次なる一手(2024年編集)
~ 警視庁、屋上 ~
安藤と佐久間は、人目を避け、捜査方法を議論している。
「ついに、八月だな。佐久間警部の予想通り、小康状態が続いている。という事は…」
「ええ、間もなく起こるでしょう。部下たちには、敢えて、何も伝えておりません。まだ身内に、模倣犯と繋がっている者がいないと、確証を得てなかったので。そろそろ、犯行の記憶が薄まってきた頃です。意図的に、情報操作している部分も大きいですが」
「そうだな、皆、通常捜査で忙しい。でっ、そっちの方面は、何か分かったのか?」
「捜査二課の調べでは、捜査記録を、捜査一課の課員が、流出させた痕跡はありませんでした。捜査一課が模倣犯の動きを掴めないように、模倣犯も警捜査一課の捜査状況が分からない。となると、模倣犯が、捜査一課の誰かを使って、情報収集するのかと思い、偽情報を用意していたのですが、無駄になりました。今のところ、全員、潔白です。なので、そろそろ、頃合いかと」
「そうか、憂いがないのなら、捜査一課も、そろそろ動くべきだろう。直ぐに、取り掛かってくれ」
「承知しました。明日、関係者に連絡し、明後日に、会議を行う算段をします」
~ 二日後の警視庁、第五会議室 ~
四月の犯行から、早、四ヶ月。一向に、犯行が行われない事から、緊張感が途切れた者や、楽観視する者が、出始める頃に、模倣犯が動くと、予想した佐久間は、八月の中旬、つまり、盆前後に、次の犯行が行われると考えていた。
佐久間は、情報漏洩を防ぐ為、潔白の確証が持てた部下だけに、秘密裏に捜査準備をさせ、大半の課員には、通常捜査を優先させてきた。二日前に、緊急要請を受けた、延べ三十五名が、この会議室に集まったのである。
三十五名の中には、富山県警察本部の片岡警部補、長野県警察本部の安曇野警察署、名取巡査部長が召集され、方策が、議論されている。
「…以上が、これまでの、犯行経緯となります。警視庁では、次の犯行は、盆前後に行なわれると、仮説を立てました。富山県警察本部と安曇野警察署には、捜査協力をお願いしたい」
名取が、即座に反応した。
「安曇野警察署、名取です。佐久間警部の推理は、よく分かりました。安曇野警察署も、直近の署と、犯行に備えたいとは思いますが、相手の情報が無い中で、模倣犯の確保、被害者の保護には、至らないと考えます。招集には応じましたが、今月中旬となれば、日数が足りません。未然に防ぐ方策は、具体的にあるんでしょうか?」
この意見には、他の捜査官たちも同感のようだ。これまでの証拠品は、押収した遺品のみであり、模倣犯に結びつく、手がかりは見つかっていない。今日まで、警視庁捜査一課からは、特筆すべき内容は伝わってこなかった。それが二日前、唐突に要請があったと思えば、あと何日後かには、捜査展開を開始したいと言う。周到さに定評がある、佐久間の発言とは程遠いのだ。
佐久間も、この質問は、『当然くるものである』と、準備していた回答をする。
「皆さんの、ご意見と憂いは、尤もです。顔も分からない者を、どうやって相手にするのか。そこで、富山県の立山と、長野県の上高地に、大々的に、広告しようと思います。誰が見ても、一目で分かる様に、看板と垂れ幕を、設置して頂きたい」
(------!)
(------!)
(------!)
会議室内が、ざわめく。具体的方策で、犯人像をプロファイリングするのが、佐久間の通常手法だ。それが開口一番、『どうやって相手にするのか』だったからである。これには、質問した名取りも、耳を疑った。
「…看板、垂れ幕ですか?一体、どんな内容でしょうか?」
佐久間は、ほくそ笑んだ。
「実は、もう製作しています。レイアウトを持ってきてくれ」
室内で、笑い声が飛び交う。
『秘境ツアー、あすなろ物産参加者は、命が危ない。直ぐに警察に相談を。警視庁より』
「これは、受けますな。本当に、これを?」
佐久間は、真顔で話を続ける。
「ええ、大真面目です。必ず、模倣犯や、参加者の目に止まり、反応を示すでしょう。幼稚な内容であればある程、人目に止まる。これは、犯行を躊躇させたり、『捜査しているぞ』と、相手に伝える事が目的です。富山県警察本部と安曇野警察署には、これらを注視し、不審な行動を取る者を、見張って頂きたい。また、参加者と思われる者から、問い合わせがあった場合は、安全の為、身柄を確保してください。関係者程、分かりやすいと思いますよ」
「現地での対応は、分かりました。電話で、問い合わせが来た場合は、どうしますか?」
「怪しいと思った段階で、『あすなろ物産は、詐欺だ』と、伝えてください。ますば、犯行を食い止めたいと思います」
「…ダメ元で、試してみますか。死人が出るよりは、有効ですから」
どの捜査官も、これに変わる妙案が、浮かばない。そもそも、次の犯行時期ですら、予測出来ないのだ。それを、佐久間は仮説だとしても、犯行日を予想し、対策の下準備も済ませた。無謀かとも取れる内容だが、佐久間の、自信満々な表情を見て、異を唱える者はいない。
「ありがとうございます。掲示物の設置場所と、警らの規模は、各警察本部にお任せしますので、どんどん、圧力を掛けてください。必ず、行動抑制に繋がるでしょう。これが成功すれば、模倣犯の手法が変わり、つけ入る隙が生まれます」
「分かりました、いつから実施しますか?」
「明後日の、八月五日から開始します。八月末まで、継続してください」
佐久間は、改めて頭を下げる。
「この事件は、各警察署の捜査協力が、絶対条件ですので、連携強化でお願いしたい」
「了解しました」
「承知しました」
普段は、静観する安藤も、珍しく檄を飛ばす。
「良いか、今回は、犯行をどんな事があっても、未然に防ぐんだ。警察の威信に賭けて、各自、行動してくれ」
「了解しました」
「はっ、了解です」
「広告の準備が出来次第、警視庁も、応援部隊を派遣して、警戒に当たります。書き入れ時の、観光地ですから、当然、人も多く、捜査は難航するでしょう。五名~十名体制で、毎日捜索を行うようにしてください。情報誌や、レポートの様な物を持っている者を確認した場合は、職務質問を必ず行ってください。それから、これも、重要なポイントなのですが、秘境=観光地ではありません。秘境=観光スポットから、少し離れたところを、参加者なら調べると思われますので、自分が参加者なら、どこを探すかという視点で、見落としがないよう、念入りに巡回をお願いします」
「やりましょう!」
「お任せください」
こうして、捜査会議は、進行していく。




