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続・紅の挽歌 ~佐久間警部の鎮魂歌~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
止まらない復讐
18/45

犯行心理(2024年編集)

 ~ 四月十三日、東京都中央区 新川二丁目の喫茶店 ~


 いつもの喫茶店で、佐久間たちは、善後策を練っている。無論、模倣犯が、次々と、四名の殺害を決行したからである。


「想定よりも早く、多くの被害者が出ました」


「うーん、ちょっと分からないな。何故、模倣犯は、急ぐ必要があったのかしら?」


「捜査一課の機能を、麻痺させようとしたんじゃないか?」


(それだけでは無いような、気がするんだけどな)


「ところで、警部さん。殺された四名の事を、教えてちょうだい。何か、参考になるかもしれないわ」


「分かりました、これを。今朝時点で、分かっている情報です」


 佐久間は、一枚の捜査メモを、テーブルに置いた。


 ○櫻井英信、四十三歳、独身。

  五年前、東京都墨田区老女刺殺容疑で逮捕されたが、

  証拠不十分により、不起訴処分

  九階の滝を調査する目的で、秋田県入りし、

  八幡平付近で、転落死(秋田県警察本部情報)


 ○河端健次郎、四十歳、バツ二。

  三年前、東京都大田区幼女絞殺容疑で逮捕されたが、

  証拠不十分により、不起訴処分

  九階の滝を調査する目的で、秋田県入りし、

  秋田焼山付近で、転落死(秋田県警察本部情報)


 ○船平貴明、二十五歳、独身。

  四年前、東京都渋谷区婦女暴行容疑で逮捕されたが、

  証拠不十分により、不起訴処分

  東尋坊を調査する目的で、福井県入りし、

  東尋坊の岸辺で、転落死(福井県警察本部情報)


 ○神田裕之、四十三歳、独身。

  四年前、東京都八王子市婦女暴行容疑で逮捕されたが、

  証拠不十分により、不起訴処分

  吹割の滝を調査する目的で、群馬県入りし、

  吹割の滝から、九キロメートル上流の沢で、溺死

   (群馬県警察情報)

  

(………)

(………)


「犯行予告の通り、見事に、不起訴処分の者ばかりね」


「それも、我々が、予想した秘境ばかりだ」


(………ここまではね)


「この四件は、予想通りの場所だったけれど、本番はここからよ。十名死ぬとしたら、あと六名。どの秘境が、殺人舞台となるのか」


「私なりに、昨夜、纏めてみました。これを見てください。小節目の詩に合わせて、並べてあります。何でも構いません、意見を聞かせて欲しい」



(秘境リスト)


 ○一小節目の詩

  該当なし


 ○二小節目の詩

  木更津市 江川海岸 未

  木更津市 久津間海岸 未

  横須賀市 猿島 未

  三大霊山 富士山、立山、白山 未

  三大霊山 恐山、比叡山、高野山 未

  長野県松本市 上高地 未


 ○三小節目の詩

  富山県 北アルプス(立山) 未


 ○四小節目の詩

  秋田県鹿角市 九階の滝 済

  群馬県沼田市 吹割の滝 済

  福井県坂井市 東尋坊 済

  栃木県日光市 足尾銅山 未

  青森県むつ市 恐山 未


 ○五小節目の詩

  今のところ不明


 ○六小節目の詩

  最期に相応しい、秘境のどこか


「こうして見ると、沢山あるな。この中から、あと六名か。真澄、どう思う?」


(………)


「警部さん、三小節目の詩に、富山県の北アルプスがありますわ。北アルプスには賛成ですが、何故、立山を候補にしたの?」


「ヴァルハラという、単語(キーワード)の意味を、考えてみたんです。単純に、主神オーディン宮殿を指すのではなく、神々に近い、捉え方の方がすっきりします。栃木県の病院も、候補地の一つとして、考えてはみましたが、秘境ではない。となると、神々=秘境=北アルプスとなり、立山は、数ある北アルプスの山では、標高も高く、かつ、逸話が多いんです」


「警部さん、さりげなく、私を試しているでしょう?」


(………?)


「真澄、どういう意味だい?」


 佐久間は、ほくそ笑んでいる。


「智大さん、気が付かないの?二小節目の詩よ、三大霊山の下に、さりげなくだけれど、『上高地』が追加してあるの。警部さん、九条大河(私の)作品を読み返して、追加したでしょう?」


「流石は、九条大河(先生)。ご名答です」


「どういう事だい?」


 川上真澄は、頬を膨らます。


「もう、せっかく、夜遅くまで作業したのが、台無しだわ。昔の取材メモを、引っ張り出したのに」


(………?)


 柴田は、狐につままれた表情をしている。


「さっきから、言っている意味が、分からないよ。だから、どういう事?」


 川上真澄は、呆れた様子で、答えを言った。


「ほら、九条大河(私の)作品に、『永遠の春』があったでしょ?恋人を失った主人公が、神々を探して、神々(彼ら)が降り立つ場所を、彷徨う話よ。上高地は、別名、神降地と称されているわ。その事を話しているの、分かった?ちょっと、しっかりしてよね。この作品、智大さんが、担当してたわよね?」


(------!)


「…言われてみれば。そんな事もあったな。ネームのやり取りで、僕が言ったような…」


 やっと、昔の事を思い出す柴田に、川上真澄は、不満を口にする。


「もう。そんなんだから、九条大河()は、他の出版社から、作品を出したのよ。『専属契約になったから』と言って、慢心して、胡座をかくようじゃ、見限るわよ」


「…その節は、申し訳ございませんでした。真澄さま、どうか、穏便にお願いいたします」


 柴田は、完全に、妻の尻に敷かれている。


「まあまあ、真澄さん。柴田(旦那)さんも、困っていますよ」


「おほん、良い?神々が降り立つ場所は、秘境の中でも、北アルプスと上高地が、抜き出ているわ。三大霊山は、死者が還るところだったり、あの世に近いところ。立山は、この、どちらにも属するから、三小節目の候補にしたんだわ。警部さんは、本当に、細かいところまで、読み返したのね?感心します」


「照れますね。元々、九条大河作品は、大好きでしてね。たまたま、記憶に残っていたんです」


 柴田も、これには脱帽する。


「警部、詩の件ですが、連動すると思いますか?」


(………)


「どうでしょうか。模倣犯は、想像以上に、知能指数が高い。分かっていたつもりでしたが、固定観念は、改めて危険だと、思い知らされました。前回、真澄さんが仰った通り、詩の順番に、拘らない方が、良いでしょう。詩の内容で、まだ実行されていない秘境ポイントに、焦点を合わせて、捜査網を張った方が良いです」


 川上真澄は、秘境リストを指でなぞった。


「次の犯行は、いつ起こると思いますか?」


(………)


 この問いに、佐久間は、しばらくの間、考え込んだ。


「…私が、模倣犯(ホシ)なら、少し間隔を空けますね。最初の四名は、犯行を一気に行う事で、警視庁捜査一課(我々)の注意を引きつけて、『まだ続くから、刮目しろ』と暗に言っています。マラソンに例えると、初めて走るコースは、ゴールまでの距離、地理的条件が分からない為、体力温存が難しい。走り方を間違えると、たちまち、へばってしまう。これと、同じだと思います。緊張感を維持させる事で、警察組織(我々)の体力を奪う事が、目的なのかもしれません。『人の噂も、七十五日』と言う様に、二ヶ月半経てば、大抵の事には、人間の関心は薄れます。その時期を、私なら狙います。相手は、こちらの知能指数を、図っているかもしれませんが、こちらも同じです。私が模倣犯(ホシ)なら、最も、効率が良く、虚を突く、このタイミングを狙うでしょう」


(………)

(………)


 川上真澄は、理解を示すが、柴田は、異を唱える。


「警部、仰る事は、理解出来ますが、捜査を中断するのは、避けるべきです。明日にでも、新たな被害者が、出るかもしれません」


 佐久間は、首を横に振った。


「犯行心理ですよ、柴田さん」


「犯行心理?」


模倣犯(ホシ)は、何故、この短期間に、大量殺人を犯す、必要があったのか?秋田県の山中では、危険性があるにも関わらず、同日に、二名を始末した。そして、間髪入れず、群馬県と福井県でも、犯行に踏み切った。日数からして、単独犯ではありません。少なくとも、二・三名は、犯行に関わっている。少し、話が逸れましたが、何故、急いだのだと思いますか?」


「…分かりません」


「結果論なのですが、『二小節目の詩による犯行だ』と思わせる為だったんですよ。他の節に比べて、詩の内容が長い。おそらく、被害者(ガイシャ)が多く出る様に、見せる必要があったのでしょう。犯行を行う側も、相当な労力とリスクを負う覚悟で、臨んだのだと考えます。……ですが、模倣犯は、勝ちを意識し過ぎて、大きな過ちを犯しています」


 川上真澄と柴田は、ピンとこない。


「過ち?そんなもの、あったかしら?」


「うーん、どこら辺だろう」


 佐久間は、笑みを浮かべる。


「総括していて、何となく、分かった事があります。各小節の、犯行時期がね」


(------!)

(------!)


 これには、二人とも、大いに驚いた。


「本当ですか!」

「本当に!」


「ええ、犯行順序はともかく、大の九条大河、九条絢花の愛読者だと言うのは、本当のようです。作品の秘境に準じ、危険を冒してまで、実行した執念は、評価に値しますよ。だからこそ、模倣犯は、最後の節に拘るでしょう。真澄さん、お分かりになりますか?」


(………)


(………)


(…ああ、そう言う事か、なるほどね)


「ひょっとして、九条大河()の死亡会見を行った、一月五日ですか?」


 佐久間は、力強く頷く。


「ええ、間違いないでしょう」


「本当ですか?なら、最後には、捕まえられますね?警察組織(我々)の勝利で終わる」


 川上真澄は、溜息をついて、柴田を(たしな)める。


「…智大さん、最後では遅いの。最後に捕まえると言う事は、六名が犠牲になる事を、意味するわ。それに、犯行日が分かっても、犯行場所が特定出来ないんじゃ、どうしようもないわ」


「そうだった。でも、警部。本当に、犯行時期が予期出来るんですか?」


 佐久間は、店内を見回すと、三人は、テーブル上で、顔を近づける。


「四名の死が、ある仮説を、立てさせてくれました」


「興味があるわ」


「二小節目の犯行は、四月一日~四月十日を予想しました。桜が満開になる頃でしたから」


「えーと、櫻井と河端は、四月七日に殺されて、船平と神田は、四月十日だったわね。他にも、気付いた点があるわ」


「真澄、何を気付いたんだい?」


「結果論なんだけれど、もう一度、この詩を見てちょうだい」



『 神田川から繋がる海へ、船で出て、大海原へと消えるころ

  桜を愛でる釣り人も、遠くの岸辺で、朽ち果てる 』



「警部さんが、予想した通り、四月一日~四月十日の間に、神田と櫻井が死んだ。神田川=神田で、桜は、櫻井だと思うのよね。船で出ての船は、船平を指し、岸辺は、川の端っこだと、解釈出来るから、河端だと、変換出来る。つまり、これなら、この小節目の詩で、四名が死ぬのよ」


「なるほど、それは、盲点でした。確かに、そう読む事が出来ますね」


「でも、実は、それだけじゃないの」


(………?)


「模倣犯のしたたかさよ。死んだ人間は、二小節目に集中している。でも、二小節目は、氏名を臭わすだけで、犯行場所は、四小節目の秘境で行われたの。つまり、詩には、殺害される者の氏名が、ヒントとして、隠されている。そして、犯行場所は、各小節のどこかの、秘境と言う事になる。模倣犯も、中々、面倒な事を考えたわね」


「凄いじゃないか、真澄」


「ふふん、そうでしょう。まあ、警部さんが話してくれたから、気が付いたんだけれど。それに、結果論でしか、分からなかった事だから、威張るのも変か」


「そうだね、では、他はどうですか?」


 柴田は、三小節目の詩について、尋ねた。



『 黄金色に光り輝くヴァルハラで、相反するしがらみが

  無情に、荒野で果てるだろう 』



「ヴァルハラの部分は、富山県の北アルプスか、長野県の上高地を指します。黄金色に光り輝くの部分は、その秘境が、最も輝く時期だと解釈します。紅葉の秋も捨てがたいですが、登山をするのであれば、観光客が多くなる時期、つまり、夏頃。盆前後になると、予想します」


「ふんふん、なるほど。この二箇所に、絞れば良い訳か。では、次はどうですか?」



『 鎮魂歌の奏でる続唱が、二つの罪を、鎮め給う 』



「鎮魂歌を、色々調べると、時期だけは、見えてきました。そもそも、鎮魂歌というのは、ローマカトリック教で、毎年十一月二日に、大規模な集会(ミサ)が開かれるんです。神に固執する模倣犯は、この日に、どこかの地で、行動を起こすはずです」


「…五小節目の詩は、流石に、難しいですよね?九条絢花が、真澄に何かをするとは、思えませんが、作品が影響を及ぼすのか、カタカナ表示も分かりませんが、何か意味があるかもしれませんね」



『九条絢花の名のもとに、大河を、再び乱すだろう

 元凶となる、ワザワイは、悲運の選手となるだろう 』



「前回の、『紅の挽歌』は、いつ解決しましたか?」


「クリスマスイヴでした。…まさか?」


 佐久間は、しっかりと、頷いた。


「その、まさかです。模倣犯(ホシ)は、相当、前作に拘っている。ただ、前作に似せた構成にしても、同じ詩は使えないので、せめて、時期だけはと、考えたのでしょう。『紅の挽歌』と、『続・紅の挽歌』は、何の法則性も無いと、当初は思いました。でも、こうして、詩を検証していくと、時期だけは、各小節に準じているんです。これは、何度も言いますが、『行政機関に、身を置く者の特性』だと、言い換えられます」


「行政機関ですか?」


「妥当な判断だわ、私もそう思う」


「真澄もかい?」


「公務員は、年度単位で動くの。ある一定の時期に、予算調整を行うし、工事を発注する。学校だって、そうよ。教師は、公務員で、年間計画に基づいて、生徒の指導を行う」


「真澄さんは、公務員の性質を、正しく理解していますね。私も公務員なので、分かるのですが、おそらく模倣犯は、地方公務員ではなく、国家公務員、もしくは、元国家公務員だと思います。ただ、公務員は、ご存じの通り、かなりの数がいますから、絞り込むには、もう少し、判断材料が必要です」


 川上真澄は、感嘆の溜息をついた。


「やっぱり、警部さんは鋭いわね。前回、勝てなかったはずだわ」


 佐久間は、首を横に振って、微笑んだ。


「もう、済んだ話ですよ。私は、もう少し、検証をしてみます。五小節目の詩に出てくる様に、クリスマス・イヴには、必ずと言って良い程、九条大河(先生)の関係者が、巻き込まれる事になります。善後策を練るにも、今はまだ、何も出来ません」


 柴田は、川上真澄の手を握り、頷く。


「ええ、それだけは避けたい。何かあれば、直ぐに集まりましょう。真澄(彼女)と、名古屋の義父は、僕が守ります」


「私も、何か出来る事がないか、探してみるわ」


「では、また連絡します」


 こうして、模倣犯の、犯行心理を整理した佐久間は、次の一手を探る。


(次の犯行まで、時間はまだある。秘境レポートを調べろと、模倣犯は言ってきたのだから、お望み通り、調べてみるか。…まずは、参加者が大勢いるんだ。前回に倣って、説明会を開催したはず。会場の聞き込みから、開始してみるか。…その次は、結果次第だな。前回と異なる点は、弁護士事務所が介入していない。つまり、手探りで、道を切り開くしかあるまい)


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