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続・紅の挽歌 ~佐久間警部の鎮魂歌~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
止まらない復讐
19/45

帝国ホテル(2024年編集)

 ~ 東京都千代田区、帝国ホテル ~


 模倣犯の犯行は、佐久間の予想通り、四月十日を最後に、ピタリと止んだ。既に、三ヶ月余り経過している。


 現場より回収した、レポート紙の成分を調べた結果、さいたま市西部で、主に製造・販売されていたものであったが、消費数が多く、取り扱い店舗も多数ある事から、犯人特定には至らない。


 模倣犯との、持久戦を避けたい佐久間は、レポート紙の捜査を中止し、四名の足取りを追う、捜査に切り替えた。四名が立ち寄った駅、宿などを中心に、共通した第三者が、映り込んでいないかを、リレー捜査すべく、捜査員を派遣した。また、捜査二課も声を掛け、過去の不起訴処分者を、抽出するよう要請。六名の対象者を絞り込もうと、舵を切ったのである。


 四名の遺留品に、共通して、秘境企画パンフレットが見つかった。神田裕之においては、模倣犯からの、発送案内が見つかり、そこから、説明会の開催場所が特定された。佐久間と山川は、その足で、東京都千代田区の帝国ホテルへと、向かった。


 フロントで、他の宿泊客に配慮しながら、受付嬢にだけ見える様に、警察手帳を提示し、事情を話すと、フロアマネージャーに取り次ぎ、別室に案内される。フロアマネージャーは、入室すると、まず部屋のカーテンを締め切ってから、応対を始めた。


「お忙しいところ、申し訳ありません。警視庁捜査一課の佐久間と申します。こちらは、山川です」


「フロアマネージャーの高峯と申します」


 佐久間が名刺を出すと、高嶺は、物腰柔らかに会釈する。一流ホテルのフロアマネージャーだけあって、それなりの風貌だ。器量の良さを醸し出す高嶺に、山川が、内心煙たがるのを、佐久間は、肌で感じ取った。


(…山さん、場を濁すなよ)


「警視庁の方が、わざわざ、当老舗ホテルに、どのようなご用件で?」


「実は、捜査一課(我々)で捜査中の、連続殺人事件がありましてね。事の発端となった説明会が、このホテルを利用して、開催されていたんです。これが、その時の、案内状なんですが…」


 高嶺は、眼鏡のフレームを、右指で摘まみ上げると、じっくりと、案内状に目を通す。


(………)


「確かに、当ホテルの名前、時間、会場名が、印字されていますね。…それで、警視庁さんは、何をお知りになりたいのでしょうか?」


(やはり、杓子定規の受け答えか。…山さん、挑発に乗るんじゃないぞ)


 佐久間の心配をよそに、山川は、横柄な態度で、話を切り出す。


「防犯カメラ映像と宿泊記録、企画会社と接触した、ホテル関係者にも、話を聞かせて頂きますよ」


(『頂きたい』だ、山さん。相手は、こちらの落ち度を、突いてくる。『頂きますよ』では、(やっこ)さん、怒るぞ?)


 予想通り、高嶺は、揚げ足を取ってくる。山川に対して、正論で問いかけてくる。


「一方的な要請には、応じられませんね。あなたの発言は、まるで暴力団だ。当ホテルには、利用者が、お金を支払って宿泊され、我々は、その対価を、奉仕(サービス)でお返ししています。お客様情報は、当ホテルの財産であり、個人情報でもあります。個人情報保護法に、抵触しないんでしょうか?本日、捜査令状は、お持ちですか?」


(あんな暴言を吐いたら、当然、こう切り返される。相手の言い分が正しい。山さん、これ以上、熱くなるなよ)


「…何だって?」


 山川は、完全に、相手の意に嵌まってしまった。これでは、完全に負けである。山川を同席させた事を、少し後悔しながらも、ここで、引き下がる訳にもいかない。


(仕方が無い)


「山さん、少し待ってくれないか?私が、話をする」


 佐久間に御され、山川は黙り込んだ。


「高嶺さん。確かに、要請に応じる義務は、御社には、()()ありません。ですが、四人の命が奪われた、連続殺人事件の発端が、このホテル会場であり、その関係者が、施設を利用している事は、検証が必要です。仰る通り、捜査令状が必要というのなら、出直して参ります。これは、脅しではないのですが、捜査令状を使って、正式に捜査を開始した場合、当然、警視庁の人間が、大勢集結するので、他の宿泊客への、影響は避けられません。高級老舗ホテルの、企業ダメージに繋がりますが、構いませんか?…そこまで考慮したうえで、こうして、刑事二名で、静かに伺っているんですがね。個人情報保護法に、抵触するかしないかは、裁判所の判断に、委ねても良いんですよ?警察組織(我々)は、事件捜査をしていますから、必要な情報は、回収する権利があります」


(何者だ、この刑事は?)


 この切り返しに、高嶺は、大いに動揺した。浅はかな暴言を吐く刑事を、軽く論破したつもりが、倍返しされたからだ。


(ホテルのイメージを落とすと、人事査定に響く。…かと言って、一存で、情報を開示出来ないし、荷が重すぎる)


「ちょ、ちょっとだけお待ちください。総支配人の、同意を得て参ります」


 逃げる様に、高嶺が席を外し、ドアが閉まるや否や、山川は、深々と頭を下げる。


「…申し訳ありません。どうしても、性根が腐って、鼻で笑う奴は、好かんのです」


(………)


「山さんと、相性が悪いのは分かっていたから、遅かれ早かれ、衝突はすると思ったよ。まあ、これで、少しは、進展するだろう」


「警部のお陰で、何とかなりました。総支配人は、どう出ますかね?」


「どうだろうね。名だたるホテルの総支配人だ。それなりの人格者で、懐も深いと思うよ。山さんが心配する展開には、ならないだろうから、警察組織(我々)捜査(ガサ)に、誠意を示してくれると、期待したいね」


 高嶺が席を外し、二十分が過ぎた。経過時間を考慮すると、高嶺が、自分本位で、総支配人に説明し、対応を練って来るだろう。拗れた話を、どう軌道修正するか思案していると、ドアが開いた。


 高嶺は、総支配人を、佐久間に紹介する。高嶺が、どう報告したかは、第一声で分かる。


(さあ、どう出るかな?)


 総支配人は、予想に反し、もの静かに振る舞う。


「どうも、総支配人の近藤です。高嶺が、警視庁捜査一課(あなた方)に、無礼を働いたようで、深くお詫びを申し上げます。ある程度、報告を受けました。受付からも、事情を聞きました。宿泊客に知られぬ様、配慮頂いた点、誠に感謝いたします。…察するに、『他愛もない、発言のもつれ』から、私に話が回ってきたのでしょう」


(…ほう?)


 近藤が、佐久間に対して、深く頭を下げると、高嶺も、慌てて頭を下げる。


 高峯は、報告を入れた後、しばしの間、総支配人室を退出させられた。近藤は、約五分程してから、総支配人室から出てきたが、その五分間のうちに、フロントに連絡を入れ、自分以外の者からも、裏を取られるとは、想定出来なかった。『頂点(トップ)足る者、幅広く意見を聞いて、どちらの言い分が正しいか、判断するんだ』と、瞬時に悟る。


 佐久間は、近藤の発言を、正に、頂点(トップ)に立つ男だと、受け取った。公平な目と、偏見に囚われない、発想の持ち主だと感じたのだ。


(流石だ。部下に非がある事は認めつつ、一定の所で食い止める。『他愛もない、発言のもつれから』と明言する事で、警察組織(こちら)にも、『少しは、非を認めよ』と、やんわり問い正すとはね)


 佐久間も、より配慮した、受け答えを心掛ける。


「とんでもございません。天下の、高級老舗ホテルの総支配人に、頭を下げさせては、面目が立ちません。警察組織(我々)は、依頼する側なので、御社の協力無しでは、先に進めませんし、事件捜査であっても、御社の品格を落とす事は、あってはなりません。こちらこそ、非礼をお詫びいたします」


(これが、佐久間警部か。警視総監(布施くん)から、何度か聞いた事がある。秘蔵の弟子だと、言っていたな)


 近藤もまた、瞬時に、佐久間の性格と真意を汲み取ると、にんまりと、笑みを浮かべる。


「では、早速、話を進めましょう。誠意をもって、ご協力いたします。…高嶺くん、宿泊記録と、この件で、企画会社と接触した従業員を、呼んで来てくれ」


「はっ、はい、総支配人」


 近藤が、内線を鳴らすと、ものの三十秒で、コーヒーが届いた。総支配人室を出る際、手を打っていたのだろう。手際の良さも、天下一品だと、佐久間は感心した。


「お待ち頂く間、コーヒーでも如何ですかな?」


(警部、どうします?)


「遠慮なく、ご馳走になります。……ん?この香り。これは、ブルーマウンテン。…しかも、『超』がつく、代物じゃないですか!一度だけですが、これと同じくらい、美味いコーヒーを味わった事があります」


(…ほう?)


「佐久間警部は、舌が肥えておられますな。当たりです。私は、コーヒーには、目が無くてね。これだけは、自分で、取り寄せるんですよ。ちなみに、どこで飲まれましたかな?」


「熊本県です。植木インターから近いところで、田園の中に、ポツンとある、看板がない喫茶店です。昼間でも、店内は薄暗く、蝋燭の灯りが、落ち着いた空間を醸し出し、会話の妨げにならない程度の音量で、流れるジャズも、心地が良い。その店は、大人たちが、極力言葉を発しないよう、コーヒーは勿論、雰囲気を楽しんでいました。店主(マスター)も、寡黙な人でしたが、コーヒーに、誇りと人生を賭けていると、感じました。つまみのスコーンも、これはまた、絶品で。営業日が不定期なので、運が悪いと、地元民でも、中々、お目にかかれない店だと聞いていました。たまたま、捜査協力で熊本県に行った時、開店していたので、『一期一会で、この日しかない』と思って、同僚に無理を言って、一日だけ帰京を延ばして、飲みに行ったんです。…あれは、本当に美味かった。まさか、この場所で、飲めるとは」


 近藤は、このうえなく、上機嫌だ。


「…その店は、実は、実弟が経営してるんです。改寄町ですよね?」


「改寄…そうです、改寄町です。まさか、そんな繋がりがあるとは。世間ってのは、狭いですな」


「そうですか、そうですか。よくぞ、足を運んで頂きました。実弟の代わりに、御礼申し上げます。それにしても、佐久間警部は、コーヒーがお好きなようですな」


 佐久間も、表情が緩む。


刑事(この商売)を長くやっていますと、捜査の合間に、色々な場所で、コーヒーを飲むので、そのせいかもしれません。しかし、このブルーマウンテンは、格別の美味さです。三千円出しても、飲みたいですよ」


「良く分かります。それにしても、佐久間警部(あなた)とは、縁があるようですな」


「そんな、光栄です」


(…コンコン)


「失礼いたします」

 

 高嶺が、神妙な面持ちで、戻ってきた。接客した、担当者の江川と入室すると、近藤に耳打ちする。


「総支配人、少々、宜しいですか?」


「どうした?」


「……実は、……」


(------!)


 高峯の報告で、瞬時に、空気が変わってしまった。


 報告を受けた近藤は、先程までとは、打って変わって、怒りを露わにする。


(何と言う事だ。隠しても、仕方が無い。バツが悪いが、報告せざるを得まい)


「佐久間警部、申し訳ございません。こちらの手落ちで、宿泊記録のデータが、消去されているようです」


(------!)

(------!)


「何だって!」


 佐久間は、瞬時に、山川を制止すると、しばらく考え込み、首を横に振った。


「…御社の過失ではないでしょう。模倣犯(ホシ)は、不正接続に長けていますので、データ消去は、十分にあり得ます。この主催者が、模倣犯(ホシ)であると、警視庁捜査一課(我々)は見ていますが、主催者は、企画参加者と同じように、宿泊しましたか?」


「どうなんだね?」


 江川は、記憶を頼りに、回答する。


「スタッフの江川です。この日は、全部で、十一名の方が、当ホテルの、『皇の間』で、説明会に参加されました。その後は、晩餐会を経て、全員が、スイートルームに、ご宿泊されました」


(十一名?数が合わないな)


「参加者の確認をしたいのですが、全員が参加者と仰いましたが、その中に、企画会社の者も、含まれますか?」


「これは、失礼を。企画会社の方が、二名。参加者は、九名です」


(九名?おかしいな?犯行予告では、十名が対象者だったはずだ。説明会に参加していない者も、いたのだろうか?)


「人数の割り振りは、分かりました。話を戻します。全員、スイートルームですか?随分と、羽振りが良い説明会だ。私も、参加したいくらいです。ちなみに、この企画会社が、全員の支払いを済ませたのでしょうか?」


 佐久間は、案内状を江川に渡すと、江川は、大きく頷いた。


「間違いありません。『秘境を探索する』という内容でした。説明会の会場案内は、私どもが依頼されて、作成したので覚えています。会場までの動線、ロビー、廊下の造り、説明中のマイク音量と演出、シンセサイザーの奏でる音色の、変更タイミングまで、非常に、拘る方でして。この日だけで、約七百万円を、現金(キャッシュ)で、お支払い頂きました」


「七百万円を、現金(キャッシュ)でですか?相当、儲けているようですね。この企画会社の者ですが、どんな人物か、確認出来る映像等、どこかに残っていませんか?」


(………)


「それが、当日の防犯カメラ映像部分も、全部消されているようなんです」


「では、参加者について教えてください。案内状の宛先も、江川さんで対応されましたか?」


「ええ、依頼通りに、作成したものを、企画会社に提供しました」


「それなら、参加者の氏名、住所など、記録があるはず。それだけでも、構いません」


「そう仰るだろうと、パソコンを探したのですが、作成したパソコン自体が、紛失状態でして…」


(------!)

(------!)


「…警部」


(パソコン上で、データを削除しても、復元出来るから、パソコンそのものを、盗んだと言う事か)


「…これで、確定したね。全て、模倣犯(ホシ)の仕業だ。敵ながら、大したもんだ」


 佐久間は、気を取り直して、少しでも情報収集しようと、質問を続ける。


「無いものは、仕方ありません。犯人像ですが、何か覚えていませんか?印象に残った事でも、結構です」


(………)


「確か、主催者の方は、眼鏡を掛けていました。身長は、百七十前後で中肉中背、あすなろ物産の芝山と、名乗られていました。もう一人の方は、竹中さん?だったと思います。こちらの方は、百六十前後で、小太りでした」


(芝山と竹中か。おそらく、偽名だろうが、覚えておこう)


「あすなろ物産か。このパンフレットの会社で、間違いない。山さん、捜査一課(うち)に戻る前に、あすなろ物産に寄ってみよう。架空の会社が、実在する会社を語っていると思うが、真偽を見極めたい。皆さん、くれぐれも、警視庁捜査一課(我々)が来たことは、まだ内密にお願いします。データを消去した以上、模倣犯(奴ら)が、再訪する事は無いと思いますが、もしもの時は、直ぐに、警視庁捜査一課(我々)まで、連絡をお願いします。…奴らは、連続殺人犯ですので、決して詮索はしない様、お願いします。深追いすると、あなた方の身が危ない」


(------!)

(------!)

(------!)


「分かりました。従業員に通達しておきます。セキュリティの方は、今から業者を呼んで、解明してみます。何か分かれば、直ぐに連絡する事を、お約束いたします」


「ありがとうございます。では、失礼します」


 佐久間は、深々と頭を下げると、帝国ホテルを後にした。


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