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不完全な結末(2024年編集)

 ~ 東京都 晴海地区の港湾施設 ~


 佐久間が、茶を嗜んでいる頃、晴海埠頭の某倉庫に、一人の男が向かっている。


(ギイイイイ……)


「…悪い、待ったか?」


 天窓から、僅かに光が差し込む、倉庫の扉がゆっくりと開き、ホームレスの格好に扮した中年の男が、フードを取って、素顔を出すと、二十メートル先に向かって、声を掛けた。一歩、歩を進める度に、堆積した土埃が、凍えた空気と一緒に舞い、男は、マスクを装着した。


(いないのか?ここで、合っているはずだが?)


 男が眉をひそめると、奥の暗闇から、二回程、『ピカッ、ピカッ』と合図があった。


(あそこか)


 男は、ゆっくりと、合図のある場所まで歩み寄ると、段ボール上に、バッグを無造作に置いた。


「お待ちしてました。旦那、刑務所暮らし(お勤め)、お疲れ様でした」


「…何とかな。それにしても、もう少し、まともな服は、なかったのか?これじゃなくても、良かっただろうに。汚いし、臭いし、死臭が漂っているぞ。何年、俺の手下をやっている?流石に、呆れたわ」


 出会い頭に、叱られると察した、手下の男は、言い訳を始める。


「…それですがね、旦那。あえて、一番らしくない、格好を選んだんです。普段の格好では、足がつくんです。世を欺す意味でも、必要だったと思って、勘弁してください。それよりも、本当に大変でしたよ、あなた様の替え玉を、用意するのは?……守備は、上手くいったんですね?」


「…ああ、お陰様でな。替え玉(あいつ)は、俺の代わりに、今頃、病死しているだろう。これで、戸籍上では、もう、俺は存在しない。この先は、何をしても、足もつかない。……指紋でも、採取されない限りはな」


「それは、それは」


 手下の男が、懐から煙草を取り出し、火をつけようとすると、男は、やんわりと断った。


(あれ?いらないのか?…あっ、そうか、こっちか)


 手下の男は、念の為に持参した、チョコレートを見せると、男は、美味そうに、口に運んだ。


(あっという間に無くなったぞ。では、他はどうだ?)


 一通り用意した、クッキー、ポテトチップス、バームクーヘン、金平糖が、男の胃袋に消えていく。手下の男は、食べっぷりに感心した。


「刑務所に入ると、甘いもの、塩っぱいものが恋しいって、本当なんですね。満足頂けて、あっしも、嬉しいです。でっ、これから、どうするおつもりで?」


(………)


「……ここでは、ダメだ。奥に、用意してあるか?」


(------!)


 倉庫内を、男は、念入りに警戒する。その様子を見た、手下の男は、焦った。


「…えっ、ああ、はい。言われた通り、用意しましたぜ。でも、その前に、少々お待ちください」


 手下の男は、不審者がいないか、一度、倉庫の外に出た。男の用心深さを、思い出したのだ。


(危っぶねえ。あの人は、石橋を叩いて渡る気質(タイプ)だった。怒らせたら、消される)


「倉庫の外、ぐるっと、一周しましたが、大丈夫です。ご案内します」 


 手下の男は、倉庫の最奥に、男を誘導する。懐中電灯を頼りに、錆びた鉄扉の鍵を外し、中に入ると、内側から施錠して、不測の事態に備える。準備したランタンに、火が点されると、男は、革張りのソファーに腰掛け、一呼吸してから、口を開いた。


「……考えていた。…牢獄の中で、ずっとだ。俺を、刑務所(ブタ箱)に入れた佐久間に、どうやって復讐するかをな。偽装文書(ガセの手紙)で頼んだ通り、()()は、入手してあるだろうな?」


 男の眼光が、手下の男に向けられる。


(………)


 手下の男は、無言で、小さなアタッシュケースを、テーブル上に置き、開いて見せる。


「もちろんです。二百万円、張りました。…誰だって、旦那は怖い。足がつく場合は、殺しますから、安心してください」


(………)


 男は、手を出す。


「……『紅の挽歌』を」


 手下の男は、白い手袋を装着すると、慎重に、小説を手渡した。


(くっくっく)


「……これだよ、これ!……獄中、欲して止まなかった、九条大河の遺作」


(………)


 喜びを露わにする男に、手下の男は、申し訳なさそうに、小声で説明する。逆鱗に触れ、殺される懸念もあるが、隠していても、仕方が無い。悩み抜いた末、この段階で、触れる事にした。


「あの……それが。非常に、申し上げ難いんですが。…この小説は、未完ではありません」


(………?)


「馬鹿か、お前は。未完だから、お蔵入りしたんだろうが?)


 男は、手下の男の意見を、一蹴すると、パラパラと小説を捲った。


(------!)


「はあ?こりゃあ、何だ?一体全体、何で、こうなる?」


(ほら、来た。だから、言ったじゃん)


 予想通り、男は、怒りで我を忘れ、拳を固く握る。


「お怒りは、ご尤も。巻末を見てください」


(巻末?)


 男は、言われた通り、巻末を読むと、鬼の形相になった。後書きも、締めの文章も、載っている。何者かが、作品を完成させたらしい。


「うが---!!。想定したイメージと、明らかに違うじゃないか!」


(まずいぞ、まずい。拳銃があったら、間違いなく、殺されていた)


 男は、怒り任せに、テーブルをひっくり返した。手下の男は、自分に飛び火しない様、経緯を話す。


「旦那が、牢獄にいる間、買収した者から、事情を聞きました。どうやら、この作品を巡って、二年前、事件があったらしいんです」


「事件?どんな?」


「九条大河の、『紅の挽歌』の内容に沿った、連続殺人事件が起こって、佐久間とかいう刑事が、真犯人を捕らえたと。そして、その結果を、何者かが引き継ぎ、作品を完成させたと」


(------!)


「おい、佐久間って、俺を逮捕した、佐久間か?」


「…おそらく、同一人物かと」


(いつもいつも、佐久間(あの男)は。どこまで、俺の邪魔をする。よりによって、九条大河の作品にまで、関係しているのか!)


 長い沈黙が、重たい空間を支配する。


「……捜査一課のサーバーに、不正接続(ハッキング)して、捜査記録を取り寄せろ。経緯を、詳しく調べるんだ」


「どうやってですか?」


「マンガ喫茶などで、IPアドレスを変えながら、不正接続するんだよ。念には念を入れて、海外サーバーを経由する事を、忘れるな。捜査一課に復讐するのは、結果を見てからだ。……佐久間め」


「……はあ、分かりました」


(簡単に言うけど、やる方は、骨が折れるんだって。分かる、この苦労?)


「ん?何か、言ったか?」


「いっ、いえ、何でもありません。直ぐに、実行します」


「……任せたぞ」


 佐久間への、復讐計画が、静かに始まる。


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