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続・紅の挽歌 ~佐久間警部の鎮魂歌~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
警視庁の攻防
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猿島攻防戦2(2024年編集)

 ~ 猿島、コテージ前 ~


 山川の指示で、森林班の捜査官は、コテージから、少し離れた位置に待機し、確保の瞬間を狙っていると、程なく、アケミが姿を現した。


(出て来たぞ、無線連絡を入れろ)


「…事件関係者(マルタイ)、コテージから出てきました、どうぞ」


「周囲はどうだ?誰もいないな?どうぞ」


「一名のみです、どうぞ」


(………)


「良し、確保だ」


(許可が下りた、確保するぞ)

(了解、二手に分かれて、確保する)


 森林班の捜査官は、アケミがコテージから、五メートル程、進んだところで、前後から挟み込む形で、取り囲んだ。


「警視庁だ。一緒にいた者の死亡が確認された。身柄を確保し、事情を聞かせて頂く」


(………)


「こちら、森林班。事件関係者(マルタイ)、確保成功」


(良し!)


「ご苦労、良くやった。事件関係者(マルタイ)を、横須賀警察署まで移送する。気を抜くな」


「了解した」



 ~ 猿島、コテージ裏の秘密穴 ~


(………)


(やはり、警察が潜んでいたか。テントの数が、不自然に多いのも、納得がいく。全て、旦那の予想通りだ。直ぐに、連絡しないとマズい)


 竹中は、十一月一日に、猿島入りしている芝山と連絡を取りながら、次の目的地に移動しようとしたが、アケミ以外の気配を察し、一時的に、身を隠していた。アケミが捕まった様子を、側で見た竹中は、想定よりも早く、警視庁が迫ってきた事を痛感し、芝山に指示を仰いだ。


「旦那、あっしです」


(------!)


(予想が、的中したのだな)


 芝山は、事件前、猿島を下見した時、余りにも無防備な、島の状況に、かすかな罠の臭いを感じていた。佐久間が、『猿島を、捜査対象から外した』と考えられるが、万が一、それこそが、佐久間の罠だった場合、警視庁捜査一課は、島の至る所に、監視カメラを設置して、様子を探るはずで、この島で決着を付けられる様、多くの捜査官を配置するだろう。また、監視カメラで、『自分たちの行動が、筒抜けになるかも知れない』と、危惧していた。それ故に、安易に、参加者に接触するのは避け、接触する時は、最後の最後にする事にしたのだ。猿島は広く、道中、捜査官に職務質問をされる事は、避けなければならない。自分たちは、予め、犯行を決行する場所に潜み、その場所に来る様、第三者を利用すれば、何かあっても、そこで食い止められる。万が一の保険を掛けて、面倒でも、回りくどい手法を選択する事にしたのだ。そして、そのまさかが、的中したのである。


(…こんなに早く、奥の手を使うとは)


 芝山は、危機を察すると、第三者が確保されている隙に、逃走する手段に切り替える。


「鈴木淳一郎は、始末しました。でも、アケミが捕まりました」


「大丈夫、予想の範疇だ。女が囮になっている間に、例の抜け穴から、速やかに撤退。次の目的地へ向かえ。佐久間の捜査は、強烈だ。迷いは禁物、即撤退しろ」


「了解です、熊谷はどうしますか?次の機会に変更ですか?」


(………)


(もう、犯行計画(この事)がバレていると思って、行動するべきだ)


「お前は、エンジンを暖めておけ。熊谷には、次回はない。この猿島で仕留める。…女将が、想定通り動けばの話だが、俺の方で対応する)


「了解です」


「じゃあ、後でな。ここからは、時間との勝負だ」



 ~ 猿島、熊谷雄一郎が宿泊する民宿 ~


(そろそろ、頃合いかな。いや、もう少し、後の方が良いか?)


 出会った瞬間、恋に落ちた熊谷は、二日目には、本気で再婚を考えていた。自分は、売れ筋の評論家で、経済的にも問題ない。情事が済んでから、女将が、より好意を抱いていると、感じざるを得ない。求婚しても、断られない自信があった。


 女将の方は、初めは、『負債を完済する為の、商売だ』と、割り切っていた。雇用主の指示通りに、熊谷を、指定時刻、指定場所まで誘導すれば、丸く収まると。


 だが、何度も肌を重ね、身の上話を聞くうちに、熊谷の人生が、自分の歩んだ人生と、重なる部分があり、初対面の第一印象とは違い、同じ悲しみを背負っていると、感情移入してしまった。


 熊谷が、求婚してくる事は、仕草で分かる。情と金、どちらを選ぶか、悩んでいた。


(このままでは、何かの事件に巻き込まれる。指示通り動かないと、自分の身も危ないと思う。でも、このまま、見殺しにする事は出来ない。…私は一体、どうしたら?)


 

 十四時五分、指示された時間だ。



 熊谷を、雇用主が待機する、三つ星の岩場まで、誘導しなければならない。岩場までは、要塞と、砲台跡地を抜け、悟られぬ様、迂回しなければならず、時間を要する。考えが、纏まらない女将は、とりあえず、指定場所まで、行動を共にしながら、熊谷の振る舞いを見て、答えを出そうと決心した。


 女将は、簡単な身支度を整え、自身の葛藤を悟られぬ様、話を切り出した。


「熊谷さん、ここ猿島で、どうしても、見せたい秘境があるの」


(------!)


「何故、秘境の事を?…昨夜、何か、口走ったかな?」


「…あなたは、私が未亡人で、芝山さんから、色々と聞かされているよね?」


「…ああ、申し訳ないが、知っている」


「じゃあ、あなたの滞在中、身の回りの事を、全てサポートする事も、知ってるよね?正直、私の事を、金に転んだ、都合の良い女だと思わなかった?」


(………)


「…出会う直前までは、その、遊びだと思っていた。……でも、その、つまり、出会った瞬間、運命を感じたと言うか、本気になってしまった。…女将さん、本名は?」


「…真田ひかり」


 熊谷は、その場に正座すると、真田もまた、真摯に向かい合った。


(………)


「真田ひかりさん。俺と、結婚して欲しい。その、当たり前だけど、手に職を持っているし、貯蓄だってしている。…身体を先に求めていて、こんな事を言うのも、失礼だとは、重々承知しているんだが、互いの心の隙間を、埋めていきたいというか、簡潔に言うと、『ずっと、一緒にいたい』と、昨夜から、ずっと思っていて、その気持ちが、どんどん強まるんだ」


「……嬉しいわ」


(------!)


「じゃあ、了解って事?」


「猿島に、秘境レポートを書きに来たんでしょ?」


「ああ、そうだ。評論家としての、レポートをお願いされてね。初めは、面倒だと思ったが、君の事を紹介されたんだ。…今は、来て良かったと、心底、思っているよ」


(………)


「…私と、逃げる気ある?」


(………?)


「逃げる?どうして?」


(………)


「今から話す事を、お願いだから、落ち着いて、最後まで聞いて。あのね…」


 真田ひかりは、指定時刻に、三つ星の岩場まで連れていく様、指示された事を打ち明け、土下座して謝罪した。この事実に、熊谷は、開いた口が塞がらない。


(そうか、そうだったのか。説明会の時から、何か胡散臭いと感じていた。あの違和感の正体が分かった。猿島に来る時間も、指定されていたから、おかしいと思ったんだ。確か、鈴木という男も、猿島をレポートする事になっていた。という事は、同じ様に、この島のどこかで、接待を受けた後に、手を掛けられたと、思うべきだ)


「…ごめんなさい。あなたが、私の事を想ってくれたように、私も悩んだ。…私も、あなたと、一緒に生きたいの。だから、お願い。今直ぐ、私と逃げて。芝山という男は、何だか危険だわ」


 熊谷は、真田を優しく抱きしめる。


「……よく話してくれた。その話が事実なら、その場所に行ったら、殺されていただろう。…芝山め、俺を嵌めた事を、逆に後悔させてやる。あすなろ物産如きが、下克上するなんて、百年早いわ。権力は、どこで、どう使えば良いか、久しぶりに、本気で教えてやる」


「あなたの言う事は、分かるけれど、無理はしないでね。もう、あなた一人の身体ではないのだから」


(何て、良い人なんだ。早く、籍を入れよう)


 熊谷は、身支度を整えると、真田の手を取り、優しく接吻した。


「この時間なら、ちょうど、定期船が停泊している。こんな島、早く出よう」


「…分かったわ。貴重品だけ持って、直ぐに追いかけるから、先に船着場に行ってて」


「分かった、待ってる。必ず、来てくれよ!」


 熊谷と真田は、名残りを惜しむかの様に、しばしの間、激しく接吻を交わし、玄関を開けた。


(------!)

(------!)


 二人の思考が、停止する。


 予想もしない男が、目の前に立ちはだかっている。


「こうなるだろうなと、何となく、予想していましたよ、熊谷雄一郎さん。…それに、裏切り者の、真田ひかりさん。残念ながら、あなた方は、ここで、お別れです」


(------!)

(------!)


「逃げろ、ひかり!!」


「パ------ン!」


 一発の銃声が、森の中に鳴り響く。


「いやあああああ」


(------!)


 真田の眉間に、銃口が押しつけられると、恐怖で、身体が硬直する。嗚咽と共に、涙が溢れる。真田は、生を諦め、静かに目を閉じた。


「あーあ、せっかく金持ちになれたのに。あなたのせいで、準備した計画が、台無しです。万死に値するね。覚悟を決めた、その様子は、見事ですが、助けてあげません。…死ね!」


 芝山は、嘲笑いながら、引き金を、躊躇いもなく引いた。


「パ------ン!」


 二発目の銃声が、森の中に鳴り響く。熊谷に覆い被さる様に、真田は倒れた。芝山は、非情にも、二つの屍の上に腰掛けると、天を仰いだ。


「…ふう、登頂完了」


(余韻に浸る時間もないな、撤収しよう)


「プルルルルル」


「はい、竹中です」


「作戦はここまでだ。…想定通り、真田ひかりが裏切った。アケミを囮にして、別れて待機した事が、功を奏した。二人で、岩場にいたら、完全に逃げられるところだったよ」


「では、首尾は、上手くいったんですね?」


「ああ。二人は、予定通り始末した。お前は、どうだ?もう、ボートに乗れたか?」


「それが、急に、警察の者が、あちらこちらに、姿を現しまして。正直、ここまで、潜伏していたのかと、肝を冷やしていやす。旦那、あっしは、捕まるかもしれません。その時は、どうか、お一人で逃げてくださいませ」


(------!)


「馬鹿野郎、諦めるな。竹中がいなければ、この後の計画はどうなる?良いか、そこから、何とか抜け道を使って、合流地点まで来い。見つかったら、最後だ、ヤバそうなら、時間を掛けても良い、とにかく、逃げ通せ。分かったな?」


(……旦那)


「了解です。ところで、旦那も、危険を冒してますが、姿見られてませんか?私は、最悪、正体がバレても、良いですが、旦那は、絶対にマズいですよ。見つかったら、全てが、台無しです」


「その点は、大丈夫だ。佐久間は、この島にはいない」


(いない?)


「何故、分かるんですか?」


佐久間(やつ)がいたら、包囲網は、こうも甘くない。それにな、こんな短時間に、民宿(ここ)まで来られなかっただろう。おそらく、他の者が、現場指揮を執っている。そして、二人目の被害を想定せず、潜伏した捜査官を、堂々と表に出してしまった。一人目の死に動揺して、浮き足立つ様じゃ、端から、相手にもならん。佐久間とは、次元が違い過ぎるんだよ」


「警視庁も、佐久間がいないと、交番の警察官と変わらないんですね。じゃあ、今回は、模倣犯(我々)の圧勝という事で、逃げ通しましょう」


 芝山は、ほくそ笑む。


「…ああ、比類無き、圧勝だ。じゃあ、また後でな、信じて待っているぞ」


「はい、旦那も、お気を付けて」


 山川が、見落とした代償は、余りにも大きい。


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