川上真澄の機転(2024年編集)
~ 警視庁、捜査一課 ~
四月十日、捜査一課長の安藤と山川は、朝一の便で、秋田県警察本部に向かった。
佐久間は、次の犯行に備え、捜査一課に残っている。
川上真澄に事情を話すと、柴田を連れ、直ぐに駆け付けた。
幸い、事件はまだ、関東地方では起きていない。
佐久間は、近々に事件が起こると予想し、人員の割り振りを思案する。
(秋田県警察本部と、合同捜査になったら、十名程度は回す必要がある。警視庁は、他の課にも協力して貰っても、三十名程で勝負しなければならない。……さて、どうしたものか?)
「少し、宜しいですか?」
「ん?どうされましたか?」
柴田が、何か言いたげだ。
「第一の犯行が、どうしても腑に落ちないんです。私は、詩の流れからして、二小節目の詩が、初めに行われると、思っていました。それが、海ではなく、山で起きるなんて。我々は、犯人に裏をかかれたんでしょうか?」
「裏をかかれたかは、今後の結果次第でしょう。この件は、課長自ら、動いてくれているので、吉報を期待しましょう。それよりも、もう一度、二小節目を見てください。『神田川から繋がる海へ、船で出て、大海原へと消えるころ、桜を愛でる釣り人も、遠くの岸辺で、朽ち果てる』の後半部分、『桜を愛でる釣り人も、遠くの岸辺で、朽ち果てる』が、次に起こると、思いませんか?先日の事件は、私を東北地方へ遠ざけたうえで、関東地方で事を起こす。…そんな気がしてなりません」
「佐久間警部の、仰りたい事は分かりますが、私としては、櫻井と桜が、関連しているような気がするんです。もし、先日の事件が、この二小節目なら、出し抜かれたと思います」
(………)
「警部さん、一度、詩は無視した方が、良いかもしれないわ」
(------!)
(------!)
川上真澄の発言に、二人は、意表を突かれた。
「どういう意味ですか?」
「…犯人は、おそらく、佐久間警部のIQレベルを知っている。詩を利用し、『前回と同じように、詩の順番通りに、死刑を執行していくぞ』と、佐久間警部を牽制しながら、全く違う次元で、犯行を行なっている気がするの。だから、詩に囚われず、視点を変えるべきよ」
「固執した考えは、危険。真澄は、そう言いたいんだね?」
川上真澄は、頷いた。
(…斜め上の視点ということか)
「推理作家の観点から、次は、どのタイミングで行われるか、予想はつきますか?」
川上真澄は、左手で、顎先を撫でるように触った。
「それは、分かりません。佐久間警部が危惧するように、犯行は、早々に起こるとは思いますが、一つだけ、分かった事があります」
「真澄、何が分かったんだい?」
川上真澄は、前回の打合せで、佐久間が書き出した、作品メモを取り出すと、解説し始めた。
「良い?よく聞いて。…私と、九条絢花の作品は、三作品が対象だったはずよ。『初夏のころ』に出てくる木更津の江川海岸と、久津間海岸にある、有名な『海へと繋がる電柱』は、別名、秘境スポットと呼ばれている。『春風のフルート』に出てくる、猿島もそう。『永遠の春』に出てくる、三大霊山においては、どの山も、秘境スポットなの。警部さんなら、これだけで、もう分かったでしょ?」
(………)
柴田は首を傾げるが、佐久間は理解したようだ。
「…秘境巡り。そういう事か」
「その通り、流石ね」
互いに、ほくそ笑むのに対し、柴田は、どうしても腑に落ちない。
「真澄、話を飛躍しないでくれ。僕にも、ちゃんと分かるように、教えてくれよ」
「盛り上がってしまいました、すみません、柴田さん。被害者の所持品に、『秘境レポート』と書かれた冊子があって、巻末に、私宛の、印字が施されていたんです。昨夜、鹿角警察署に聞いたんですが、秋田県警察本部の話では、被害者は、二人とも、九階の滝を挟んで、両側の宿に、宿泊していたそうです。一人は、秋田焼山の谷底。もう一人は、八幡平の谷底で、死亡が確認されたようです」
(------!)
川上真澄が、思いのほか、食いついた。
「九階の滝ですって?」
「知ってるのかい?」
「知ってるも何も、秋田県では、有名な秘境スポットよ。…って事は、当確ね」
「となれば、秘境スポットを絞る事が出来れば、犯人に辿り着ける」
「そうなります。…でも」
(でも?)
「何か、言いたげですね」
「秘境スポットといっても、日本には、あまりにも多く存在するから、特定は厳しいと思うわ。良い?二小節目だけでも、江川海岸・久津間海岸・猿島・三大霊山で、計六ヶ所もある。今、捜査一課は、何ヶ所に、捜査員を配置しているのかしら?」
「捜査本部としては、正式に立ち上げてないから、とりあえず、三大霊山以外に、二名ずつです」
「連絡はありましたか?」
「それが、まだ何も」
「音沙汰が無いという事は、ハズレかもしれないわね」
「秘境スポットが、一連の犯行に、深く関わってくる事は、理解しました。何とかして、絞り込む手段を見つけないと、ジリ貧でしょう」
川上真澄が、またしても、ほくそ笑む。
「四小節目なら、九条絢花の作品から、予測出来たわ。…驚くわよ。だって、弟子の九条大河だって、驚いたんだもの」
「本当ですか?ぜひ聞かせてください」
「九条大河の作品では、神様の単語を、あまり使わないけれど、九条絢花の作品には、度々登場するの。警部さん、ホワイトボードを借りても良いかしら?」
「ええ、ぜひ」
川上真澄は、ホワイトボードに、四小節目の詩と、九条絢花の作品を書き出した。
【四小節目の詩】
『 鎮魂歌の奏でる続唱が、二つの罪を、鎮め給う 』
【九条絢花の作品】
○君に捧ぐ鎮魂歌
幼いころ、父親を足尾銅山で亡くし、大人になり、恋人までも、
交通事故で失ってしまった主人公は、失意で自殺を決意する。
死ぬ前に、秘境を巡ってからにしようと、九階の滝、吹割の滝を
見た後に、東尋坊を訪れる。
絶壁の崖上から、見下ろした海は、自分の最期の地でないと悟り、
あの世に一番近い地が、恐山である事を、知った主人公は、
恐山で、終末の時を過ごす決意をして、再び歩き出した。
「智大さん、どうかしら?見事に、秘境スポットが当てはまるでしょう。怖いくらいにね。模倣犯は、おそらく、この作品を利用したんじゃないかしら?二つの罪は、父親と恋人が亡くなった事を数えたのか、九階の滝で、罪を犯した二人を殺す事で、遺族に対して、気持ちを鎮めたのかは、分からないけれどね」
「確かに、九階の滝が、入っているね。…ん?でも、どういうことだ、これは?二小節目の詩でも、一小節目の詩でもなく、四小節目の詩に出て来た、九階の滝で、人が死んでいる?」
佐久間が解説をしていく。
「川上真澄が言いたい事は、『上に書いてある、詩の方が、先に実行されると、刷り込ませた』という事です。特に、私は、前回の事件を解決している。同じ様に、捜査しようとしていた。まんまと、してやられたみたいです。人間というのは、詩や文章は、上の部分、つまり、冒頭から結末に向かって、順番に事柄が起こると、勝手に解釈しがちですから」
「それは、あれですか?例えば、『人にまた、たまされる』を『人にまた、だまされる』と、脳が前後の文章を解釈して、勝手に読み替えるという」
「まあ、そのようなものです。目の錯覚なども同じで、先入観が邪魔をする事も多い」
「これで、一歩前進したわね。模倣犯は、九条大河と、九条絢花の作品を利用している事は間違いない。捜査を攪乱する為に、佐久間警部のIQレベルを想定し、構想を練った。おそらく、詩の順番は関係なく、犯人の時間的な都合で、場所を詩に割り当てて、無作為に実行すると、考えた方が現実的よ」
「…ならば、警察組織の、成すべき事をするだけですね」
「えっ、何か分かったんですか?」
今度は、佐久間がほくそ笑んだ。
「単純な人海戦術ですよ。作品の中で『秘境と呼ばれる地』を拾い出して、潰していけば良い。他の作品からも、秘境を片っ端から、探してみましょう。必ず、模倣犯に辿り着けるはずです」
こうして、三人は、秘境に特化して、作品を絞り込んでいく。