佐久間警部の手元に戻せ。…そう言いたいのだろう?」
「仰る通り、身勝手なお願いです。猿島の失態は、猛省すべきですが、謹慎の身でありながら、自分の出来る事がないかを考え、水面下で動いていた。結果を出した以上、名誉挽回の機会を与える方が、組織としては、プラスになります」
(………)
「反対しても、佐久間警部の事だ。元に戻す、別の算段を考えるだろう。その労力は、事件解決に使ってくれ」
(------!)
「それでは?」
「ああ、想定よりも早いが、良いだろう。山川の謹慎を解いて、すぐ、佐久間警部の所へ向かわせる。行くんだろう?北須賀に」
「はい、まだ間に合います。今から支度して、北須賀に向かいます。北須賀は、前回の事件でも、舞台となりましたので、山さんには、『日暮里駅から、スカイライナーで成田に向かう』と伝えてください。山さんなら、私の自宅から、日暮里駅までの所用時間を知っています。それだけで、どの便で向かうか、分かるはずです」
「相変わらずの、優秀コンビだな。他にはないか?」
「鹿井が、逃げないとも限りません。出来れば、最寄りの所轄警察署、おそらく、印西警察署か成田警察署だと思いますが、応援署員を、数名お借りしたい。課長から、千葉県警察本部に、要請を入れて頂けると助かります」
「所管は、成田警察署だ。もう、話はついている」
(------!)
佐久間は、吹き出してしまった。受話器越しに、日下の笑い声が漏れる。
「課長!課長も、悪ですね?」
安藤も、安堵の溜息をつく。
「本当は、儂も、嬉しくてな。山川の、あんな直向きな姿勢、初めて見たぞ。佐久間警部が、山川の事を、切り出さない時は、どうしようかと思ったよ」
(……課長)
「山川を頼む。引退には、まだ早い」
「承知しました」
佐久間は、支度する為に、隣の寝室に移動した。
(------!)
普段の背広、通勤カバン、靴下が用意されている。千春が、意を汲んだようだ。
「山川さん、良かったわね。深夜だから、気を付けて。怪我もしないでね」
「いつも、本当にすまない。今夜も、先に休んでいてくれ。多分、明日の朝一に戻るよ。和尚の所へは、朝食を食べてから、向かうとしよう」
「ええ、いってらっしゃい」
「ああ、いってきます」
佐久間は、千春と口づけを交わしてから、日暮里駅に向かった。
~ 二十一時五十分、日暮里駅 ~
「警部、お待たせしました!」
(時間通りだ、それも、何列目に乗るかまで、分かるとはね。流石、山さん)
山川が、形振り構わず、駆け寄ってくる。余程、謹慎が堪えたのであろう。山川の泣きべそに、佐久間も釣られてしまった。慌てて、ハンカチで涙を拭う。
「山さん、何も言うな。また二人で、出直そう」
(------!)
「……はい」
(これで、体制は戻った。…では、勝ちに行こうか)
日暮里駅から、京成スカイライナーで、空港第二ビルまで、約三十六分。佐久間は、鹿井の身柄確保イメージを開始するのであった。




